【第101章― 再開を前にして ―】城下の森だからできること
この話から101章です。
よろしくお願いいたします。
「識別」
今日も今日とて「識別魔法」。
お目覚め、すっきり。
朝食を取った後、わたしは昨日の夜のように、拡大鏡を構え、九十九が出す物を次々と識別していく。
「因みに、お前の眼にはどう表示されているんだ?」
「わたしの眼っていうか、レンズを通してだと、こんな感じ?」
目の前にある物を描いた上に、表示された青いふきだしを描き加えて、さらに文字を書き込んでいく。
「この部分が青くて、文字は白い」
「某有名RPGゲームの画面表示かよ」
九十九はそっちを考えたらしい。
わたしは「最後の幻想」シリーズよりも、黒い画面に白い文字で表示される「竜の探索」シリーズの方しかしていないが、有名ゲームタイトルだけあって、そのウインドウ表示画面ぐらいは覚えがある。
いや、黒い画面に白い文字って、昔のゲームには多いらしいけど。
「黒い画面に黄色の文字よりは良くない?」
「瀕死状態じゃねえか」
そして、九十九はこちらも通じるらしい。
彼は、人間界にいた頃、いろいろなことをやっていた気がするけど、ゲームをやる時間まであったのか。
わたしの護衛は本当に凄いよね。
「これで、オレが持っている植物は大方、識別し終わったかな」
そう言いながら、九十九が結構な量の紙を束ねているが……。
「まだでしょう?」
それが全てはないことをわたしは知っている。
「あ?」
九十九は怪訝な顔を向ける。
「まだミタマレイルの花を視てないよ」
多分、彼にとっての本命はコレだと思っている。
この城下の森に来てから、彼はかなりあの花に拘っているように見えるから。
「ああ、それは今、ないんだよ」
「今、持ってないなら、上に取りに行けるよ」
わたしは天井を指差す。
ミタマレイルの花は、セントポーリアの、それもこの近くの湖でしか見たことがない。
でも、言い換えれば、今、その近くにいるのだから確認できなくはないのだ。
九十九は大きく息を吐くと……。
「ミタマレイルの花は普通じゃないからな。お前の身体に負担がないか心配なんだよ」
「何か加工するわけでもなく、ただ識別するだけでしょう?」
識別は今のところ、その植物がもともと持っている情報の確認作業でしかない。
花に向かって歌うわけでもなく、花を引っこ抜くわけでもないのだ。
これまでにやってきたことよりは安全だとわたしは思うけど、九十九は違うのかな?
「正しくは、ミタマレイルの花とお前は、相性が良すぎて、また何かやらかさないか心配なんだよ」
「おおう」
相性が良すぎるという表現はどうかと思うけど、この城下の森に来てから、ミタマレイルの花関連ではいろいろ、既にやらかしているのだ。
そう考えると、確かにしり込みしてしまうのは分かる気がする。
「識別した時の情報量が多くなるとか?」
「そういうのなら大歓迎なんだけどな」
この様子だと、九十九はそれ以外のことが起こりそうな気がしているらしい。
「それ以外でどんなことが起こると思う?」
「予測できないから心配なんだよ」
これまでと違った反応があることが気にかかるらしい。
「ま、やってみようか」
「お前な~」
わたしの言葉に九十九は呆れている。
「命を取られるような危険はないよ」
少なくともビックリすることは多いけど、これまで危険なことはなかった。
それにわたしがすることはレンズをただ覗くだけのこと。
そこで何かが起こる可能性ってかなり低いと思う。
「あと、単純にわたしが知りたいだけなんだよね。それなら、あなたがいる時の方が良いかなと思って」
これまでに何度も驚かされた花だ。
だから、いろいろと気になっている。
夜に光る理由は分からないかもしれないけれどね。
「まあ、オレが知らない時に、勝手に識別されるよりはマシか」
九十九も納得してくれたらしい。
「今、持っていないのは本当だから、取りに行くか」
九十九が、そう言いながら、扉に手を掛ける。
彼がそんな口先だけの嘘を吐くとは思っていない。
本当に持っていないことは分かっている。
「ああ、その前に……」
九十九がわたしを振り返った。
「お前、今、何か欲しい物はないか?」
「欲しい物?」
はて?
そんな話題だったっけ?
