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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1920/2805

前科が既にあるというのに

 後悔はない。

 覚悟は決めたのだ。


 オレはどんな時でも主人を護ると誓った。

 だから、後は()()()()()()()()()()


「あなたって、泳ぐのが好きだったんだね」


 始まりは、そんな言葉だった。


 久しぶりに思いっきり泳いだ後、先に陸に上がっていた栞がそんなことを言った。


「好きって言うわけじゃないが、ここで泳がないと、次、いつ、泳げるか分からないからな。泳ぎの練習はどこでもできるもんじゃねえし」


 寧ろ、ここで水に入ったら、しっかりと泳いでおかねば殺される気がした。

 幼児期の師の影響(トラウマ)は今も尚、健在である。


「お前は泳がないんだな」


 いつ見ても、あまり場所が動いていなかった。


「浮いた」

「うん。浮いてたな」

「楽しかった」

「そうか」


 浮いているだけで楽しいと言う気持ちは分からないけれど、それでも嬉しそうに笑っているから、彼女にとって悪くはない時間だったようだ。


「だが、背泳ぎするなら、もう少し身体を伸ばした方が良いぞ。腰を曲げると沈む」

「ふわっ!? 見てたの!?」


 どうやら、見られていないと思っていたらしい。

 クロールはしなかったようだが、こっそり平泳ぎをやっていたことも知っている。


「お前、オレが本業を忘れる男だと思うのか?」


 少しでも変わった動きをすれば気になる。

 特に、栞は今回、ほとんど動かなかったから、動きが変化すれば、目を引いた。


「どんな時でもお前から目を離すわけねえだろ?」


 一瞬、顔を赤らめて……。


「その割には今、あまりこちらを見ないじゃないか」


 拗ねたような口調でそんなことを言う。


 なんだ?

 この可愛い生き物。


 連れて帰って、存分に愛でて良いか?

 駄目だな。


「あのな~、仮にも水着姿のお前をジロジロ不躾に見たら、いろいろ問題だろう?」


 それではただの痴漢だ。


 いや、男からすれば、青少年の健康的な思考だと主張したいが、同意なくそんな対象にされてしまう女からすれば、不健全だと叫びたくなるだろう。


「わたしはさっきから、あなたをじっくり、隈なく隙間なく見ておりますが」

「隈なく……って」


 さらに隙間なくとか。

 それは嬉しいような、恥ずかしいような……。


 いやいやいや!

 騙されるな!!


「いや、お前の目的は絵のモデルだろ!? 一緒にすんな!!」


 だが、ある意味、純粋な思考だ。

 自分の技術を高めるために必要な行為。


 男の邪な思考とは全く違う。


 オレだって、隈なく隙間なく、栞を見てえよ。

 だけど、オレはそこまで自分を過信しない。


 雄の理性など、まさに「ひとえに風の前の塵に同じ」だ。


 そうなると、この時間は「ただ春の夜の夢のごとし」ってやつか?


「あなたがいつでもモデルになってくれるなら、別にそこまで見る必要はないんだけどね」


 そんなオレの思考など気付かずに栞は笑う。


「お前は、見るだけでなく触るから嫌だ」


 過去に、まだ栞への想いを自覚する前に同じようなことがあったのを思い出す。


 あの時は、驚いたし、慌てた。

 これ以上は駄目だと思って、逃げた。


 だが、今は……?


「仕方ないじゃない。触りたくなるような筋肉を持っているあなたが悪い」

「オレが悪いのか!?」


 気付けば、何故か悪人にされた。

 しかし、「触りたくなるような筋肉」とは一体……。


「わたしにはないから」


 そう言いながら、栞は自分の二の腕を触っている。


 柔らかくて美味そうな白い肌が目に入った。


 やはり薄着は良くない。

 オレの少ない理性を容赦なく吹き飛ばそうとするから。


「それこそ生物学的な性差だろう」


 こればかりは仕方ない。


 どんなに望んでも、平均的に見て、筋肉の付き方には、生物的な意味で男女差があることは否定しようがないのだ。


「分かっているんだけどね。それでも、腹筋が割れるのに憧れた時期はあるんだよ」

「……腹筋」


 何故、そんな憧れがあるのか?

 男なら一般的に腹筋が割れるのを望むというのは分かる。


 でも、女でもあるのか?


「一日100回じゃ割れなかった」

「思ったよりやってたんだな」


 しかも、真面目にやっている辺り、栞らしい。

 どれだけ憧れていたのか?


「ソフトボール部に筋トレはつきものなのです」


 照れたようにそう笑う彼女を見ると、どこか、まだ憧れが残っているのだろうと思う。


 現に、栞はまだ筋トレをやっている。

 流石に今は一日100回もやっていないと思うが。


「別に良いんじゃねえか。まあ、個人的な意見を言うなら、オレは硬いよりも、柔らかそうな方が好きだが……」

「へ?」


 男視点で言えば、どう考えても筋張った硬い筋肉よりも、触り心地の良さそうな柔らかい肌の方が好ましいだろう。


「美味そうだからな」

「……食材ですか?」


 そういう意味で言ったわけではなかったが、栞はそう受け止めたらしい。


 オレにとっては好都合だった。


「別に美味くはないと思うよ。世の中には、煮ても焼いても食えぬモノはあるでしょう?」

「まあ、確かに」


 栞は上手いことを言った。


 だが、栞は十分美味いことをオレは覚えている。

 もう味わえないとも思っているけど。


 いかんな。


 栞の水着姿を見ているせいか、先ほどから思考が少しだけ流されつつある。


 身に着けている物は「神装」の一部であるためか、ある程度の穢れた感情は浄化して、気分を落ち着かせている気はしているが、どうも、オレの邪心の全てを祓うに至っていないようだ。


 ここまで近いと余計にそれを感じている。

 どこまでオレの欲心は強いのか!?


