深く思い出す
「うわあ……」
この上なく、微妙な気分になる目覚めだった。
最初に視界に入ったのは、コンテナハウスの天井。
この城下の森に来てから何度も寝起きしているため、既に見慣れた天井である。
だが、いつもと違っていろいろおかしい。
身体はまるで、長湯した時のように、重く、気怠さを残している。
そして、その身体がいろいろ問題だ。
なんと、わたしは水着姿で寝ていたのだ!!
いや、正しくは、神子装束の一部であるため、水着とも言いにくいのだが、布面積的とその効果を考えれば、水着で良いと思う。
だが、勿論、これを寝間着として、寝た覚えなどあるはずがない。
そんなことをすれば、あの美しい顔の大神官さまから、涼し気な笑顔を受けながらやんわりと背筋が凍るようなお説教をされる未来しか見えなくなる。
さて、何があったかを思い出そう。
わたしのことだから、どこかで意識を手放し、それを着の身着のままの状態で護衛が運んでくれた。
いつものこと過ぎて申し訳ない!!
さらに深く思い出そうと頑張る。
水着、水中、潜水。
ああ、うん。
この近くにある湖の水中で、わたしは識別魔法を使ったのだ。
湖底の浅い箇所に何故か、魔石が落ちているのを見つけて、それを護衛に伝えたら、そこに魔法陣があることが分かった。
そして、その魔法陣を水中で識別したところまでは覚えている。
でも、その結果についてはあまりよく覚えていない。
確かに識別が表示されたのは見た覚えがあるのに。
確か、延滞金魔法の契約陣?
どんな魔法だ?
そして、多分、違う。
うぬぅ……。
もう一度、あの湖に潜るか?
はっ!?
まさか、そのための水着!?
起き抜けで、寝ぼけた頭でいろいろと考えるのはよくないらしい。
―――― コンコンコン
「起きてるか?」
「起きてるよ」
気配で分かっているだろうに、九十九はわざわざ声を掛けてくれた。
「入るぞ」
そして、入室おっけ~の返事を待たずに入ってくるところも九十九らしい。
だが、珍しく、彼はドアを開けて、そこで止まった。
しかも、そのまま動かない。
あれ?
これって、固まってる?
銀髪碧眼の美形が、今、まさに、彫像のようになっている。
「おはよ~」
とりあえず、声を掛けてみる。
時間に関係なく、目覚めの挨拶はこれしかないよね?
「お……」
「お?」
九十九は動き出したけど……、この顔。
なんか、怒ってない?
心なしか、どんどん整ったお顔が真っ赤になっていくよ?
いや、見ようによっては照れたようにとれるけど、状況と表情的にそれはないな。
絶対、怒っている。
これは、逃げるべき?
だが、遅い。
「お前は阿呆か~~~~~~~~~~~っ!!」
いつものように、九十九の怒声が爆発した。
「阿呆なのは認めるけど、起き抜けに叫ぶことはないじゃないか」
わたしは耳を押さえる。
「阿呆に阿呆と言って何が悪い? この阿呆」
阿呆三連発いただきました。
いや、最初のを入れると四連発だね。
「いや、オレがもう少し我慢すれば良かったんだな」
「我慢?」
「来るのが早すぎたのは分かった」
何の話?
「このまま、オレに襲われたくなければ、その状態をなんとかしろ」
襲……?
「ほへ?」
かなり不自然な台詞を言われた後、状況に気付く。
わたしはまだ例の水着姿のままだったのだ。
何故だろう?
