努力の人
「あなたならいつか、わたしが使う『識別魔法』か、それに似た魔法が使えるようになる気がするよ」
それは確信に近かった。
根拠はある。
目の前にいる有能な護衛は、魔法の応用力が凄いのだ。
この世界に戻った直後、彼は、契約した魔法に忠実な使い方しかしていなかったらしい。
だが、魔法国家の第三王女殿下の見本と言葉で、自分の契約してきた魔法の可能性を見出し、それをさらに研鑽し続けている。
そして、そんな彼の魔法の使い方は、魔法国家でも珍しいと、魔法国家の第二王女殿下も言っていた。
だから、わたしは信じている。
九十九が本気になれば、わたしが使うような魔法だって使えるようになると。
「あ?」
だが、彼は何故か、しかめっ面となった。
その顔には「何言ってんだ? 」と分かりやすく書いてある。
ちゃんと言葉にしているはずなのに、なかなか自分の思いは正しく伝わらないなと苦笑したい。
「今回の『識別魔法』は、わたしの中に明確なイメージがあったから、使えただけだと思うしね」
「お前な~。普通は、そう簡単に魔法なんか作れないんだ」
それはどこか呆れたような言葉。
そして、諦めたような言葉でもある。
「そう?」
だから、わたしはそれを否定しよう。
「でも、あなたも、魔法国家の王女殿下たちも、魔法は『想像力』と『創造力』っていつも言っているよ?」
「それが魔法の基本だからな」
そう。
魔法の基本は「想像力」と「創造力」。
それは、わたしがこの世界に来た時からずっと聞き続けていた言葉。
そして、それがこの世界での魔法の基本だと、誰もが口を揃えて言う。
それならば、人間の想像力の範疇にある現象なら、それを魔力によって創り出すことは可能なのではないか?
わたしはそう思ったからこそ、あの時、彼に提案したのだ。
「それでも、あなたは、情報国家の国王陛下すら驚き、剣術国家の国王陛下すら慌てるような魔法を即興で生み出したことがあるでしょう?」
あれは、大聖堂の地下で、セントポーリア国王陛下になんとか一泡吹かせようと考えていた時だった。
わたしが言った他愛もない言葉を九十九は創造してしまったのだ。
―――― 雷撃魔法を束ねて、剣のように振るう魔法
わたしが知る限り、いや、あの様子だと、情報国家の国王陛下も初めて見た魔法だったのだと思う。
「あれは……」
九十九もそのことに気付いたのか、言葉を詰まらせる。
母の話では現代魔法は情報国家から発信された可能性が高いらしい。
現代魔法は公に広められた、使い手も多い効率的な魔法。
魔法書を持って契約することができれば、契約者はその魔法を使う権利を有するようになる。
でも、それは言い換えれば、型に嵌った魔法でもある。
そして、使い手を選ぶとされる古代魔法の方が現代魔法よりも使い慣れている九十九なら、わたしと同じように現代魔法から少し外れた独自魔法を創る確率は、普通よりも高くてもおかしくはないとも思う。
既に自分の体内魔気から、想像したものを創造できる魔力の工程を、教えられなくても理解しているのだから。
何より、現代魔法も、古代魔法も誰かが生み出した魔法であることには変わりがない。
ただ、現代は既に魔法があるのだから、既に新たな魔法を創り出す必要性はないと人間が考えるようになっただけである。
そして、古代魔法が主流の時代は、自分が苦労に苦労を重ねて作った研究成果である魔法を誰かに伝授することを好まなかったという背景もあった。
そのため、古代魔法は独自研究であることが多く、魔法力の消費量を含めた効率も悪かったそうだ。
そんな魔法を主とする人間が、「想像力」と「創造力」を備えていないはずもない。
それに……。
「あの時、アレを見なければ、わたしの一言魔法も生まれてなかったんじゃないかな」
「あ?」
九十九はあの時、わたしの曖昧な言葉を表現してくれた。
頭の中で思い描けているのに、自分では上手く表現できなかった絵を、ちゃんと形にしてくれたのだ。
それは、わたしに想像力と創造力の新たな可能性を示してくれたと言っても過言ではない。
「あなたが、わたしの可能性を広げてくれたんだよ」
それがどんなに嬉しいことだったのか、彼は知らないだろう。
自分の頭にあるものを現実で表現するのは、かなり難しいことなのだ。
できれば、誰かにお手本を見せて欲しい。
だから、絵を描く時に見本を欲する。
頭の中だけでは作り出せない現実を目の前にしたいのだ。
九十九は、そんなわたしができないことをした。
自身の想像力だけで、雷撃魔法の剣を創り出した。
それは、わたしよりも彼の方が、何もない状態から明確なイメージを生み出せるということに他ならないだろう。
「オレの魔法がなくても、お前はいつか、使えたよ」
「そうかもね」
そのこと自体を否定する気はない。
九十九やそれ以外の人たちが言うように、わたしはかなり思い込みが強いらしいから。
でも、それはずっと先の話だったと思う。
わたしの魔法は、「創造力」よりも、「想像力」の方が重要っぽいし。
だから、考えたことを形にできると強く信じ込めるほどの何かがなければ、今も魔法が使えなかった可能性はあるだろう。
「でも、あのタイミングで使えなかったとは思っている」
初めて、自分の意思と目の前に現れた魔法が一致した瞬間はよく覚えている。
あれは、「ゆめの郷」で、九十九が友人に対して雷撃魔法を放っていた時だった。
あの時は本当に夢中で、なんで、そんなことになっているのかは分からないまま、そこに飛び込んだ。
状況がよく分からなくても、信じられないほどの殺気をソウに向けていた九十九をなんとか止めようとして、わたしは彼に向かって、「目晦まし」を放ったのだ。
それが初めて自分自身の意思と魔法が一致した瞬間だった。
さらに続けざまに、九十九へのふっ飛ばし攻撃を……。
……あれ?
