平静を装って
祝・1900話!
……だというのに、護衛弟が一部、馬鹿になっている話。
深読みしてくだされば幸いです。
分かっている。
ここは我慢だ。
我慢に我慢を重ねまくって、さらに我慢だ。
先ほど、栞が風呂に入った。
それは良い。
少しばかりいろいろ妄想してしまうけれど、ある意味それは健康的な思考と言うことで、自分を慰める。
いや、この場合、品のない意味ではなくて!!
普通に!!
自分の思考を落ち着かせるという意味でだ!!
流石に、栞がいつ、ここに戻るか分からんような状況で、自室で堂々とそんな行為に耽る気はねえ!!
そんな誰に聞かせるわけでもない、言い訳がましい思考は脇に置く。
だが、困ったことに栞が風呂に入って、暫く、激しい体内魔気の乱れを感じた。
いつものような奇声も珍妙な声も上がらなかったが、明らかな動揺、驚愕の気配はしたのだ。
それでも、何も考えずに飛び込むには場所も状況も悪すぎる。
反射的に移動魔法を使いかけたが、行先は風呂だ。
それを思い出して、なんとか踏みとどまったのは英断だったと自分を褒める。
栞は、いつかのように水着を身に着けた上で、タオルを巻いてはいないとは思う。
あの時は、誰でも入れるような温泉で、しかも連れがいた。
だからこその重装備。
だが、今は簡易住居内。
しかも、王族すら退けても驚かないほど、攻撃的な護りに特化させた結界内でもある。
それを知っている栞だから、無防備な状態で風呂に入っていることだろう。
いや、風呂なのだからそれは普通だ。
何もおかしなことはない。
だが、そこに護衛とは言え、男が不用意に飛び込むわけにはいかないだろう。
お湯を掛けられて「キャーッ!! 」と叫ばれるだけならご褒美だが、咄嗟の時ほど、栞の「魔気の護り」は恐ろしいほどの凶悪さを発揮する。
それはこの国の頂点すらふっ飛ばすほどの脅威。
それをあの狭い浴場でやられてみろ。
いろいろな意味でオレは致命傷を負ってもおかしくはない。
だから、我慢だ。
栞が驚愕したのは、瞬間的なものだったらしい。
だが、困惑はまだ残っている。
それでも、恐怖などの感情が伴わないなら、敵襲とかそういったものではないことは確かだ。
だから、オレはただひたすら我慢に徹した。
考えられるのはなんだ?
栞は風呂では落ち着いていることの方が多い。
多少、いろいろと思考することはあるようだが、それでも、普段はあんなに動揺することはない。
何があった?
考えられるのは、先ほどまで連発していた「識別魔法」か?
だが、栞は拡大鏡をこの場に置いて、部屋から出ている。
そうなると、自分だけで「識別魔法」を使ったのか?
先ほどは失敗したと言っていてが、今回はたまたま、成功させた?
風呂で識別?
何がある?
シャンプー、リンス、液体石鹸。
それらを識別、鑑定、分析したところで原材料とか効果が分かるぐらいで叫ぶようなことはないと思う。
そうなると、それ以外の床や壁、浴槽、お湯……か?
壁や床は磨いた。
洗浄魔法も施すぐらいに念入りに。
偽装工作として、その後に不自然さを隠すために少しだけ濡らしている。
だが、それすらも見抜いた?
ちょっと待て?
あれ?
それって、いろいろマズくないか?
栞が驚愕したってことは、もしかしなくても、オレがあの場でやっていることもバレた?
やはり風呂ではなくて、トイレを使うべきだったか?
いや、風呂なら洗えるし、いろいろなモノも誤魔化せると思って、ちょっと待て?
マズい。
具体的にどうとは言えないけど、マズいことだけは分かる。
だけど、仕方ねえだろ!?
好きな女と自分の部屋で二人っきりなんだぞ!?
ほとんどの童貞が憧れる場面だ。
そんな状況で全く何も妄想するなとか、オレのような半童貞には絶対、無理だろ!?
しかも、無防備に笑いかけられても、いろいろと我慢しなきゃならねえんだ。
そんな状態なら、一人っきりになった時は男なら、いろいろ爆発するよな!?
自分の雄を鎮める意味でも!!