水場での水着姿はそこまで恥ずかしくなかったのに、室内で水着の自分を見られるのって、何故か、かなり恥ずかしい。
「ひぎゃああああああああああああっ!!」
「叫びたいのはオレの方だ、この阿呆」
わたしの叫びにも冷静に言う護衛。
そして、更なる阿呆の追加。
「ま、誠に御見苦しいモノをお見せして、申し訳ございません」
わたしは近くにあったタオルケットを被って、九十九に頭を下げる。
ああ、顔が上げられない。
正しくは彼の顔を見ることができない。
「いや、別に、そこまでは?」
先ほどまでの勢いから打って変わって、九十九が戸惑っているのが分かる。
まあ、主人から頭を下げられるというのは彼も居心地も悪いだろう。
だが、今回は間違いなくわたしが悪い。
先に着替えておくべきだった。
「まあ、いい。そのまま、ソレ、被ってじっとしてろ」
「ほ?」
九十九の言葉の意味を理解するよりも先に、彼はわたしの顔を覗き込む。
彼は、銀髪碧眼が本当に似合う。
まるで、元からそうであったかのように。
でも、やっぱり、わたしはいつもの黒髪、黒い瞳の方が良いと思う。
「気分はどうだ?」
「寝てスッキリ?」
「熱、頭痛や吐き気、それ以外の症状は?」
「寝てたから汗はかいた気がするけど、発熱はしていないと思う。頭痛や吐き気はないかな」
どうやら、健康診断らしい。
わたしが今も水着のままってことは、湖でぶっ倒れたってことだろうから、心配させたみたいだ。
だけど、真顔で自分の顔を見られていると、妙に口元が緩むのは何故だろう?
「魔法力は?」
「そっちも大丈夫」
そこまで魔法力を使った覚えはない。
識別魔法の回数も昨日よりずっと少ないのだ。
「やはり、疲労か」
暫く、考えて九十九はそう結論付けた。
おお、わたしは疲労困憊るで倒れたのか。
でも、そんなに疲れること、したっけ?
「倒れる直前の記憶は?」
「湖で潜水して、識別したけど、その結果を覚えていない」
だから、もう一度、頑張らなきゃ。
「ああ、それは大丈夫だ」
「ほ?」
だけど、わたしの気合をよそに、九十九がそんなことを言った。
「お前が識別直後にちゃんと伝えてくれた。それをオレは記録している」
「そうなの?」
「おお、ありがとう」
何故か、凄く嬉しそうに御礼を言われた。
銀髪碧眼も相まって、いつも以上に眩しく見える。
「なんでありがとう?」
そこが分からない。
識別はしたけど、それって、そこまで喜ばれることかな?
「あの魔法陣については、オレが無理矢理させたようなものだった。それに、水中で識別魔法を使うのは、思ったよりもお前の身体に負担がかかったんだろう。無理させて本当に悪かった」
さらに、頭を下げられた。
「無理した覚えはないけど……」
タオルケットに包まって、もぞもぞと動きながらそう答える。
「疲労でぶっ倒れるって相当、無理した結果だろうが」
「酸欠かもよ?」
慣れない人間が水中に何度か潜っている。
脳に酸素が生き渡らなければ、意識を失うこともあると聞いたことがある。
今回もその可能性は……。
「酸欠の人間とは症状が全く違う」
可能性はないらしい。
流石は薬師志望の青年。
そういった症状にもやはり詳しいようだ。
「とりあえず、夕食の準備をしてくる間に着替えてろ。もう一度確認するが、吐き気は本当にないんだな?」
「吐き気はないけど、お腹すいた」
「それなら良い」
九十九はニッと笑った。
そのまま、手を振って、部屋から出てくれる。
彼の背中が扉の向こうに消えた後……。
「は~っ」
わたしは大きく息を吐いた。
そして、そのまま脱力する。
今回は、ちょっと反省しなければならない。
九十九からすれば、着替えるだけの時間はくれていたつもりだった。
それなのに、入室すれば着替えもせずにのんびりした主人の姿。
怒り散らしたくもなるだろう。
彼が「阿呆」を連呼したくなるのは当然だ。
「だけど……」
―――― このまま、オレに襲われたくなければ、その状態をなんとかしろ
わたしに状況を把握させるためとはいえ、なんてことを言ってくれるんでしょうか? あの護衛くんは。
この場合の襲うって、つまりはそう言うことだよね?
え?
わたしの水着って殿方にとって、それなりに魅力的だったりする?
いやいやいや!!
違う!!
あれは、ただの脅しだ!!
わたしを早く着替えさせたかっただけの方便だ。
もしくは、いつものように「女の自覚を持ってくれ」という九十九の強い要求だ。
そうじゃなければ、九十九が「発情期」でもないのに、わたしのことをそういった対象として意識しているってことになるよね?
それはありえない。
彼はわたしをそんな対象として見ていない。
そんな対象として見ているなら、いちいち、言葉にして忠告などしないだろう。
だけど、万一、九十九がそういった対象としてわたしを見ることがあるのなら、わたしはどうしたら良いのだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