わたし、あの時、結構、九十九に酷いことしていない?
いやいやいや!
あの状況では仕方がなかったんだ。
九十九にわたしの友人を殺させたくなかった。
ソウがわたしの護衛に殺される所を見たくもなかった。
だから、それ以上の力で抑え込むしか方法がなかったのだ。
そして、いろいろな感情が混ざって、固まって、弾けて、わたしはあの状況で魔法を成功させることができた。
「だから、何度でも言うよ」
彼は分かっていないみたいだから。
「わたしが一言魔法を使えるようになったのは、あなたのおかげだって」
それだけは曲げられない、曲げたくない事実。
少なくとも、九十九の雷撃魔法の剣は、わたしにとってはかなりの衝撃だった。
こんなことができたら良いのに、というそんな軽い願いを彼が形にしてくれたのだ。
あの時点でわたしはまだまともな魔法を使えなかった。
だから、自分の想像していたものが現実で形になったことにびっくりしたのだ。
「大体、九十九の言葉がなかったら、わたし、多分、『識別魔法』も使えてないんじゃないかな」
「あ?」
わたしの言葉に九十九が怪訝な表情をする。
「確かにゲームで似たようなモノがあったけど、アレって魔法ではなくて、能力の一種みたいな扱いだった気がする」
確かに魔法力を消費していたけれど、何故か、魔法ではなかった。
魔法が使えない設定のキャラクターも使えていたから、あのゲーム内では魔法という枠に入っていなかったのだと思う。
「そもそも、九十九がわたしに確認するまで、そのアイテム識別能力の存在すら忘れていたぐらいだからね」
「そうなのか?」
「そうなのだ」
どんなにやり込んでいても、好きなゲームの全てを覚えていられるほどの頭はわたしにはない。
しかも三年以上、昔の話だ。
さらに言い訳をさせていただければ、ゲームの細部については、受験もあって綺麗サッパリ抜け落ちている。
「だから、九十九が言わなければ、わたしは『識別魔法』なんて不思議な魔法は使えなかったと思うよ」
そんな魔法の存在に思い至らなかったから。
大体、考えてみて欲しい。
普通は、「???の草」をわざわざ魔法を使って「カリサクチェイン」と識別しなくたって、現実には九十九のようにちゃんと勉強していれば、見ただけで名称や特徴は分かるようになるのだ。
それを考えると、勉強家な人にとってはそこまで重要な魔法ではない。
わたしのように不勉強な人間には、その有毒性ぐらいは識別できた方が良いとは思うけどね。
「単なるきっかけだろ?」
「そのきっかけが大事だって言ってるんだけどな」
どこかの有名な発明家が、「天才とは、1パーセントのひらめきと99パーセントの努力である」と言ったらしいけれど、言い換えればその1パーセントのひらめきがなければ、成り立たないということだろう。
尤も、その発明家さんは、実は「1パーセントのひらめきがなければ99パーセントの努力は無駄になる」という意味で言ったらしいけど、そこはそれ。
その人は、二万回近くの失敗を繰り返して、一つの成功に結び付けた努力の人だからね。
「わたしにはそのきっかけがないと何もできないんだよ?」
これまでの魔法は全て、何かのきっかけがあって、ようやく使えたものばかりだ。
普通の「風魔法」などは、自分の身体が無意識に使ってくれた魔法や、セントポーリア国王陛下が見せてくれた。
そして、今、メインで使っている「一言魔法」のほとんどは、水尾先輩が見せてくれた魔法や、人間界でのアニメやゲームなどが主である。
見本がないと何もできないのは、いつまで経っても変わっていない。
「何もできないなんて言うなよ」
「ぬ?」
「お前は十分すぎるほどいろいろやってるよ」
わたしのどこか自虐に近い暗い思考を、いつも、力強く吹き飛ばそうとしてくれるのは、いつだって目の前の護衛だ。
時には強く激しく、自分の揺るぎない思いを真っすぐにぶつけてくる青年。
失敗を繰り返しても、尚、成功を信じて前に進む努力の人。
「それをもう少し押さえてくれたら、オレと兄貴の苦労も減るんだが……」
九十九はそう苦笑いをした。
どうやら、「いろいろやらかす」の意味で言われていたらしい。
時には酷く辛辣で、浮ついて上昇しかかったわたしの気持ちを容赦なく地に叩きつける青年。
いずれにしても、わたしを支えてくれるのは確かなんだけどね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




