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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 人間界編 ~
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ドキドキ?お宅訪問

 不思議なことに、誰にも会わずに彼の家に着くことができた。


 でも……。


「さっき誰もいないって……」


 さすがに、お年頃の男女が、学校をサボってそれはまずい気がする。


 ここまで来てから、そんなことに気付くなんてどうかしてるだろう。


 それにわたしは、再会したばかりだというのに、彼を全面的に信用しすぎてしまっている気がする。


 少し話したぐらいで、本当に中身が変わっていないなんて、なんで、思っちゃったんだろう?


「ん? 確かに言ったが?」

「それって……」


 もごもごしているわたしの気持ちを知ってか知らずか、彼は言った。


「ああ、そんな凹凸がどこにあるのかさえ分からん女に手を出すほど、オレは女に飢えてねえから安心しろ」

「なっ!?」


 容赦のない言葉が彼の口から飛び出した。


 出会った時もそうだったが、彼はわたしを幼児体型扱いしすぎじゃありませんかね?


 流石に、あまりそんなことばっかり言われると、わたしが女としての自信をなくしてしまうよ?


 もともとなかった気もするけど。


「ご近所さんに怪しまれる前に、入った、入った。さすがに制服の男女が学校にいる時間に見つかったら、どんな噂がたつか分かったもんじゃねえからな。誤解されると面倒だし」


 少し頬を膨らませたわたしを、九十九は招き入れる。


 初めて入る彼の家は、入った瞬間、少しだけひんやりした空気の流れを感じたけど、不思議と懐かしい匂いがした気がした。


 初めて来る場所なのに懐かしいって不思議な感覚だね。


 やや広めだけど、綺麗な玄関。

 きっと、家族がきちんと掃除をしているんだろう。


 わたしが通されたのは、客間っぽい感じのところだった。

 整理整頓されていて、中央に大きいけれど足の短い食卓がある。


 足の短い食卓は、ワカの家や、本格的な和風屋敷に住んでいるその従姉妹の家でも見かけたことがある。


 我が家には足の長いテーブルしかないから凄く不思議な感じがした。


「オレの部屋だとオレに下心が微塵もなくてもお前だって緊張ぐらいするだろ?」


 彼は笑いながら言う。


 確かに、客間と彼個人の部屋なら客間のほうがいいに決まっている。


 さっきの無神経すぎる発言から、彼がそ~ゆ~男じゃないってことは嫌ってほど分かったけど、こればかりは……、ねえ?


「しかし……、わたし、何やってんだろう?」


 そんな根本的な疑問を今更、口にする。


 電話を借りて互いの学校に休みの届けを連絡した後。

 彼が部屋を出てから、そんな疑問が沸いて出た。


 学校をサボったことも初めてなのに、今、男の子と二人きりでいるなんて、あの母が知ったなら……?


「……あの人なら、笑うか」


 どこかのんきな人だから。


『栞が!? 男の子と二人で!? しかも学校をサボってまで!? ま~、今日はお赤飯ね!!』


 どこからかそんな声が聞こえてきた気がして頭が痛くなった。


「でも……」


 謎なのは、彼の行動だ。


 なんで、こんな突然……?


「九十九と再会したのは……」


 確か……、昨日で……?


「あれ?」


 やはり、記憶が曖昧なままだった。


 彼と出会った後が、何故か、今朝、見た夢と混ざってしまっている。

 非現実ではあっても、それだけリアルな夢だったってことなんだろうけど。


「九十九に……、聞いてみようかな」


 そう思ったとき、彼が戻ってきた。


「お前、珈琲と紅茶、どっちが好きだ?」

「あ、紅茶」

「紅茶なら、アールグレイ、ディンブラ、ダージリン、カモミールと、あとは……」


 思ったよりいろいろ出てきたが……。


「割となんでも大丈夫」


 そんなに細かく分からないし。


「おっけ~。もう少し待ってろよ」


 そう言い残して彼は消え、わたしはこの部屋にまた一人きりになった。


 紅茶の選択肢があるって、こだわりのある家なのかもしれない。

 我が家にあるのは……、コーヒーも紅茶もインスタントの粉しかなかった。

 いや、インスタントだって楽だし、それなりに美味しいんだよ?


