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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1919/2805

前科が既にあるのだから

「あなたって、泳ぐのが好きだったんだね」


 湖の浅瀬でわたしは浮かんで、九十九は深い場所で一頻(ひとしき)り泳いだ後、わたしたちは再び、陸上に上がっていた。


 身体は拭いたけど、水着はまだ着替えていない。


 二人で座って先ほどまで遊んでいた湖を見ていた。


「好きって言うわけじゃないが……」


 九十九は少し考え込んで……。


「ここで泳がないと、次、いつ、泳げるか分からないからな。泳ぎの練習はどこでもできるもんじゃねえし」


 アレは練習だったのか。

 どうりで、一生懸命にクロールやっていると思った。


 確かに自然が多いこの世界でも、泳ぐところとなれば、限られてくる。


 広いお風呂を何度か使う機会があったけれど、流石に泳ぐとなると難しいだろう。


「お前は泳がないんだな」

「浮いた」

「うん。浮いてたな」

「楽しかった」

「そうか」


 いや、わたしもずっとただ浮いていたわけではない。


 本当は少しだけ泳いでみた。

 あれだけ九十九が泳いでいるのだから、ちょっとぐらい泳ぎたくもなるじゃない?


 やったのは、平泳ぎと背泳ぎ。

 それらが、浮いているように見えるだけ。


 それだけ、わたしの泳ぎはゆっくりなのだ。


「だが、()()()()()()()、もう少し身体を伸ばした方が良いぞ。腰を曲げると沈む」

「ふわっ!? 見てたの!?」


 九十九が結構、離れた時にこっそりとやっていたのに。


「お前、オレが本業を忘れる男だと思うのか?」


 九十九の本業。

 料理人でも、薬師でもなく、わたしの護衛。


「どんな時でもお前から目を離すわけねえだろ?」


 ふぎょっ!?


 違う!!

 これは小さな子供から目を離せないお父さん視点の話だ。


 それ以外の他意はない!!


「その割には今、あまりこちらを見ないじゃないか」


 九十九は先ほどからずっと湖を見ている。


「あのな~、仮にも水着姿のお前をジロジロ不躾に見たら、いろいろ問題だろう?」


 そう言いながら、九十九はようやくこちらを見た。


 確かに、わたしの今の姿を、上から下まで見るような行いは紳士ではないと思うけれど……。


「わたしはさっきから、あなたをじっくり、隈なく隙間なく見ておりますが」


 間近で見る美形の半裸は攻撃力が高すぎるけど、それでも、この機会を逃せばもう見られない可能性が高い!!


 それなら、見るよね?

 見ちゃうよね?


 人として、いや、乙女として!!


「隈なく……って、いや、お前の目的は絵のモデルだろ!? 一緒にすんな!!」


 そう言いながらも、彼の目線はあまり動かない。


 確かに一緒ではなかった。

 これでは、わたしの方が痴女っぽい。


 尤も、健康的な殿方なら、多少、そんな気持ちになるのは仕方ないと、知識としては知っている。


 中学時代、同級生の男子生徒たちがプールの時間、特定の女子生徒に対して、ついつい視線を寄越してしまうようなものだろう。


 わたしは背も低いし、スタイルも良いわけではないため、そんな目線を浴びた記憶などないが。


 でも、ここにいる九十九は、「発情期」の時に反応してしまうほどには、わたしのことを女性扱いはしてくれている。


 アレ以降、こんなわたしを異性として気遣ってくれている言動は格段に増えたし、まあ、異性相手にしかしないであろう揶揄いも増えた。


 それでも、基本的な姿勢は変わらない。

 口で言っても、行動には移さない。


 友人としての親しさを見せつつも、必ず、少しだけ距離を取ってくれる。


 異性の主人に対して、大事な大事な宝物のように扱ってくれる。


 有能で優秀で、過保護で心配性で、勘は鋭いのに人の感情にはどこか鈍い、わたしの大事な護衛。


「あなたがいつでもモデルになってくれるなら、別にそこまで見る必要はないんだけどね」


 滅多にない。

 たまにしかない。


 そんな機会を逃すことができるはずがあろうか? いや、あるまい。


「お前は、見るだけでなく触るから嫌だ」


 おっと、痴女判定されている気がします。


 仕方ないね。

 前科が既にあるのだから。


「仕方ないじゃない。触りたくなるような筋肉を持っているあなたが悪い」

「オレが悪いのか!?」

「わたしにはないから」


 自分の二の腕を触ると少しだけぷにっとする。

 たぷたぷしている感じはないけれど、九十九のようなミッシリ感はない。


 九十九も力を抜いている時はあるけれど、それでも、彼の腕はわたしほど柔らかい状態にはならない。


「それこそ生物学的な性差だろう」

「分かっているんだけどね。それでも、腹筋が割れるのに憧れた時期はあるんだよ」


 筋トレは大変だけど、嫌いじゃなかった。


 自分では結構、頑張ったつもりだったんだけど、それでもわたしのお腹には(すじ)……、線? しか入らなかったのだ。


「……腹筋」

「一日100回じゃ割れなかった」

「思ったよりやってたんだな」

「ソフトボール部に筋トレはつきものなのです」


 それでも一般的には一日50回ぐらいだろう。

 100回はやり過ぎだったと自分でも思う。


 まあ、お腹が出るよりはマシか。

 九十九は、お腹が出ている人が苦手みたいだからね。


「別に良いんじゃねえか。まあ、個人的な意見を言うなら、オレは硬いよりも、柔らかそうな方が好きだが……」

「へ?」

「美味そうだからな」

「……食材ですか?」


 確かに人間界でも、お肉は雌の方が良いとか聞いたことがある。

 柔らかさとか栄養的な意味だったはずだ。


「別に美味くはないと思うよ。世の中には、煮ても焼いても食えぬモノはあるでしょう?」

「まあ、確かに」


 九十九は苦笑する。


「触るか?」

「ほぬ?」

「腕ぐらいならいいぞ。だが、揉むな」


 そう言って、彼は左腕を差し出す。

 注意が入ったのは、わたしが揉むとくすぐったいからだろう。


「腕も魅力的だけど、他のところは駄目?」


 だが、せっかくの申し出だ。

 これを逃すわたしではない!!


