今回は仕方ない
どうしてこうなったのか?
いろいろ頭を抱えたかったが、今回は仕方がない。
己の欲望に負けたとも言う。
いや、今回の場合、男なら仕方ねえよな?
自分が好きな女が自ら薄着……、いや、水着姿になってくれると言ったのだ。
それも、普段は手足を含めて、あまり肌を露出しないタイプの人間が……だ。
そこで断る理由などない。
今回の目的は湖の中央に行くだけ。
そして、オレはその栞の護衛だ。
彼女が心置きなく識別するための護りだ。
オレが強要したわけではない。
ただの付き添いだ。
だが、同じように薄着で水に入ると言うことは、同時に男の生理現象的な事情も発生することに気付くのが遅れたことがオレの敗因だとは思っている。
まあ、ソレを誤魔化す方法はなくもない。
伊達に18年も男をやっていないのだ。
だが、栞はどんな水着なのか。
先ほどからそちらの方に意識を持っていかれて、酷く落ち着かない。
しかも、その見立てはあの若宮らしい。
それなら、オレの趣味からそこまで大きく外れることいないだろう。
ストレリチア城に滞在していた時、散々、栞は若宮からいろいろな衣装を着せられていたが、自覚がなかった頃のオレすらも納得できるものばかりだったから。
だが、まさか、スクール水着か?
あの女なら、それぐらい栞に着せてもおかしくないし、まだ似合いそうではある。
そして、水尾さんから見せてもらったアルバムにもあった姿だし、あの紅い髪も持っていやがった。
だが、個人的には別の水着姿を見たいとも思っている。
あの若宮のことだから、露出が多すぎるような品がない際どい水着は栞に渡さないはずだ。
そこは信頼している。
どちらかと言えば、栞の健康的で清純な魅力を前面に押し出すような水着……、ワンピースかタンキニ系だろうな。
だが、ラッシュガードやウェットスーツのような水着は、逆に露出が少なすぎて、若宮の方が不満だろう。
「水温は大丈夫そうだな」
なんとなく気がそわそわして、その原因となった湖に手を入れる。
水は温めだった。
少なくとも、少し前に海に放り投げられた時よりはずっと温かい。
因みに、栞は少し離れた場所に簡易更衣室を出して、着替えをしていた。
オレの方は魔法ですぐに着替えられるので、とっとと着替えて湖の前で落ち着かない時間を過ごしているわけだ。
安全面を考えればこんな場所で着替えさせるのは良いことではない。
こんな移動魔法が使いにくくなる結界がある森の中で、万一、襲撃されたら逃げることも容易ではないのだ。
だから、本来なら、崖の下のコンテナハウスに戻って着替えさせるべきなのだろうが、それはオレがかなり困ることになる。
栞は自力であの崖を上れない。
つまり、いつものように抱き抱える必要があるのだ。
流石に水着姿の栞を抱きかかえて、オレはいろいろな意味で大人しくしていることはできる気がしない。
そのために、「いちいち下に戻るのが面倒だ」などと尤もらしい理由を付けて、ここで着替えさせることにした。
因みに若宮から貰った水着については、オレが保管している栞の着替え袋の中に入っていたらしい。
別名、若宮監修による栞のためのコスプレ用袋とも言う。
まさか、そんな所に水着なんてものを潜ませてるとは思いもしなかった。
いや、だからどうだっていう話ではあるのだが。
しかし、水着か……。
栞は抵抗がないのだろうか?
こんな誰も来ない森の中で、野郎の前で水着などという無防備極まりない姿を披露することに。
……ないんだろうな。
思わず、肩を落としそうになる。
どこまで、オレを男として見ていないのか?
しかも、一度は襲われているというのに。
いや、別に警戒されずに好き放題できると考えれば、ある意味、役得ではある。
今回は水着だ。
まともに拝むのは初めてである。
ここは本気で若宮からカメラを借りる必要が出てきたか?