 それにしても、広い客間だ。


 8畳間ぐらいの洋室。

 そこに敷かれた青い絨毯は柔らかくて靴下の上からでもふかふか感が伝わってくる。


 それに存在感のある大きな薄いテレビ。

 我が家の分厚いヤツとはえらい違いだ。


 部屋をいろいろと見回していると、彼はお盆と茶器、お菓子を抱えて戻ってきた。


「待たせたな。湯を沸かすのに少し時間がかかった」


 そういいながら、手馴れた様子で紅茶が入った白い蓋付きカップを食卓に並べる。


「どこまで紅茶にこだわるの?」

「どうせ飲むなら、美味い方が良いだろ? それより、今ぐらいの時間が丁度良い。早く飲め」

「そうだね。じゃあ、ありがたく頂戴いたします」


 そう言って一礼して蓋をとって口を付ける。


 うわあ、すっごく美味しいし、良い香り。


 行ったことはないけど、喫茶店とかならこんな感じなのかな。

 インスタントではこうはいかない。


 しかも、ちゃんとカップまで熱してある辺り、さらなる拘りを感じる。

 我が家みたいにさっとカップを温めるだけの家とはえらい違いだ。


「どうだ? 珈琲と紅茶の入れ方には少々自信があるんだが?」

「美味しい。意外な特技だね」


 中学生男子がここまで拘るのは凄いと思う。


「『意外』は余計だ。こ~ゆ~のは兄貴にみっちり仕込まれてるからな。ポットやカップを始め、良い茶葉の選び方まで。抹茶まではさすがに無理だが……。茶道は作法が面倒だからな」

「ふえ~。教育ママならぬ教育アニ?」

「おお。厳しいぞ。失敗したら鞭がビシバシと」

「うわ~」


 どうやら、本当に厳しいらしい。


 どんな人だっけ?

 小学校の頃、遠目に見た気がするけど……、あまりよく覚えていない。


「……言っとくが鞭は冗談だからな」

「そりゃあね」


 確かに、自慢するだけあって本当に美味しくてビックリだ。


「で、九十九はなんであんなところでわたしを待ってたの? まさか、紅茶を入れてくれるためだけとか言わないよね?」

「まさか。オレもそんな暇じゃねえよ。話があるっつってんだろうが」

「話って?」


 そこで彼は手を口に当て考え込むような仕草をした。


 彼がそこで黙ってしまったので、妙な沈黙が流れる。


「あの……?」

「お前、昨日のこと、どれだけ覚えてるか?」


 わたしの言葉は唐突な彼の問いによって掻き消された。


「は? 昨日って?」

「昨日のことだよ。決まってるだろ?」

「昨日のことねぇ……。確か、課外授業中に居眠りして……」

「いや、オレが聞きたいのは学校生活のことじゃなくてだな。……って居眠りすんな! 受験生!」


 的確に突っ込まれた。


「課外授業は不思議と眠くなるんだよ」


 アレは本当に不思議だ。


 3月に入ってからと言うのが、余計に……。


「ま、それは置いといて。オレが聞きたいのは放課後のことだ」

「放課後……?」

「そう」

「確か……、髪を切りに行った」

「それはあの時、聞いた話だったな。で、それからは?」

「へ?」

「それから先のことだよ」


 何故、そんなことを聞くのか分からない。


「家に帰った?」

「違うっ!」


 何故か、即、否定された。


「違うって?」

「じゃあ、聞くが。お前、どうやってあれから家に帰ったと思ってるんだ?」

「歩いて帰る以外に方法があるっけ?」


 自転車ではなかったはずだ。


「その記憶自体が違うだろうが」

「? ……分からない」

「マジで覚えてねえのか?」

「だから、何を?」


 九十九が苛立っているのは分かるけど、本当に覚えていないのだ。


 そんなに言われても、答えようがない。


「じゃあ、お前は黒い服を着た3人組や、その後に出てきた紅い髪の男に覚えはないんだな?」


 そう言って、九十九は鋭い目を向けた。


「え?」


 でも、ちょっと待って。

 それを彼が知ってるはずがない。


 だってそれはわたしの夢の中の出来事で……?


「なんで、九十九がそれを……?」

「まさか、夢だと思ってたか?」

「だって……、そんな……」


 なんか頭がぐるぐるしてきた。

 考えがまとまらない。


 考えようとすればするほど……、ぐるぐると混乱してきた。


 だってあんなのおかしい。

 あんなことありえない。


 アレを認めたらわたしの世界はきっと狂ってしまう。

 アレは夢。

 そうじゃなきゃいけない。


 そうしないと……、()()……。


「高田!?」


 九十九の声で、思考の渦から、現実に引き戻される。


「わたし……?」

「どうした? 顔が真っ青だぞ?」

 

 うん。

 それは自分でも分かる。


 暑くもないのに変な汗がいっぱい出てきたし。


「九十九……、わたし……、本当に昨日のことよく覚えていないんだ。なんか頭がぐるぐるしちゃって、思考がついてこない。思い出そうとすればするほど混乱してきちゃって……」

「高田……」


 考えれば考えるほど頭痛がして、気持ちが悪くなってくる。

 でも……。


「だから、教えて……くれるかな? 昨日あったこと。できれば、九十九の口から聞きたいんだ。自分で考えるとこんなだし。でも……、駄目ならいいんだけど……」

「高田。それは……」


 彼が戸惑ったように、何かを言いかける。


「教えてくれる? 九十九……」

「オレの口からでいいんだな?」

「うん」


 わたしは大きく頷いた。


 多分、コレからは逃げられない。


 逃げたら駄目なんだということはどこかで分かっていたのだ。


 だから、忘れたがっていた頭の中から完全に消すことができずに、夢という形で残ったんだと思う。


 その証拠に、彼の話は、夢の中と全く同じだったから。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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