双子の恋バナ
「ねえ、ミオ」
目の前で自分と同じ顔をした女が、かなり嬉しそうに声を掛けてきた。
「ミオは、九十九くんに告白しないの?」
「しない」
何かと思えば、恋バナらしい。
色恋の話で、双子の妹を揶揄おうとは、我が姉ながら、マオは本当にいい性格をしていると思う。
まあ、酒が入っているから、妙なテンションになっているのは分かるけど、それにしても。始めから揶揄う前提の話を持ちかけるのは、こちらとしてもあまり気分が良いものではない。
「え~、なんで?」
目の前のグラスを傾けながら、マオは上機嫌で問いかける。
先輩、いくらなんでも、酒精が強すぎる酒じゃないか?
私よりも酒が強いマオが酔うなんて、相当だぞ?
マオが飲んでいる酒に見覚えはなかった。
この場にはいないが、マオにその酒を渡したと思われる黒髪の男に恨み言を言いたくなる。
「なんでも何も、言ったところで邪魔になるだろ?」
「え~?」
さらに、酒を煽るマオ。
テーブルを隔てているというのに、ここまで匂いが届くような酒精。
その心浮き立つような匂いに惹かれないはずはないのだけど、その贈り主を思うと強請りたくもなくなる。
最近、その男とマオは仲が良い。
男女の仲ではないようだけど、それでも、マオが誰かに懐くのはかなり珍しいのだ。
「ミオらしくないな~。せめて、当たって砕け散るぐらいはやってみせてよ」
「やらない」
既に砕け散ることが前提の話など、どうかと思う。
大体、話題の主は、明らかに別の人間に執着に近い愛情を向けていて、それ以外の女には見向きもしない。
私やマオに関しては、その愛情を向けている相手、自分に主人である女の友人であるためにそれなりの扱いをしてくれているが、それだけの関係である。
始めから眼中にもない相手に対して砕け散ることが確実な特攻を決める無謀さなど持ち合わせていないのだ。
「自由に恋愛ができるのなんて、今だけかもしれないんだよ?」
「分かってるよ」
だが、それでも言うつもりはなかった。
「気持ちを隠すつもりはない。だが、言う気もない」
「おや、隠す気はないんだ」
「高田は気付いているっぽいからな」
恐らくは、私自身が自分の気持ちに気付くよりも前に、彼の主人である私の可愛い後輩は、私が誰を気にしているのかを知っている気がした。
今にして思えば、彼女が何かを言いかけて言葉を呑んだことが何度かあったのだ。
それでも、私は、すぐに自分の気持ちには気付かなかった。
いや、気付かない方が良いと思っていたぐらいだ。
だが、自分はやはり隠し事ができないタチらしい。
自分の身が危険だと感じた時に、思わず助けを呼ぶ意味で叫んでしまったのは、彼の名だったのだから。
「いや、高田じゃなくて、九十九くんの方に……だよ」
「そっちにも隠す気はない」
そちらには気付かせるつもりもないが。
「言わないなら、隠しているも同然じゃない?」
「そうだな」
それでも、言うまでは彼も確信は持てないだろう。
そして、私の気持ちに気付いていたとしても、決定的なことは口にしないでいてくれると思っている。
「それでも、私は高田と寵を争う気なんかないから」
「まあ、普通なら、ミオは高田の可愛さを前に完敗だろうね」
双子の姉は容赦なく事実を突きつける。
マオが言うように私の後輩はとても可愛い。
当人にその意識はないが、その小柄で可愛らしい容姿は、小動物のようで癒される。
その反面、中身はかなり強気で力強い。
私が男なら、彼をそっちのけで口説いていたことだろう。
「私は九十九よりも、高田の方が好きなんだよ」
結局のところ、そこに行きつく。
話題の主である後輩の従者である九十九のことは、大変、好ましく思っている。
少なくとも、自身がピンチになった時、考えるよりも先に口から彼の名を口にしてしまう程度には、私は彼のことを好きなのだろう。
それでも、彼と後輩が同時に危難に遭えば、私は迷いもなく、後輩を選ぶ自信がある。
私の手など要らないような後輩だが、それでも、助けたいと心から思うのは彼女の方なのだ。
「ミオと高田の見た目的にはそれもアリだとは思うんだけどね」
「おいこら」
