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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1898/2805

部屋主が不在

「なるほど。切ったライアジッドは、またちょっと効果が違うんだな」

「不思議だね」

「この世界では日常だけどな」


 切る前のライアジッドという果物は、そのままの状態から、九十九はスライスして飾り切りをしてくれた。


 果実を繰り抜き、その中に、スライスされた果実を少しずつずらして花のように並べた綺麗な盛り付けに食べるのを躊躇われたほどだった。


 そして、それを「識別」したら……。


「ライアジッドの薄切り。凍結後、自然解凍させ、薄く切った物。魔法力を回復させる」


 そんな結果が出たのだ。


「つまり、まだ識別を続けるお前こそ、食った方が良いんじゃねえか?」

「いやいやいや! わたしはそんなに食べられないってば」


 確かにこのライアジッドという果実は美味しい。

 甘くて、とても濃厚な味。


 それをわたしは四切れも食べたのだ。

 しかも、夕食後に。


 これ以上はもう無理だった。


「まあ、食えるようなら食うと言うことで……」


 そう言いながら、九十九はライアジッドの載ったお皿を収納する。


「食材の方がいろいろ出そうだな」

「そうだね」


 そして、九十九の持っている食材はかなり多いことをわたしは知っている。


 いろいろ拘りがあり、さらには、行く先々で珍しい食材を見つけたら、まず購入してしまう料理に……、護衛だ。


「流石に疲れたか?」

「いいや! まだ頑張れるよ!!」


 九十九から借りているルーペを構える。


「無理するなよ」

「大丈夫!!」


 まだ就寝時間にもちょっと早い。


「そっか。でも、少しだけ休憩する」

「何故に?」


 先ほど、ライアジッド試食会で十分、休憩したと思うのだけど。


「先にちょっと風呂入ってくる」

「ああ、なるほど」


 今回のコンテナハウスはちょっと小さめのため、部屋も狭いしお風呂は一つだ。

 つまり、九十九と同じお風呂を使っている。


 わたしは人よりも先にお風呂に入ることが苦手なので、それを知っている九十九が先に入ってくれているのだ。


「お前もすぐ、入るか?」

「そうだね。いつものように、急に眠気が来た時に困るから、九十九が入った後に、お風呂をもらおうかな」

「分かった。じゃあ、とっとと出てくる」

「いや、しっかりお風呂には浸かってよ」


 わたしがそう言うと、九十九はひらひらと右手を振った。


 ちゃんと分かってくれたのだろうか?


 さて、わたしは一人でこの部屋に残されたわけだが、これって、九十九の私室に一人でいるってことだよね?


