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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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望んだこと

 彼が望む「対価」。

 それが気にならないはずがない。


 だけど、わたしが差し出せるものなら、何でも差し出そう。


 それぐらいしか、わたしは九十九に報いることができないから。


 それだけ、彼がわたしに何かを望むと言うことは珍しいのだ。


 いろいろと「~してくれ」、「~して欲しい」と言われることは多いけれど、それはわたしの健康とか、身の安全とかを考えたものばかりだ。


 つまりは、そのほとんどは、わたしのためであり、彼自身がわたしに望んでいることではない。


 はっきりと何かを求められたのは、「発情期」の時ぐらいだ。

 そして、わたしはあの時、彼が望むものを与えられなかった。


 彼の望むままに与えていたら、今は、わたしたちはこうしていないだろう。


 今回、彼の言葉にそこまでの熱はない。

 だから、望みと言うのとはちょっと違うのだと思う。


 ちょっとわたしを揶揄ってやろうと言う意思は感じるけど。


 そして、九十九のことだから、それはえっちなことでもないと信じている。


 何より、先に「触れない」と明言した。

 その時点で、邪な要望のほとんどは不可能だろう。


 ゆっくりと手を伸ばして、広い背中に手を当てると、彼の身体がピクリと動いた。


 先ほどまで水に濡れていたためか、少しだけ背中が冷えているようだ。


 その冷えた身体を少しだけ温めたくて、わたしは手を当てたまま、九十九の背中に頬を突ける。


 本当に広い背中だ。

 いつも護ってくれる大きな背中。


 最近、横に並ぶことが増えたけど、この背中から与えられる安心感はまだまだ健在だと思う。


「少し、動かすよ?」


 九十九がくすぐったがりなのは、前に張り付いた時にも分かっている。


 だから、先に声をかけた。


 暫く待っても返事はなかったけど、沈黙は了承と判断する!

 彼は嫌なら嫌だとはっきり言う人だからね。


 そう思って、ゆっくりと手を横に広げて、自分の身体をさらに近づけ、九十九の背中に張り付かせた。


 手だけだと冷えしか感じなかった背中も、張り付くと、少し温さを覚える。

 そして、九十九の力強い鼓動が頬に伝わってきた。


 生きてるって、それだけで素晴らしい。

 

「は~」


 思わず、お風呂に入っている時のような息が漏れた。


 入浴中にも似たこの安心感は一体、なんだろう?


 本当は、腕を前に回したい。

 腕を回して、もっとしっかりと九十九にしがみ付きたいのだ。


 だけど、今回、許されているのは背中と肩だけだった。


 だから、我慢しよう。


 ちょっと横にした手が行き場をなくして、わきわきと指が動きたがっているけど、そこは仕方ない。


 尤も、前のように頬を付けるかどうかは正直、ちょっと迷った。


 だけど、胸元に張り付いた時に比べたら、背中の方が、姿が見えない分だけ、九十九の方も抵抗が少ない気がしたのだ。


 それに、今回は叫んで逃げられもしなかったし。


 でも、頬を付けたら、それだけじゃ足りない気がして、もっと近づきたくなった。

 だから、身体ごとくっついた。


 我ながら、大胆なことをしている自覚はある。


 だけど、「発情期」のことを思えば、今更だ。


 あの時はもっと布地が無い状態で、しかも、互いに正面からくっついているのだから。


 尤も、そのことを九十九が覚えているかは分からない。


「手……」

「え?」


 九十九が何かを言ったが、聞き取れなかった。


「落ち着きがない」


 どうやら、先ほどからわきわきと動いている手のことのようだ。


「ああ、行き場がなくて」


 わたしがそう言うと……。


「行き場ならある」


 それは凄く端的な台詞。


 無駄な修飾語を全て排除したような要点を伝えるだけの言葉だった。


 横で奇妙な指の動きを見せていた両腕は、九十九によってその手首を掴まれ、さらに前に引き寄せられる。


 そして、お腹……、腹筋の硬さが分かるような場所に置かれた。


「ちょっ!?」


 これは確かにわたしが望んだことだ。

 九十九の前に腕を回すこと。


 だけど、それを彼の方からしてくれるなんて……。


「これは、契約外だよ?」


 約束は背中と肩だけだったはずだ。


 だから、こんなことを、この鍛えられている腹直筋や外腹斜筋を後ろから触れるなんて思わなかった。


 正面から触るのとも違って、見えないからこそ、その筋肉の凹凸がはっきり分かると言いますか……。


「視界の端で()()()()()()()ずっと良い」

「…………うご?」


 そんな言葉でやや興奮状態にあった思考が冷静になる。


 まあ、確かに、九十九からは見えにくいように背後で、うごうご、わきわきしていたのだけど!


 それでも、虫みたいな表現はどうかと思うのです!!