いや、落ち着け。
まだバレたと決まったわけじゃない。
それなら、もっといろいろ負の感情もあるはずだ。
具体的には不信感だな。
信頼している護衛が、自分の知らない所でそんな行為に更けっていたことを知れば、普通は信用をなくすだろう。
だが、今の栞には動揺が見られても、そう言った感情はなさそうだ。
寧ろ、今は風呂から上がって、乾燥石で苦戦しているような気配すらある。
なんで、毎回、苦戦するんだ?
―――― コンコンコン
いろいろ考えている間に、戻りを告げる音がした。
これは終わりか。
それとも何かの始まりか。
いずれにしても、覚悟を決める必要があるだろう。
「おお」
オレは一息吐いた後、平静を装って呼びかける。
ゆっくりと開かれる扉の向こうから、黒髪、今は緑の瞳の主人の姿が少しずつ現れていく。
栞は風呂上がりから寝る間は、濃藍のウィッグを外すが、コンタクトレンズはそのままだった。
少し赤らめた顔を見せているのは、風呂上がりだからなのか、それとも、オレの行為を知ってしまったからなのかはまだ分からない。
すぐに部屋へ入ろうとせず、様子を窺う印象がある。
ただその顔と気配からは嫌悪感はなさそうなので、それだけでも良しとするべきだろうか?
「も、戻りました」
何故か、丁寧語。
そして、明らかに戸惑っている気配。
だが、その様子から、オレと顔を合わせにくい何かがあったことだけは確かだ。
「どうした?」
だから、オレは軽く探りを入れる。
「ちょっと、お風呂で『識別魔法』を使っちゃって」
そろそろと部屋に入りながらも栞は「識別魔法」を使ったこと自体は隠さないらしい。
やはり、先ほどの混乱は「識別魔法」を使ったせいだったことは分かった。
だが、それで何を視たのか?
そこが一番の問題だろう。
「拡大鏡が無いのに使えたのか?」
だが、いきなり本題に入れば、正しい回答を得られない可能性がある。
栞は時々、奇妙な言葉を作り出すが、基本的には文系らしく語彙が豊富だ。
だから、まずは当たり障りのない問いかけから先にした。
「失敗する確率はあるし、道具を使うよりも魔法力を消費した感はあるけど、使えなくはないみたい」
先ほど、拡大鏡越しに「識別魔法」を使っていた時は、魔法力を消費しているか分からないほどだと言っていた気がするが。普通に使えば、やはり魔法力の消費を自覚するらしい。
道具を使って消費を抑えられる点は不思議だと思うが、そもそも魔法を使う時に魔石など、魔力が全く籠っていない普通の道具で魔法の補助すること自体がないのだ。
「それで? お前は『識別魔法』で何を視た?」
そして、オレは本命の疑問を口にする。
「えっと……」
栞の目が泳いだ。
やはり、何を視たのかは言いにくいことらしい。
ここは、鎌をかけるべきか?
いや、下手な追求は自爆に繋がる可能性の方が高そうだ。
今、栞から感じているのはオレに対する嫌悪感や不信感でなく、困惑が強い。
「お、お風呂のお湯を……」
「湯?」
この時点で、オレは自分が救われたと思った。
湯にもいろいろなものが混ざっている可能性はあるが、それならどうとでも言い訳が立つ。
どんなに身体を洗浄しても、皮脂や汗、それ以外の身体から分泌されるものは完全に消すことができないからな。
万一、そこに余計な物が混ざっていても、それについては本当に不可抗力であり、オレの意思でもない。
「まあ、本当にお湯でしかなかったのだけど……」
そりゃ、浴槽に入れただけで、本当にただのお湯だからな。
少しでも栞がゆっくりできるように温水魔法で出して、オレが浴槽から出る時にも改めて温度調整をしているが、それを除けば、本当にただの水を温めただけのものである。
だからこそ、あそこまで混乱した理由が分からない。
自分の痴態が露見したわけではなかったことにホッとしつつも、栞の反応が気になるのは確かだ。
だから、オレはもっと追求することにしたのだった。
毎日投稿を続けた結果、ついに1900話です。
そして、この調子だと、今年中に2000話に到達することでしょう。
しかし、その記念すべき話として、この内容はありなのか?
いつものことですね。
そして、ここまで、長く続けられているのは、ブックマーク登録、評価、感想、誤字報告、最近ではいいねをくださった方々と、何より、これだけの長い話をお読みくださっている方々のおかげです。
まだまだこの話は続きますので、最後までお付き合いいただければと思います。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