 ちょっと新鮮な感じがする。


 彼がわたしの使う部屋に来ることはよくあるのだ。

 わたしが呼び出すこともあるし、何か用事がある時も迎えに来てくれる。


 だが、九十九の使う部屋にわたしがお邪魔することって、かなり珍しい。


 尤も「ゆめの郷」は例外中の例外だ。

 あの時は、同室、同寝台という指令が出ていた。


 そして、セントポーリア城でも同じ部屋も同然だったが、あれはわたしが男装していたからそうなるのは自然な流れであった。


 一応、仕切りはあったし、ちゃんと別の寝台だったからね。

 だから、いずれも仕方がない話なのである。


 でも、基本的に同じ部屋と言うことはない。


 わたしたちは主人と護衛の関係ではあるけれど、一応、年頃の男女でもあるのだ。


「さて、と」


 それはともかく、ここは九十九の部屋である。

 小さな机と寝台しかないけど、九十九の部屋なのだ。


 そこでかなりの数の「識別」を繰り返した。


 わたしが机で九十九はその横に立って次々と識別する物を出していく。


 加工や記録は彼が寝台に腰掛けて行った。

 始めはわたしが寝台に座ると言ったのだ。


 わたしがするのは「識別」……、物を見て、その内容を読むだけの簡単であっさりとしたお仕事だから、と。


 でも、九十九が譲らなかった。

 彼はわたしを寝台に座らせたくないらしい。


 まあ、気を抜けば、眠ってしまう可能性が高いからだろう。


 これまでの経験から、それは明らかだ。

 部屋主がいないので、なんとなく、寝台に腰掛ける。


 流石に身体を倒すことはしない。

 それをしたら、眠くなくても、眠ってしまうから。


 この寝台は何日か九十九が使った跡がある。


 彼の気配はわたしにとって、心地良いものだから、ここでそれを味わったら、確実に眠りに落ちる自信があった。


 少し前、セントポーリア城で母の気配と九十九を間違ったことがある。


 意識がしっかりしていれば、流石にそんなことはないが、熱を出して、暫くぼんやり状態だったから……、と思っていた。


 でも、違うのだ。

 本当に似ていることを、わたしは母と同じ布団に収まって知った。


 多分、母が、九十九の乳母をやっていたためなのだろう。


 それに対して母は、「あら、知っちゃったの? まあ、成り行きと利害関係の一致よね」と笑って肯定したのだが。


 九十九は、知っているのだろうか?


 雄也さんは覚えていたが、それは年齢的なものだろう。

 あの人が二歳から三歳近くまでの間、母は九十九の世話をしていたらしいから。


 ―――― コンコンコン


 律儀に部屋主が、自分の部屋の扉を叩く気配。


「はい」


 寝台から立ち上がって、ドアのところに向かうと、黒髪、青い目の九十九が立っていた。


 彼も、お風呂に入っている時は、銀髪の鬘を外しているらしい。


「おかえり」

「ただいま」


 少しだけ憮然とした顔で返される。

 それが、なんとなくおかしかった。


 恐らく、九十九はわたしが眠っていると思っていたのだろう。


「今日は寝てなかったな」

「うん」


 これまで何回も彼が席を外して戻れば寝てしまっていることが多かったからね。


 そこは仕方ない。


 何度も落ちてしまった信用を回復するには、それ以上の実績を積み重ねるしかないのだ。


「じゃあ、わたしも一度、部屋に戻って着替えを取ってからお風呂行くね」


 そう言って、九十九の部屋を後にする。


 そして、自分の部屋で暫し悩むことになった。

 いや、特に深い意味はない。


 単純に、何を着て戻るのかという話だ。


 わたしはお風呂から出たら、いつ寝ても大丈夫なように、寝間着で過ごすことが多い人間である。


 だが、今回はお風呂上がりの後に、また九十九と「識別魔法」の検証作業をする予定がある。


 そうなると普通に部屋着?


 いや、確かにわたしの寝間着は部屋着と大差はないし、これまでに何度も九十九の前で見せてもいる。


 だが、その時の九十九のなんとも言えないどこか残念なものを見るような目も知っているのだ。


 わたしの寝間着は部屋着同様に色気がないから。


 雄也さんが選んでくれているだけあって、着心地も寝心地も良い。

 だが、まあ、うん、色気はないと自分でも思っている。


 ダボダボの上着に、それに合わせたかのようなズボン。


 でも、この方が、筋トレとかもしやすいんだよ。

 それに、寝る時に着る服に色気なんて特に要らなくない?


 なんかフリル多いし、薄いし、心許ないのだ。


 数カ月前、ストレリチア城でお世話になっていた時に、そんな話をしたら、ワカにも残念な子を見るような目を、オーディナーシャさまからは「シオリらしい」とのコメントをそれぞれ頂いたわけですが。


 ここはいっちょ、女性らしさを強調したような寝間着を、と思いかけて、そんなものは持っていないことに気付く。


 正しくは、ワカから押し付けられた薄手の寝間着はあるけど、流石にアレを誰かの前で着る勇気などない!


 そして、そんな色気ある寝間着で九十九の前に立ったところで、彼から鼻で笑われそうな気もする。


 それに、自分だけいろいろ意識しているのもなんとなく悔しい。


 さっき見た九十九は見事なまでに部屋着だった。

 前にも見た人間界でいう運動着(ジャージ)のような服。


 いや、殿方はセクシーな寝間着なんて着ないものか。


 でも、九十九は「ゆめの郷」では、お風呂上がりでガウンみたいなのを着ていたし、さらに言えば、彼はわたしよりもずっと色気があった。


 うぬう。


 いろいろ考えて、結局、わたしはいつものような部屋着を持ってお風呂に向かうことにしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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