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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1924/2804

無理なものは無理

 結論から言うと、わたしは九十九から与えられた罰……、違った、彼が望んだことに対して、1分も堪えられなかった。


 いや、下手すると秒も、もたなかった気がする。


 無理。

 絶対、無理。


 耐えられる気がしない。


「おいこら」


 倒れ伏したわたしに、無情なる護衛の声が降りかかる。


 あれ?

 護衛って何だっけ?


 主人を崖から突き落とす者?


「無理!!」

「早えよ」


 わたしの叫びに呆れた顔をする九十九。

 自分でも音を上げるのが早すぎるとは思っている。


 だが、無理なものはどう足掻いても無理なのだ!!


「こんなの、耐えられる気がしない!!」

「オレは耐えたが?」

「全然、別次元の話だ!!」

「そうか?」


 九十九は不思議そうな顔をするが、わたしからすれば、どうして、同じ次元の話になるか分からない。


 確かに、九十九の背中に10分間、張り付いた状態をキープというのは、彼にとって恥ずかしいことだったのだろう。


 それは理解した。


 普段の言動から、そうは見えなくても、彼だってあまり、異性に慣れているわけではないのだ。


 それなのに、要請という名の命令に近いモノとはいえ、異性から抱き付かれるなんて抵抗がなかったはずがない。


「寧ろ、お前の方が楽じゃねえか? ただ、そこでじっとしているだけだろ? しかも、オレ、お前と違って、全然、触ってねえし」

「アレは触ったも同然じゃないか!!」


 アレで触っていないとは認めない。


「いや、お前はオレに呼吸するなと?」

()()()()()()()()()なんて、反則だ~!!」


 そう。

 わたしが座った後、九十九はかなり楽しそうにわたしの横に座ったのだ。


 そして、耳に息を吹きかけやがりましたんですよ!!


「まだ()()()()()んだが……」

「じょ……?」


 なんですと?


「まさか、オレがアレだけで満足すると思うか?」

「ふぎょ!?」


 なんか、九十九の様子が……?


「もっと楽しむことをするつもりだったに決まってるだろ?」

「何する気だ~~~~~~~~~~~~っ!?」


 さあ、皆さま、想像してみてください。


 九十九は水着姿です。

 しかも、泳ぐために、わたしと同じようにコンタクトレンズと鬘は外しました。


 つまりは、本来の黒髪、黒い瞳。


 見慣れているけど、自分の好みの美形が半裸姿です。


 そして、座っている自分を口説くように両腕を地面に付いて迫りつつ、妖し気な笑みを浮かべて意味深な言葉。


 なんだっけ?

 この姿勢の名称。


 漫画とかで見たような……?


 確か、「女豹のポーズ」!!

 いや、九十九は殿方だから、「男豹のポーズ」!?


「先に何をされるかを確認しなかったお前が悪い」


 それは確かにそうだったのだけど……。


「この男豹(おひょう)!!」


 そう叫ばずにはいられなかった。


「お前は時々、唐突に奇妙なことを言うよな」


 その姿勢のまま、そんな残念な子を見るような目で見ないでください。


 でも、そのギャップは絵面としては、かなり有りだと思ってしまうのが悔しい。


 ぐぬぬぬ……。

 結局、美形はどんな姿勢でも、どんな表情でも許されてしまうものなのか!?


()豹……? ああ、この姿勢がヒョウみたいって話か」


 そして、わたしの叫びで九十九もそれに気付いたのか、納得したように頷いている。


「それはともかく、約束は約束だよな? 我が主人」


 そして、再度、その姿勢のまま、妖艶な笑みを浮かべてきた。


「これ以上、何をする気?」


 嫌な予感しかしない。


「そもそも、まだ、オレは何もしてないんだが」

「耳に息!」


 それを忘れたとは言わせない!

 アレは絶対に意図的だった。


 普通の呼吸であそこまで大量の息が大耳にかからない!!


「ああ、アレは妙に警戒しているお前が楽しくて」

「アレで警戒度数が爆上がりしたわ!!」

「警戒度数が爆上がり……」


 わたしの言葉で、九十九が顎に手を当てて、考え込む。


 片手で自分の体重を支えつつ、この姿勢。


 どれだけ、体幹を鍛えていれば、片腕が震えることなく、この体勢でいられるのでしょうか?


「それなら、()()()()()()()()()か」

「なっ!?」


 今度は爽やかな笑顔で、とてつもなく黒い台詞を吐きやがりましたよ?


