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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1918/2805

罰が当たったかもしれない

 ああ、失敗しちゃったな。

 そう思ってしまうのも無理はないと思う。


 わたしが、深く考えなかったばっかりに、九十九に迷惑をかけてしまったのだから。


 水場で遊べる嬉しさを表現するかのように、わたしは念願だった彼の背中に飛びついたのだ。


 元をただせば、それがいけなかったのだと思う。


 もしかしたら、悪いことを考えてしまったために、罰が当たっちゃったのかもしれない。


 いや、実際、当たったのはライフジャケットなのだけど。


 九十九の広い背中に飛びついた結果、ライフジャケットに阻まれてしまった。


 だから、本当の意味で、九十九の背中は堪能できなかったのだ。

 それがかなり悔しい。


 そればかりか、そんなことをしてしまったためか、ライフジャケットのファスナーの調子がおかしくなった。


 どうやら、ファスナーがライフジャケットの布地を少し噛んでしまったために、上手く外れくなったようだ。


 そうなると、焦ってしまう。


 思いっきり引っ張ると外れるかもだけど、ライフジャケットを破っちゃいそうだし、本当に困ってしまった。


「どうした?」


 わたしの様子に気付いた九十九が声を掛けてくる。


「いや、ちょっとファスナーが噛んじゃったみたいで……」


 そう言いながらも外れなくて、ライフジャケットをぐにぐにと引っ張る。


「ちょっと待て。無理に引っ張るな」


 そんな阿呆な行動を見咎めて、九十九がわたしの手を取った。

 いや、正しくはライフジャケットのファスナー部分を握っている。


「じっとしてろ」

「う、うん」


 青い瞳、綺麗な銀髪の青年が、わたしの胸元を覗き込む。


 そこに邪な気配は全く、ない!!

 彼は、今、真剣にファスナーと向き合っている。


 だけど、この角度!

 どう見ても、自分の胸元を見られているような気がして落ち着かない。


 しかも、今、ライフジャケットを、つまりは着ている服を脱がそうとされているわけで……。


 下には水着を着ているとはいえ、この状況の恥ずかしさに、自分の顔に熱が集まっていくのが分かった。


 九十九にそんな意思は本当にないと分かっていても、自意識過剰な自分は反応してしまうようだ。


 何重もの意味で、恥ずかしすぎる!!


 さらに、ファスナーを外すために胸元をごそごそと揺らされているし!!

 いや、揺れるほどのモノは持っていませんけども!!


 別に指とかが胸に当たっているわけではないのだけど、それでも、これ、絶対に恥ずかしい!!


 そんな風に受け止めてしまう自分の思考が汚れているだけで、九十九にそんな気持ちなんて一切ないのに!!


「取れたぞ」


 短い時間だったはずだけど、わたしの体感としてはかなり長い時間だったように思える。


 そして、九十九は本当に普通だった。


「どうした?」


 だから、平気でそんなことが聞けるんだ。


 でも、御礼は言わなきゃ。

 彼は、困っていたわたしを助けてくれたんだしね。


「ああ、ごめん。ありがとう」


 だけど、今のわたしは誤魔化しきれないほど顔が赤いと思う。

 特に耳が凄く熱い。


「い、いや、状況的に仕方がないとはいえ、脱がされるって、結構、恥ずかしいね」


 小さな子供になったみたいだ……と、別の理由で恥ずかしがっているんだと付け加えたけれど……。


「ばっ!?」


 勘のいい護衛には伝わってしまったようで、彼も一気に顔を赤くした。


 これって、わたしはどれだけ意識されていなかったってことなんだろうか?

 意識しているのは毎回、わたしだけってことか。


「こんな時に馬鹿、言ってんじゃねえよ!!」


 そう叫びながら、九十九はわたしに背を向けた。


 わたしがそんな風に意識しすぎて嫌になったかな?


 それはそうかもしれない。


 わたしたちは確かに性別が違うけれど、そんなことを意識し続けて護衛なんかできないだろう。


 しかも、しゃがんで、顔まで伏せられた。


 これって、明確な拒否?

 もしかして、顔も見たくない状態?


「えっと、ごめん?」


 そんなつもりはなかった。

 でも、全くなかったと言えば嘘になる。


 九十九は困っているわたしを助けてくれようとしただけなのに、わたしは感謝よりも先に別のことに思考を飛ばしてしまったのだから。


「頼むから、暫く、そっとしてくれ」

「ぬ?」

「ちょっとした立ち眩みだ。目の前がぐるぐるして、すぐには立てない」


 九十九が恨めしそうにこちらを見た。


 怒っているわけではなく、困っているような顔。

 それに向けられた目は、確かに少しだけ、揺れている気がする。


 先ほどから、勢いよく立ったり座ったりしたからかもしれない。

 水から上がった直後と言うこともあるだろう。


 お風呂上りではないけれど、それでも水中と陸上ではいろいろなものが違うから、体調が狂うこともあるかもしれない。


 九十九の立ち眩みって珍しいけれど、彼だって、人間だ。

 規格外なことも多いけれど、基本的な肉体構造が異なるわけではないのだ。


「大丈夫?」

「すぐに動かなければ大丈夫だ」


 わたしよりも医学、人体のことに詳しい九十九がそう言うなら、大丈夫なのだろう。


「オレは暫くこうしているから、お前は気にせず、泳げ」


 さらにわたしのことを気遣ってくれる。


「でも……」


 その原因となったわたしが彼を放って一人で遊ぶと言うのはどうなのだろうか?