私の身長は女性としてはそれなりに高い方で、後輩の身長はかなり可愛らしい。
一番上の姉貴よりは高いが、それでも、一般的にはあの後輩の身長は、15歳以上としては、低い方だろう。
そして、私は髪も短く、よく言えば中性的、悪く言えば、男に見間違えられることもなくはない。
マオが言いたいのは、そういう意味だと思う。
「でもさ~、彼は高田を選べないでしょう?」
「…………」
その後輩も明らかに、彼に好意を持っている。
少し前までは、それが友人の域を超えるかどうかは微妙ではあったが、少なくとも、彼のことを異性としてしっかり意識するようにはなったのだ。
彼の方は言うまでもない。
自分の気持ちを自覚した後は、あの後輩以外目に入らないほどの溺愛っぷりで、見ている方が恥ずかしく思えるほどになっている。
そして、私やマオを気に掛けてくれるのも、あの後輩がそれを望むから。
どこまでも、主人至上主義。
そんな所に入り込む気は全く起きないが……。
「マオは何を知っている?」
先ほど「選べない」と言った。
しかも彼の方が……だ。
逆に後輩が彼を選べないというのなら分かる。
当人たちがはっきりと口にしないし、魔力の強さや魔法力の多さからあまりそれを感じさせないが、二人の間にあるのは身分差……、主従関係だ。
そして、明確な主従関係ができてしまった以上、それを壊すのは容易ではない。
どこかの聖騎士団長のように、周囲の言葉や、世間の常識を完全に無視して想いを貫こうとする我の強さあれば良いのだろうが、彼はそんなタイプではない。
確かに精神的にはかなり強いが、自分の気持ちを押し殺して、後輩のために尽くしてしまうほどの良識は弁えている。
「多分、ミオも知っていることじゃないかな」
マオは意味深な笑みを向けた。
なるほど。
どうやら、マオは彼の兄からそのことを聞いているらしい。
仲良くなったとは思っていたが、そこまでの話をするほどの仲にはなっているのか。
彼らには「枷」がかけられている。
それは、あの後輩の傍にいるために雇用主から条件として受け入れたものらしいが、私から言わせていただければ、親馬鹿にも程があるだろうというようなものだ。
―――― 娘に愛を告げれば、自死を選ぶ
そんなものを受け入れる方も受け入れる方だが、それを強要する方もする方だろう。
正直、阿呆かと思う。
だが、自国の聖騎士団長の行動を思い起こせば、箍を外してしまった男の行動ほど厄介なものはないことも理解はできる。
女の私には分からないが、娘の傍に置くためには、何の首輪もなく野放しにするのは危険だとあの方は判断したらしい。
自身の経験なのだろうか?
「そうか」
「あれ? 内容の確認はしないの?」
「しない」
同じことを知っているかどうかは分からない。
だが、彼の兄である男が、マオには話しても良いと判断したのなら、それでも良い。
万一、マオの知っていることと、自分の理解に差があったなら、逆に下手なことを言うことはできない。
あの話は、私が彼から信用された証なのだと思うから。
「お酒を飲んでいても、やっぱりミオは手強いな~」
マオは笑いながらそう言った。
この様子だと、私に探りを入れるように、先輩に頼まれたか?
そんな疑念が頭を過るが、仮にそうだとしても、何も問題はない。
私は九十九から聞いたことをマオに話す気はないし、その逆で、マオも先輩から得た情報を私に教えてくれる気はないだろう。
「マオには負けるよ」
私は素直にそう言った。
マオと私。
双子でありながらも、その在り方は随分と違うものであった。
親や周囲からの期待も、その扱いも。
完全に同一に扱われたいわけではないが、あからさまに格差を付けられるのは、子供時代は気分が悪いものだった。
それは、マオも同じだろう。
だから、顔は瓜二つでも、全く違う性格の人間が出来上がったのだ。
まあ、成長すれば外野の声なんか気にもならなくなったけれど。
「尤も、手強さで言えば、あの後輩が史上最強だと思うけどね」
そんなマオの言葉に……。
「全くだ」
私は苦笑するしかなかったのだった。
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