「何? 10分間、ずっと息を吹きかけ続けるの?」

「それは流石に、オレが死ぬ。呼吸ぐらい好きにさせろ」


 この世界の人間でも呼吸ができなければ死ぬらしい。

 確かに、水中で息苦しさを覚えるのだから、当然か。


「耳貸せ」

「ヤダ」


 耳に息を少し吹きかけられただけでも、わたしは倒れ伏したのだ。


 九十九が何を企んでいるか分からないけれど、アレが序盤だと言うのなら、もっとわたしが耐えがたい何かをやる気がする。


「……約束はどうした?」

「ぐぬう……」


 それを言われてしまうと、わたしは10分間、動くことができない。

 それだけのことが、こんなにも気を重くする。


「お前はじっとしているだけだろ?」


 悪魔の微笑みと誘惑を携えた護衛。

 しっかりと、お兄さんの教育が行き届いているようです。


「オレは耐えたぞ?」


 そこまで、嫌なら嫌だとちゃんと言って欲しかった。


「何をする気?」

「お前がじっとしていれば、六分刻(10分)で終わる程度のことだ」


 どうやら、教えてくれないらしい。


 そうだね。

 相手を驚かすことが目的なら、この時点で情報開示なんかしないよね?


「分かった。耐える!!」


 そう言って、耳を塞ぐ。


「おいこら?」


 それでも近くにいれば聞こえてしまう声。

 でも、先ほどよりはずっと聞こえにくい。


 耳を押さえつけている時に聞こえる風の音みたいな雑音が邪魔してくれている。

 息を吹きかけることが序盤なら、本番は音だ。


 そして、恐らくは声!!


「なあ」


 雑音の中に混ざる甘い声。


 あれ?

 おかしい。


 耳を押さえているはずなのに、別の音が邪魔しているはずなのに、九十九の声がはっきりと耳に届く。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほげえっ!?」


 さらにその声は甘さを孕む。


「まあ、良い。それなら、約束通り、そのままじっとしてろ」


 ふぐわっ!?

 なんで九十九の声はしっかり聞こえるの!?


 耳、塞いでいるのに!?


 いや、ちょっと待って?


 近い!

 すっごく、九十九の顔が近い!!


「そのまま、手を外すなよ。オレの口が当たるぞ」


 ふぎょえっ!?

 それって、うっかり事故で、手とか、下手すると耳が九十九の口に当たっちゃうってこと?


 え?

 本当に待って?


 それってこのままわたしは本当に動けなくなった!?


「そんなに顔を真っ赤にして……。お前はそういう所が本当に可愛いよな」

「~~~~~~~~~っ!?」


 顔が沸騰した。

 本当に、一気に熱が集まって、口から熱い湯気が出た気がした。


「動くなよ。あぶねえぞ」


 ああ、どうして、わたしの護衛たちは、主人を揶揄うことに全力を尽くしてくれちゃうのだろうか?


 耳に息は直接吹きかからなくなったけど、首元や、耳を押さえつけている右手には九十九の息が凄くかかってくる。


 それがぞわぞわして、背筋から変な感覚がする。

 悪寒とは違う、別の気分。


「もっと、しっかり考えれば良かったのに」


 ぬ?

 あれ?


「先に契約事項を確認して、内容を精査しろ。安易に約束を交わすなよ」


 声は低くて、甘い。


 だが、この()()()、明らかに()()()!?


 え?

 逃げないように10分間、耳元で注意事項を受けよと?


「こんな風に悪い男に騙されるぞ?」

「~~~~~!!」


 なんで、そこで妙に艶っぽい声なんですかね!?


 押さえている手を通り抜けて届く美声。


 でも、横を向けない。

 うっかり、横を向こうとしたら、確実に至近距離にいる九十九に手がぶち当たる。


 だが、その内容が説教だと分かっていれば……、なんとか?


「ふっ」


 九十九の笑う気配。

 だが、手の甲がくすぐったい。


「オレの声が届いているようで、何よりだ」


 これで、解放されるかと思った。

 まだ時間はあるけど、お怒りは解けたのかと思ったのだ。


 甘かった。

 わたしの護衛はそんなに甘い男ではなかったのだ。


 そして、敵に回せば恐ろしい男だったのだ。


「それなら、今から八分刻(7分半)、逃げずにちゃんと耐えろよ?」

「ふへ?」

護衛(オレ)の、日頃の恨み(積もる思い)を存分に聞かせてやるからな」


 今、奇妙な言葉を掛けられたような気がした。


 だが、それを確認する間もなく、九十九は攻勢に移る。


 相手の隙を突いて、護りを崩して攻めるのは常道だ。


「栞……」


 久しぶりに聴く気がする名前呼びにゾクリとしたものを覚えた。


「お前はもっとその反応の可愛らしさを自覚した方が良い」

「はえ?」

「オレがもっと苛めたくなる前にな」

「ひあああああああああああっ!?」


 そんな言葉を耳元で聞かされて、黙っていられるはずがない。


 だが、そこで九十九が止めてくれるはずもなかった。


 さらに、どんなに止めてと懇願しても笑顔で「お前が望んだことだ」と諭される。


 それどころか、それを理由に更なる甘い言葉を吐くから黙って耐えるしかなくなってしまった。


 そうして、わたしは彼によって紡がれる、殺し文句のような、褒め言葉のような、絶妙なバランスの「お説教」を、制限時間いっぱい、存分に頂戴することになるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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