「いや、結構な量を夜遅くまで識別させたから、その礼をと思って……」
「ああ、別に気にしなくても良いよ」
いろいろな植物を視ることは、わたしも楽しかったから気にしていない。
そんなに疲れることでもなかったし。
どちらかと言えば、加工後は識別結果が変化するため、いろいろと加工したり、その都度、記録したりしていた九十九の方がどう考えても負担は大きかったことだろう。
「対価はちゃんと受け取れ。まあ、オレ自身が渡すものだから、大したことはできんが」
確か、「ゆめの郷」でも、似たようなことを言われたことがあった。
あの時は、九十九が償いのために「どんな願いでも」と言われたが、流石に最初にわたしが口にした願いが阿呆過ぎたらしい。
だから、今回は「欲しい物」と指定が入っているようだ。
「そうだね~。今、すぐには思いつかないから、考えとくよ」
欲しい物ねえ……。
美味しい物とかは九十九がいろいろと作ってくれるし、絵を描くための紙や筆記具は九十九だけでなく、雄也さんからも結構な量を渡されている。
量が多くて、描くのが追い付かないぐらいに。
それに、最近は大量の本も追加された。
わたしは十分すぎるぐらい、彼らからいろいろな物を与えられている。
だから、欲しい物が思いつかない。
「そこで、服や魔石とか、装飾品とかを即答しない辺り、お前らしいよな」
「服は十分持っているし、魔石は使い方がよく分からないんだよね。わたしは、装飾品も下手に着けられないし」
何より、体内魔気を抑制するような魔石を装飾品としていろいろ身に着けている身としては、これ以上のジャラジャラ感はちょっと嫌だ。
それ以外にも、九十九から既に魔力珠付きのヘアカフスは割と髪の毛に着けているし、ソウから貰った魔力珠も今は通信珠とは別の袋に入れて、首から下げている。
これ以上はもう必要ない。
「お前は本当に物欲が無いよな?」
「そう? 自分では欲張りだって思っているけど」
「物に対する欲はねえって話だよ」
それも結構あると思っているんだけどな。
美味しい物は好きだし、綺麗だったり、可愛い物も好きだ。
本も好きだし、絵を描く画材とかも増えると嬉しい。
ほら、結構、あるよね?
「まあ、考えとく。期限は?」
「あ~、リプテラに戻るまでかな。できれば、早めに渡したいから」
今回は物だからだろうか?
いや……。
「物じゃなきゃダメ?」
「あ?」
「えっと前みたいに、あなたにして欲しいこととかそういうのでもおっけ~?」
「前……? ああ、アレか」
九十九は少し考えて、思い当ったらしい。
わたしが、彼に「ゆめの郷」で願ったこと。
それは、「わたしの名」を呼んで欲しいということだった。
いや、本当はあの時、あの場で、一回限りのつもりだったけど、気付けば、それが普通になっている。
思い起こせば、あの時、九十九が「どっちだ? 」と確認したのは、彼が「栞」だけでなく、「ラシアレス」の方も知っていたからなんだろうね。
「でも、それってお前の労苦と比較してかなり安くねえか?」
「いや? 全然」
寧ろ、何故、安いと思うのか?
確かに物は残るけど、それだけだ。
九十九に何かを願って、それを叶えてもらう「特別なお願い」の方がかなり良い。
「労苦って言うけど、もともと『識別魔法』はあなたの発案だし、補助となるルーペもあなたの物で、わたしは視たものを口にするだけで、疲れもないよ?」
彼が言わなければ、そんなことができるなんて思わなかったし、九十九がルーペをタイミングよく持っていてくれたから、失敗もなかった。
いろいろな植物を視るのも楽しい。
本来なら口にし辛いはずの言葉も、表示されている文字を読むだけなら、そこまでの抵抗もない。
何より、日本語を読めるって素直に嬉しいのだ。
本来、この世界にはないものだからね。
「別に対価が欲しくてやっていることじゃないからね」
「アレだけの量を識別しておいて疲れが無い方がオレは驚きだよ」
「あなただって、いつも文字を書いたり読んだりしているでしょう?」
いつも纏めている報告書のあの量に比べたら、九十九が記録して、次の対象物が目の前に出される間に休憩できるわたしはかなり楽をしていると思うのです。
あと、気のせいかもしれないけど、彼の記述速度ってかなり早くなっている気がしている。
身体強化である程度早めていることは知っているけど、それを差し引いても、彼らの報告書を書く速度は恐ろしく早い。
人間界では「速記術」っていう暗号のようなものを使って早く記録する技術もあるらしいけど、彼らはそんなこともしていないのだ。
「読みの話じゃなくて、単純に魔法力の話だ」
「それはここがシルヴァーレン大陸で、さらに言えばセントポーリア国内で、もっと言えば城下の森の中だからじゃないかな」
この場所は、風属性の大気魔気が濃密であるためか、魔法力の回復がかなり早いのだ。
まるで、セントポーリア城内にある「契約の間」並みに早い。
九十九は少し考えて……。
「なるほどな」
そう納得してくれたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