 それに、久しぶりに水に浮かぶことができるのは嬉しいけど、一人で水遊びとなると多分、つまらないと思う。


「落ち着いたら、オレも付き合うから」


 落ち着いたらと言うのは、体調のことだろう。

 眩暈って、揺れが収まっても、暫く動きたくないもんね。


 でも、せっかく九十九がそう言って、気遣ってくれたのだ。

 どうせなら、楽しまなくては勿体ないだろう。


 何より、この世界に来て、初の水遊びなのである。


 次に、いつ、こんな機会があるかも分からないし、そんな機会なんてもう二度とないかもしれない。


(カツラ)とコンタクトレンズは外しても良いかな?」


 泳ぐならこれらは邪魔だ。

 この湖に人が来ない理由も分かったことだし、少しぐらい許されないだろうか?


 九十九はしゃがみ込んだまま、暫く考えて……。


「多分、大丈夫だろう」


 そう答えてくれた。


「ありがとう」


 わたしは濃藍の鬘と、緑の瞳に変えてくれるコンタクトレンズを外す。


 以前は鏡がない場所でコンタクトレンズを外すことはできなかったが、今は何度も、装着しているため、鏡がなくても外せるようになっている。


「ほら」


 九十九は座ったまま、コンタクトレンズの保存ケースをわたしに向かって投げてくれる。


 器用なものだ。

 座った状態で物を投げるって結構難しいのに。


 まあ、行儀は悪いけど、珍しく九十九が立てないほど調子が悪いなら仕方がないだろう。


「ありがとう」


 わたしはそれを左手で受け取り、コンタクトレンズを収納した。


 先ほど脱いだ……というより脱がせてもらったライフジャケットの上に、コンタクトレンズの保存ケースと、鬘を重ねて置く。


「どこからどこまでなら、大丈夫?」


 この湖は広いし、浅い所があるとはいっても、その中央はかなり深かったのだ。

 いきなり、足が付かなくなることもあるだろう。


「そこの東側……。あ~、そこのミタマレイルの花の数が少ない所から20メートルは、水深が浅かったはずだ」


 方角で言っても分からないと判断されたのか、九十九はわたしにも分かりやすい言葉で教えてくれる。


 指を差された方向は、確かに他の場所に比べてミタマレイルの花の数が少なくない気がする。


 もしかして、湖が浅い……、周囲の水の量が少ないから、ミタマレイルも少なくなっているのかな?


「さて、()()()()か!!」

「……浮く?」


 わたしの言葉に疑問を持ったのか、九十九は眉を顰めた。


「うん、浮く」


 そう言いながら、わたしは言われた場所からゆっくりと水に入っていく。


 ちょっと温い。

 以前、海に落ちた時はもっとひんやりだったけれど、これなら大丈夫だ。


 わたしは力を抜いて、身体を仰向けにしてぷかあ~っと水に浮いた。


 疲れとかストレスとか、いろいろなモノが身体からじんわりと抜けていくような心地よさ。


 それは温泉ともまた違う感覚だった。


 しかも周囲は緑の木々に囲まれて、青い空が見えるような場所。


 嗚呼、大自然、万歳!!


「泳ぐわけじゃないのか」


 少し離れたところから九十九のそんな声が聞こえる。


「力を抜いて浮くのが気持ち良いんだよ」


 わたしはもともと泳ぎが得意というわけではない。


 カナヅチというほど沈むわけでもないのだが、前に進む速度が遅いため、こんな広い水場に来てもシャカリキに泳ぐよりはゆったりと海月(くらげ)のように浮いていたいのだ。


「ちょっと離れてろ」

「ほよ?」


 そう言われたので、少しだけ水を掻いてゆっくりと移動する。


()()


 その言葉と共に、九十九の姿が岸から消えた。


 いや、正しくはそこから飛び込んだのだ。


 だけど、水しぶきはほとんど上がっていない。


 深さは大丈夫なのだろうか?

 飛び込みって、確か、それなりの深さがいるはずだよね?


 いや、それ以上に……、九十九本体が浮かび上がってこない。


「つ……っ!?」


 思わず、彼の名前を呼びかけた時、思った場所からかなり離れたところで、九十九の気配がした。


「あれ?」


 湖の中央に近い場所で、黒い影が現れる。


 飛び込んで、潜水して、あんな所まで行ったのか。

 九十九は陸上だけでなく、水中の動きも早いらしい。


「元気だね」


 どうやら、九十九は泳ぎたかったようで、湖の中央だけでなく、見事な遊泳を見せてくれたのでした。


 九十九って泳ぐのが好きだったんだね。

 そんなことも知らなかった。


 小学校の頃はどうだったっけ?


 そこまで覚えていない。


 泳ぎは上手かったと思うけど、あの当時は自分が泳ぐことで頭がいっぱいだった気がする。


 そう考えると、わたしはまだまだ自分の護衛のことを知らなかったんだなとぼんやり水に浮きながら、思ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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