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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1914/2804

舵を取る

「ゆっくり乗れよ」


 既に水の中に入っている九十九から促される。


 銀髪碧眼の美形が、半裸で肩口から上を覗かせている状態というのは、なかなかに刺激が強い。


 なんとなく、見目麗しい殿方の入浴中を覗き見ているようなイケナイ感覚になる。


 いろいろなモノを噴出しそうになるのを抑えながらも……。


「うん」


 なんとか、その一言を絞り出すことに成功する。


 さて、わたしは船に乗ったことがあっても、手こぎボートのような小さな船に乗ったことが無い。


 ましてや、ここにあるのは救命ボートである。

 そんなものに乗る機会など、人間界で生活していても、あまりないだろう。


 わたしも洪水災害があった時、ニュースでその映像を見たぐらいだ。


 九十九が言うには、この救命ボートは人間界の物を魔法で強化しているらしい。


 使える物は人間界の物でも使う辺り、有能な護衛だと思う。


 そして、一体、何を想定して、こんな物を準備していたのか?

 決して、安い物ではないだろうに。


 だが、今更、彼ら兄弟の行動について、深く考えようとしても、疲れるだけだろう。

 現に、今、それが役に立っているわけだから。


 そう思い直して、わたしは彼が言ったように、ゆっくりと足を伸ばして……。


「ふぎゃ!?」


 思った以上に、柔らかな感触に変な声が出た。


 ゴムでできたマットよりも柔らかいような……?


「トランポリンみたい」

「跳ねるなよ?」

「いくらわたしでも、こんな不安定な場所で跳ぶ気はないなあ」


 ここは水上なのだ。

 だから、万一のことがあっても、大丈夫なように、ライフジャケットと水着は着ている。


 最悪、浮くことだけはできるだろう。


 尤も、浮いてもそのまま崖の下に向かって流されてしまう可能性はあるのだけど。


「それじゃあ、ゆっくり進むぞ」

「お願いします」


 わたしがそう答えると、彼は救命ボートに付いている紐を握り、背を向けてゆっくりと進みだす。


 うむ。

 何度見ても、見事に鍛えられた三角筋と僧帽筋(肩から背中の上部)である。


 水の中をゆっくり掻くように進んでいるために、それら筋肉が動いて、盛り上がりが分かりやすい。


 これは邪な感情ではない。


 純粋な絵のモデル、参考資料だ。

 彼が動くたびに、筋肉が動くというその構造をしっかりと目に焼き付けたいだけなのだ。


「中央の、どの辺りだ?」


 この広い湖の中央と言っても、はっきりとは分からないだろう。


 実際、わたしが識別魔法で表示したふきだしは、ど真ん中に現れたとは言い難い位置ではあった。


「もう少し先かな」


 同じ場所にふきだしが現れるかは分からないけれど、先ほど見たのはもう少し先だったはずだ。


 救命ボートは九十九に引かれてゆっくりと進んでいく。

 水は透き通っているのに、湖の底は見えない。


 恐らく、九十九は既に立ち泳ぎをしているのだろう。


 少し先を行く彼の身体が上下に揺れ、さらにその足が水の中でゆらゆらと揺れているように見えた。


 この時点で深さの予想ができない。


「この辺りの深さって分かる?」

「あ~、潜らないと正しくは分からないが、多分、5メートルぐらいだと思う」


 流石にこの状態で水深の計測はできないらしい。


「わたしの三倍以上あるのか」

「自分の身長で測るなよ」


 九十九は振り向いていないのに、笑っているのが分かる。


 でも、パッと思いつくのって、自分の身長ぐらいだよね?