「触るか?」

「ほぬ?」


 自分の邪な感情を誤魔化そうと、栞に左腕を差し出す。


「腕ぐらいならいいぞ。だが、揉むな」


 普通に触れられるぐらいなら大丈夫だろう。

 これまでに何度も経験はある。


 だが、触れる以上の行為だとちょっと分からない。


「腕も魅力的だけど、他のところは駄目?」


 だが、栞はそんな不思議なことを聞いてきた。


 腕以外のところ?

 足か?


 それとも、腹筋の話をしていたから腹か?

 腹は少し耐えられないかもしれないな。


「他?」

「背中と肩」


 オレの問い返しに、間髪入れずの返答だった。


「背中……。肩はともかく、背中にそんなに肉が付いてるか?」


 背中は自分では見えにくい部分である。


 剣を振ったり、空手の型をしたりしている以上、それなりに肉は付いているとは思っているが、最近では、背中の肉まで確認はしていない。


「付いてる!! 僧帽筋(そうぼうきん)とか、三角筋とか凄いし、棘下(きょくか)(きん)とかもさりげなく魅力的!!」

「待て待て! 筋肉の名称に詳しすぎてオレでも引く!!」


 思ったより激しい勢いの返答だったために、本気で、後ろに下がりかけた。


 オレの主人は今日も可愛くて強すぎる。


「筋肉の名称は、絵を描く人間の嗜みですが?」

「知らんわ!!」


 なんで絵を描く時に筋肉の部位を知る必要があるのか?

 筋肉だけを描くわけじゃあるまいし。


 栞の主張は時々、本気で理解できん。

 だが、前にも同じことがあった気がする。


「触らせてくれるの?」

「なんとなく身の危険を感じるレベルの申し出になった気がする」


 先ほどの勢いで承知できるほど、オレは命知らずにはなれなかった。


 そして、その触り方次第では、オレの理性が吹っ飛ばされる可能性が出てきた。


 だが、オレの無敵で無防備な主人はさらに、オレの理性を試そうとする言葉を遠慮も容赦もなく吐く。


「じゃあ、代わりにあなたもわたしの背中を触る?」

「ばっ!?」


 絶句しかけた。


 なんだ?

 これは明日、オレに死ねと言うことか?


「背中や肩ぐらいなら大丈夫だよ」


 いやいやいや!

 全然、大丈夫じゃねえ!!


 主にオレの理性が!!


 栞は対等の申し出、等価交換のつもりだろうが、これでは全然、釣り合っていない!!


「本当に大丈夫だと思ってんのか?」


 確認だ。

 落ち着いて確認する必要がある。


 これは、何の試練だ?


「触るだけでしょう? それとも、それ以上の行為をする気があるの?」

「しねえっ!!」


 そう言われたら、そう答えるしかない。


 そんな行為はしたいけど、立場的にするわけにはいかない。


「だけど、オレが止まらなくなったらどうすんだよ!? 男の理性、なめんな!!」


 それでも、背中だぞ?

 水着を着てはいるけど、さっき、見た限りでは、結構、背中が開いていた。


 どうせなら、そこを触りたい。

 男なら、当然の選択だ。


 だが、そんなことをしてもオレの理性が保たれる保証はないのだ。


「あなたは止まってくれるよ?」


 やめてくれ!!

 オレは栞ほど純粋になれないんだ。


 好きな女の素肌を触って、平常心でいられる自信なんてまったくない。


 いくら「命呪」と言われる、オレの縛りがあるからこその信頼と言っても、それは言葉にしなければ発動しないのだ。


 オレが彼女の口を塞いでしまえば、どうとでもなってしまう。


「あなたが身の危険を感じるほどのことをお願いしているのに、わたしが何もしないっていうのは釣り合わないでしょう?」

「その心根は立派だと思うが、男と女じゃ危険の度合いが違うって言ってんだよ!!」


 なんで、毎回、この女は分かってくれないんだ。

 護衛(オレ)が一番、危険なんだ!!


「危険だと思うなら、そこは耐えて? わたしの護衛」

「危険だと思うから、そこは耐えろ? オレの主人」


 困ったことに栞は退く気が無いらしい。

 だが、オレも退く気はない。


 このまま、栞の傍にいたいから。


「じゃあ、一方的に触らせて!!」

「要求が酷くなったぞ!?」


 まさか、そう来るとは思わなかった。


 だが、それなら……?


「だって、ずっと我慢していたんだよ?」

「あ? 我慢?」


 栞が?

 何を我慢していたんだ?


「湖で救命ボートに乗ってあなたの背中を見ていた時から、ずっと触りたくてたまらなかったんだよ!!」

「言ってることも、その思考も痴女でしかねえ!!」


 なんだ、その痴漢思考!?


 お前はオレか!?

 そして、オレがどんなにソレを我慢していると思っているんだ!?


 どうせなら、背中だけじゃなくていろいろ触りてえよ!!

 頭とか顔とか、肩とか腕とか、それ以外とかも存分にな!!


 だが、彼女が求めているのは男としてのオレの身体ではなく、参考資料(モデル)としてのオレの身体なのだ。


 それなら。

 それなら……?


「オレの背中なんて触っても面白くねえぞ?」


 妥協するならここしかないとオレは判断したのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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