 だけど、願いが叶ったから良いか。


 せっかくなら、この状況をもっと深く味わおう。

 わたしは、力を抜いて、そのまま九十九の背中にもたれかかった。


 ああ、この安心感は絶対お金で買えないだろう。


 結構、体重を預けてもびくともしないなんて、本当に凄いよね?


 そして、頬や身体、腕、手のひらに伝わる筋肉の感触が素敵過ぎる。


 腹筋は少し前後しているけど、それ以外の場所はあまり動かない。

 胸部はもっと動いているかもだけど、流石にそこまでの贅沢は望まない。

 腹筋だけで十分だ。


 どれぐらい、その幸福を噛み締めていただろうか?


「そろそろ良いか?」


 耳に響く声で、わたしは気付く。


「ああ、うん」


 自分が、ずっと九十九に張り付いていたことに。


 九十九から手を押さえつけられていたわけでもない。


 彼の手は確かにわたしの手首を掴んで、前に引き寄せはしたが、その後、すぐに解放されている。


「ごめん、ありがとう」


 そう言って、離れた。


「気は済んだか?」

「割と」


 正直、もう少しあのままいたかったけれど、それは贅沢というものだろう。


 あまり意識していなかったけれど、九十九に張り付いていた時間は結構、長かったと思う。


 それでも、彼はギリギリまで声を掛けるのを待っていてくれたのだ。


「じゃあ、()()()()()()だな?」

「ふへ?」

「そういう契約だっただろう?」


 そう言われて、考える。


「あなたは恥ずかしい思いをした?」


 今回はほとんど手を動かさなかったはずだ。

 手を前に回したのだって、九十九がそれをしてくれたからで……。


「あのな? 普通に考えれば、背中に張り付いた時点で、十分、()()()()だ」

「ほにょうっ!?」


 変な叫びが上がった。


「しかも、水着に護られているお前と違って、オレは上半身、剥き出しだ。つまり、素肌に直接だ。十分、恥ずかしい」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 そして、九十九の出した条件は「触れる」だけ。


 それを拡大解釈して、頬どころか上半身をぴっとりとくっつけてしまったわけで……。


「聡明なる主人に問う。お前は、背中に男が張り付いても黙っていられるか?」

「うぐぐぐ……」


 そう言われると反論ができない。


 見知らぬ殿方からいきなり張り付かれたら、服を着ていても痴漢判定をするだろう。


 予告されたとしても、その時点で断固、拒否だ!!


 そして、知っている殿方からでも、いきなりは張り付かれるのは困る。


「あなたは、嫌だった?」

「契約は嫌とかではなく、恥ずかしいか否かだったよな? 先ほどの行為は十分、オレにとって恥ずかしいことだった」


 うぐぐぐ……。

 そう言われると、確かに恥ずかしい行動ではある。


 だけど……。


「嫌じゃなかったのなら、良いか」


 九十九はその点について明言は避けた。


 つまり、彼にとってもそこまで拒否感が出るようなことではなかったということだ。


 それだけで十分。


 わたしが感じたほどの心地よさはなくても、少なくとも、これだけの時間、その羞恥に耐えてくれることではあったのだから。


「オレの言っていることは理解したか?」

「まあ、一応」


 そう言うしかないだろう。

 彼が言うように、逆の立場なら、わたしもかなり恥ずかしいとは思う。


 九十九から、「後ろから抱き締めさせろ」なんて言葉を言われたら、服を着ていたとしても、羞恥は絶対に避けられない。


「あなたが望む対価は何?」


 良識の範囲内という約定が果たせなかったのだから、ここは観念しよう。


 確かにわたしはやり過ぎた。

 九十九が拒否しないのを良いことに甘えてしまったのだ。


 相応の対価を求められても従うしかない。

 でも、何をされるんだろう?


10分(六分刻)

「へ?」

「お前がオレの背中に張り付いていた時間だ」


 改めてそう言われると、我ながら恥ずかしい。

 しかも、当人から言われると、もっと恥ずかしい。


 さらに言うなれば、思ったよりも長くてビックリだ。


「だから、同じ時間、()()()()()()()()()()

「ほへ?」


 それだけ?

 でも、10分もじっとしているのは確かに辛い……、かも?


「座るのはおっけ~?」


 そうなると立ったままは辛いよね?


 九十九は少し考えて……。


「ああ、その方が()()()()()かもな」

「ぬ?」


 そんな奇妙なことを言われた。


 だが、許可は下りたっぽいのでそのまま、座って沙汰を待つ。


「そのまま、10分(六分刻)、耐えろよ?」

「耐える?」


 確かに10分間、座り続けるのは辛いけど、座っているだけならそこまで辛くはないと思う。


「先に言っておいたが、オレはお前に触らない。だが……」


 九十九はそこで、妖し気な笑みを浮かべる。


()()()()()()()()()()()()()からな?」


 その背後に彼のお兄さんの姿の幻を見た気がしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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