 それにしても、この場所はそんなに深いのか。

 湖だって分かっていたけれど、改めてその深さに驚かされる。


「あなたは怖くないの?」

「あ?」

「いや、もう足が付かない場所だよね?」


 水深5メートルなら、わたしよりも背が高い彼だって、足は付かないだろう。


 いや、水深5メートルなら、巨人と呼ばれる種族ではない限り、人類のほとんどは水没するか。


 足が地に付かない場所は、わたしなら怖い。


「足が付かなくても死ぬわけじゃねえからな」


 多少、いつもより上下に揺れている感はあるが、水の中にいるとは思えないほど自然に進んでいく背中。


 それは普通に歩いているように見えるから不思議だ。


「あなたの足は水掻きでも付いているの?」

「そんな水鳥みたいな機能は、オレの足には付いていないはずなんだがな」


 口調から、苦笑したのが分かる。


 服を着ていないせいか、その背中からも、なんとなくいつもよりも九十九の感情が伝わりやすい気がした。


 九十九の背中を見ること自体は珍しくないが、流石に上半身、何も着ていない状態を見る機会はそう多くない。


 今まで見たのも、ほとんどが正面からだった。


 そして、何故だろう。


 この背中を見ていると、妙にむずむずするのだ。

 具体的にはこう、張り付きたくなってしまう。


 以前、服を着た状態でおんぶされたこともあるけど、その時はこんな感覚にはならなかったはずだ。


 つまり、これはアレだね。


 前に、九十九が半裸になった時に、わたしは深く考えずに彼に張り付いたことがある。


 その時と同じようなものなのだろう。


 そして、その行動に対して、九十九が発したのは悲鳴(のち)、「痴女」という言葉だった。


 いや、確かに痴女行為だったと今なら分かる。

 あの頃のわたしは、今よりももっと考え無しだった。


 だが、今のわたしは違う!!


 ここで、何も考えずに九十九の背中に張り付くのはやはり痴女行為だし、何よりもかなり危険だ。


 九十九はわたしの救命ボートの紐を引き、さらには泳いでいる状態なのだ。


 そんな状況で、何も考えずに彼の背中にいきなり張り付けば、九十九は驚くだろうし、バランスを崩してしまうかもしれない。


 そうなれば、流石の九十九だって溺れる危険性があるし、わたしが乗っている救命ボートも大暴れする結果になる。


 うん、止めておこう。

 後先考えずに、怒られるも嫌だし。


「そろそろか?」


 そんなわたしの邪な考えを知らない九十九は、その場で止まり、ごく普通に声を掛けてきた。


 彼はある程度、わたしの体内魔気から感情や状態を判断することはできるみたいだけど、完全にわたしの心の(うち)を読めるわけではないようだ。


 その点は本当に助かっている。


「ちょっと待ってね」


 いけない、いけない。


 集中、集中!!


 九十九の背中は後でも堪能できる。

 でも、今は、それよりも自分のするべきことをしなければ!!


「識別」


 わたしは湖面に向かってそう唱える。


 すると、割と近いところにふきだしが現れた。


 それでも、目の前ではないため、もう少し移動する必要があるみたいだ。


「えっと、こっちの方向、右よりにもう少しゆっくり進んでくれる?」

「少し右だな。行き過ぎたら言えよ」


 わたしの曖昧な方向指定に対しても文句も言わず、九十九は少しだけ進行方向を変える。


「えっと、もっと右、ああ、ちょっとダメ。あ、待って。いや、そっちじゃない。うん。ああ、うん。もっと先。うん、そこ。そこが良い。そのまま進んで!!」


 ふきだしの表示されたところを忘れないようにしっかりと記憶して、微妙な方向指示を続ける。


「ああ、ダメ!! もっとゆっくり!! ああ、ヤダ!! 流されちゃう!! ダメ!! ああ!! ダメ!! 待って!! 止まって!! 行っちゃう!! 行っちゃう!!」


 少し奥に来たせいか、救命ボートが九十九の進行方向から左右に流されやすくなった。


 そのために、わたしも焦ってしまい、指示らしくない言葉ばかり叫んでいた。


「栞、落ち着け」


 そんな九十九の声が耳に届く。


「大丈夫だから」


 まるで、小さい子に言い聞かせるような声。


「多少流されて、通り過ぎたとしても、その場所から戻れば良いだけだ」

「そ、そうだね」


 さらに、諭されるように優しい言葉をかけられると、慌てていた自分が恥ずかしくなってしまう。


「ヤダ、もう。恥ずかしい……」


 いつもよりも小さくなりたい。

 穴があったら、埋まりたい。


 心なしか、背中を向けている九十九の耳も妙に紅く見えるし。


 慌てている主人の姿を見るのは、九十九も恥ずかしいんだろうな~。


 彼の背中を見て、張り付きたいとか浮かれている場合ではなかった!


 もっとしっかりしなきゃ!!


「ごめんね。もっと頑張る」

「いや、頑張る必要があったわけじゃねえんだが……」


 九十九の言葉の歯切れが悪い。

 明らかに言葉を選ばれている、彼から気遣われているのが分かってしまう。


 これではいけない!!

 もっとしっかり落ち着いて指示を出そう。


 九十九の言う通り、進み過ぎても戻れば良い。

 まだやり直す時間はあるのだから。


 ()いては事を仕損ずるっていうもんね!!


 そう思って、わたしは一息吐き、改めて九十九に進行方向を伝えるのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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