「他?」

「背中と肩」


 先ほど微妙に不発に終わった我が野望を果たす時が来た!!


「背中……。肩はともかく、背中にそんなに肉が付いてるか?」


 九十九は自分の背中を見ようとしている。


「付いてる!! 僧帽筋(そうぼうきん)とか、三角筋とか凄いし、棘下(きょくか)(きん)とかもさりげなく魅力的!!」

「待て待て! 筋肉の名称に詳しすぎてオレでも引く!!」

「筋肉の名称は、絵を描く人間の嗜みですが?」

「知らんわ!!」


 筋肉の名称を覚えるのは絵を描く人間の基礎知識だと、友人たちは言っていた。


 わたしは、小学校の頃に読んだ「まんがで覚えよう身体のしくみ」なる本で覚えたけど。


 意外と、あの辺りで覚えた記憶って、抜けないんだよね。


「触らせてくれるの?」

「なんとなく身の危険を感じるレベルの申し出になった気がする」


 あれ?

 それって普通は男女、逆じゃない?


「じゃあ、代わりにあなたもわたしの背中を触る?」

「ばっ!?」


 後に続くのは「馬鹿」かな?


「背中や肩ぐらいなら大丈夫だよ」


 背中や肩ぐらいは普通にスキンシップとかで触れる部分だ。

 特にいやらしい行為だとも思わない。


 流石に前は無理!!

 それ、普通のスキンシップよりも深い気がするから。


 何よりえっちい!!


 既に、「発情期」の時に、直接、触られているのだとしても、改めてとなれば話は別だろう。


「本当に大丈夫だと思ってんのか?」


 あれ?

 何か確認が来たよ?


「触るだけでしょう? それとも、それ以上の行為をする気があるの?」

「しねえっ!!」


 言質を頂きました。

 これで、大丈夫だと思われます。


「だけど、オレが止まらなくなったらどうすんだよ!? 男の理性、なめんな!!」


 どうやら、わたしはそこまでの話をしているらしい。


 不謹慎だけど、それをちょっと嬉しいって思っちゃうのはいけないことかな?


 九十九は真面目にわたしのことを心配してくれている。


 でも、彼がわたしに触ったぐらいで、そんな簡単に理性を飛ばすような男だとは思っていない。


 大体、「発情期」以外だって、触れる以上のことを何度もされているのだ。

 具体的には、抱き抱えられたり、担がれたり、背負われたりしている。


 何なら、事故ではあるが、互いに正気の時に胸を鷲掴まれたことすらあった。

 あの時は、流石に、謝られたけど。


 同じ寝台に収まった時だって、上からの命令がない限りはわたしに触れることもしない。


 そんな殿方が今更、許可をもらって触れたぐらいで理性を飛ばす?

 それは「否! 」でしょう?


「あなたは止まってくれるよ?」


 あの「発情期」すら止まった男だ。


 その時は、触るだけではなくもっと深いものだったと経験が少ないわたしでも分かっている。


 そこまでしたのに、彼は止まってくれたのだ。


「あなたが身の危険を感じるほどのことをお願いしているのに、わたしが何もしないっていうのは釣り合わないでしょう?」

「その心根は立派だと思うが、男と女じゃ危険の度合いが違うって言ってんだよ!!」


 この辺り、九十九は本当に真面目で誠実だと思う。


 健康的な思考の殿方なら、「ラッキー」で済ませれば良いのに、彼はそう受け止めない。


「危険だと思うなら、そこは耐えて? わたしの護衛」

「危険だと思うから、そこは耐えろ? オレの主人」


 わたしが渾身の笑みでお願いすると、それ以上に笑みを深めて九十九がそう言葉を返してきた。


 つまり、自分も触らないから、代わりにお前も背中や肩に触れるなということらしい。

 うぬう。


「じゃあ、一方的に触らせて!!」

「要求が酷くなったぞ!?」

「だって、ずっと我慢していたんだよ?」

「あ? 我慢?」


 九十九の圧力が少し緩んだ?

 ここが攻め時か!?


「湖で救命ボートに乗ってあなたの背中を見ていた時から、ずっと触りたくてたまらなかったんだよ!!」

「言ってることも、その思考も痴女でしかねえ!!」


 興奮しているようで、しっかりと冷静な言葉を返す有能な護衛。


 くうっ!!

 雰囲気に流されなかったか。


 しかし、「痴女」、「痴女」か~。

 わたしは護衛から何度、痴女扱いされるんだろうか?


 表現を抑えたものの、実際は「飛びつきたかった」と言ってしまったら、それ以上に痴女扱いされたかもしれない。


 本能のまま、叫ばなくて良かった。


 わたしが反省をしていると……。


「オレの背中なんて触っても面白くねえぞ?」


 人の好い護衛は、自ら、蜘蛛の巣に飛び込んでくれるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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