「悩みどころだな」
この世界でカメラを所持している知り合いは、若宮しかいない。
だが、ヤツに借りを作りたくもないのだ。
「何が?」
「いや、若宮に……」
考え事をしている時に話しかけられたために、つい、反射で返事をしてしまった。
そして、その姿を見た時、周囲の時間が止まった気さえする。
「ワカに?」
そう不思議そうな顔をするのは、濃藍の髪、翡翠の瞳をした「聖女の卵」。
だが、その姿は、聖堂にいる神女やストレリチアで生活する女性ならば、あるまじき恰好ではあった。
まず、法力国家では、神女であるなしに関わらず、女は素足を見せない。
長いローブやズボン、最低限、レギンスやタイツなどで自分の足を隠すことがお国柄である。
特に罰則はないらしいが、女が不特定多数の人間に対して素足を見せるという行為がかなり品のないことと見なされるため、それを知っている以上、自ら、そんな姿になることはないだろう。
だが、ここにいる「聖女の卵」は、素足だった。
いや、正しくは、サンダルを履いているのだが、すらりとした足そのものは、惜しみなく露出している。
上から白く長いパーカーを羽織っており、その下には、襟ぐりからチラリと見える肩紐や透けて見える色から、紺色の水着を着ているようだ。
肩紐から伸びている鎖骨と、首筋のラインが眩しい。
だが、ここまで健康的な印象だと逆に邪な気分が失せる。
この女は、正しく「聖女」らしい。
オレの煩悩すら浄化されてしまった。
こんな姿を見て、すぐにそんな気が起きるのは、常日頃から品のないことしか考えられない獣ぐらいだろう。
まあ、それもずっと見ていれば、慣れてしまう気もするが……。
「ワカがどうしたの?」
そんな風に小首を傾げられると、拝みたくなる。
なんだ?
この神聖な生き物。
いつもよりかなり露出しているというのに、いやらしさがないってどんな奇跡だ?
いや、可愛いんだ。
すっげ~、可愛い。
でも、それ以上に、なんだろう?
手を伸ばすことすら躊躇われるような清らかさ?
「あ~、なんで、お前に水着をやったんだろうなと思って」
この世界では遊泳という行為はあまりしない。
自然豊かな海や川などの水場は溢れているために、人間界ほど綺麗な景色に心を動かされることがないためだ。
何より、普通の水場には海獣や魔獣などの一般人では対応が難しい生き物が存在する。
そのために、水辺で遊ぶための水着は少ないはずだが……。
「ああ、これ? ワカというよりも正しくは、『神子装束』……の一部、なんだよね。水着にもできるって教えてくれたのはワカだったんだけど」
「あ? 神子装束?」
「うん。『聖女の卵』関係の儀式って、水を被ることもあるから、中に透けない素材の水着みたいなものを着るようになっているんだよ」
それで思い出す。
栞は何度も「聖女の卵」として、神子装束と呼ばれる衣装を身に着けている。
そして、それを着た上で「神舞」と呼ばれるものを舞ったり、大神官の儀式に立ち会ったりしていた。
その時に与えられた一部と言うことらしい。
人間界にあるような水着とは違うようだが、水着の用途としては、水に浸かっても肌が透けなければ問題ないのだ。
「ワカから貰った水着は、ちょっと着る勇気が持てなくて」
どんな水着だ?
凄く気になったが、それを尋ねることはできない。
この場でそれを口にしてしまえば、ただのエロ親父だ。
「いや、実はこれも結構、背中が開いているから恥ずかしいんだけど、それは水に入れば気にならないから」
白いパーカーに隠れているけど、背中はそれなりに露出しているということか。
「今の髪の色だと、こっちの方が良いかなとも思ったしね」
「若宮からのは色が違うのか?」
「これよりも、もう少し青って感じの色と白の縞々で、ちょっとひらひらしている」
「ああ」
青と白のボーダーで、ひらひら……、フリルが入っているらしい。
若宮は栞にフリルを着せるのが好きだった。
だから、それも驚くことではない。
「しかも上下が分かれていて……」
さらにセパレートタイプ、ビキニやタンキニ系ということは分かった。
「下着みたいなビキニよりはマシだけど、お腹が出るのはちょっと抵抗があったんだよ」
そう言いながらお腹を撫でた。
上からパーカーを羽織って隠していても、水に入っても、その部分の露出は嫌だというのは不思議だが、そんな不可解さも栞らしい。
「どうせ、水に入れば腹なんて分からねえよ」
「あなたには見えなくても、わたしが嫌なの」
いや、見える。
この湖の透明度なら、水上に出ている部分と同じように、栞のつま先までしっかりと見る自信がある。
だから、そんな水着でなかったことはホッとしてちょっとがっかりではあった。
「あと、水に入るってことに関して、ちょっと問題があることにさっき、気付いたんだ」
「なんだ?」
問題?
「わたしは確かに泳ぐために浮くことは、できるんだけど……」
栞がちょっと戸惑いがちにオレに告げる。
「完全な立ち泳ぎってやったことがないんだよ」
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