「識別結果」を調べるためもの
わたしは九十九が出すものを識別していく。
植物は名称、分類、特徴が文字としてふきだしに書かれているようだ。
そして、意外にも九十九が知らないことの方が多かった。
九十九曰く「加工前の薬草を使うことがない」とのこと。
さらに、植物を刻んだり、水に漬けたり、煎じたり、乾燥させたりすると、表示される名称、効能が変化して、分類は消えることが分かった。
例えば、カリサクチェインを刻んだ状態で識別すると……。
「カリサクチェインの千切り。炎症を抑え、鎮痛効果がある」
こんな感じ。
そして、加工後のほとんどは、九十九が知っている効果に変わるらしい。
「しかし、草を生でどうやって試すの?」
カリサクチェインは通常状態では胃痛を抑えるらしいが、刻むだけでその効果が変化してしまう。
さらに水に浸すと、その漬けた水が軽く炎症を抑える液体に変わるが、カリサクチェイン自体は、「瑞々しいが苦味は強い」に変わるようだ。
しかし、浸したからって瑞々しくなるのはちょっと違うと思うが、わたしの識別ってどうなっているの?
「草をそのまま齧れってことだろう」
それは草食動物に任せたい。
「だが、これは面白いな」
料理が得意で、薬師志望の青年からすれば、これらの検証は苦にならないらしい。
少しずつ、条件を変えて次々とわたしの前に検証する物を差し出していく。
「わたしの識別結果が間違っているかもよ?」
「それでも構わねえ。この検証は、あくまで、『お前の識別結果』を調べるものだからな」
わたしのちょっと意地悪にもとれる問いかけにも、嬉々として答えられると何も言えなくなってしまう。
まるで、小学生が理科の実験で目を輝かせている図。
そう言えば、小学生の時、九十九は実験大好き少年だったね。
ずっと同じクラスだったから、よく覚えている。
反応も他の男子よりも素直で、記録も丁寧に書いていた。
今の九十九の原形は、その頃から既にできていたのか。
「それより、お前は疲れねえか?」
「いや、大丈夫だよ」
九十九は次の準備をしながら、そう問いかけてくる。
これは既に四回目の疲労確認。
「結構な数を視てもらったが、魔法力は大丈夫か?」
「減った感じはないかな」
意外にもこの識別魔法は魔法力をほとんど使わないらしい。
道具の補助があるためかな?
「マジかよ」
「マジだよ」
「疲れたら、絶対に言えよ?」
「分かってるよ」
念を押されるのは、七度目。
疲労確認よりも多いのは何故だろうか?
「精神的な疲れもあるだろ?」
「……ないとは言わない」
九十九が持っているのは、植物だけでも実に多種にわたる。
そして、わたしの精神力をごっそりと削ってくれたのは、「ゆめの郷」と「音を聞く島」で手に入れた植物だった。
「予想はしていたけど、なかなかのモノばかりだったからな」
「いや、『ゆめの郷』はともかく、『音を聞く島』の植物は、勝手に採取したものだよね?」
九十九があの「ゆめの郷」で、食材を含めていろいろ購入していたことは知っている。
だから、それは良い。
例え、生の状態では「依存性がある」、「性欲を向上させる」、「感覚を鋭敏にする」、「記憶が混濁する」などの効果があったとしても問題はないのだ。
わたしはふきだしに書かれている文字を読むだけだから。
まあ、文字をしっかりと読むたび、わたしよりも九十九の方が頭を抱えていた気がするけど、それだけのことだ。
だが、「音を聞く島」の植物については、その所有者が明確ではない。
だから、栽培されていた物を勝手に取るのはどうかと思うし、あの時も注意をしていたけど……。
「散々な目に遭っているんだ。迷惑料としてもらっても問題はねえ」
確かに嫌な思いをした場所ではあるのだけど……。
「許可!! 無許可なのが問題なの!!」
他者の財産だよね!?
「トルクや水尾さん、兄貴よりは遠慮したつもりだが?」
「それって、証拠ごと取り尽くしていませんか!?」
あの三人もいつの間に採取していた!?
「あの島の先住民たちも『ご自由にお取りください』と言ってくれたぞ?」
あの島の先住民たちというと、精霊族たちの混血児ばかりだけど……。
「それって、真央先輩が島の人たちを隷従させた前? 後?」
あの島は、真央先輩の言葉によって一度、完全に制圧されている。
何でも、中心国の王族たちは精霊族を従わせる術を持っていて、真央先輩がその文言を覚えていたらしい。
そして、トルクスタン王子や水尾先輩もそれができることは確認した。
多分、中心国の王族の血を引く九十九や雄也さんもできるだろうけど、それは九十九には伝えていない。
「どちらでも良いだろ?」
顔を逸らしながら言っている辺り、わたしに責められると思っているのだろう。
「まあ、既に採取済みなら、仕方ないとは思うけどさ」
そこまで固いことを言うつもりもない。
単純に、所有者不明の物を許可なく持ち出した後で問題にならないかどうかが気になっただけだ。
まあ、九十九以外の年上組も関わっていることが明確な以上、なんとかなる範囲なのだろう。
根こそぎ取り尽くしていなければ、の話だが。
万一、何かあっても、あの場はもうトルクスタン王子に任せている。
だから、悪いようにはならないだろう。
「それなら、また疲れるものを『識別』してもらえるか?」
「今度はどんな頭の痛い効果かな?」
そう言って、九十九の手に乗っているのは、見え覚えのある果実だった。
「既に処理済みのものだ。流石に処理前の状態をずっと持ち歩く気はねえ。だから、あの時と違って甘い匂いもないだろ?」
「本当だ」
九十九が持っている赤黒い果実は、「ゆめの郷」で見たことがある。
確か処理を誤ると、催淫性を引き起こすとかとんでもない果物だったはずだ。
「じゃあ、頼んだ」
「了解」
赤黒い果実を、ルーペのレンズを通して「識別」と唱えて視る。
「ライアジッド。凍結後、自然解凍してある。甘党にはたまらない果物」
「やはり、植物としてよりも加工済み食材判定だな」
九十九が、その赤黒い果実を手に取って溜息を吐くが……。
「甘党にはたまらない?」
「かなり甘くて美味い」
「そう言えば、あの時、食べてない」
「そうだったな」
あの時、あの果物から漂っていた香りが嫌だったのだ。
だが、その香りは既にない。
正しくは、別の香りに変わっている。
その場に漂っていたら思わず手を出したくなるような強く甘い香りから、桃を切った時のような香りが仄かに漂ってくる。
しかも、鼻を近づけなければ分からない程度だ。
「食うか?」
「食う!!」
なんという魅惑的な誘い。
前に見た時も今も、味に敏感な九十九が「美味い」と言っていたし、さっき見た識別結果でも「甘党にはたまらない」とあったのだ。
「ああ、でも、その前にいろいろなパターンで識別しなくても良いの?」
先ほどまで植物を様々な観点から、具体的には、切ったり、煮たりと、いろいろな状態に変化させて識別していたのだ。
この果物もそれとしなくても良いだろうか?
「それはまた今度で良いだろ? 食い物は、食いたい時にこそ食うべきだ」
この辺り、彼は薬師よりも料理人の性質が強い気がする。
薬師なら、できる限り素材となるものの探究をするべきだろう。
でも、空腹は最大のスパイスという言葉もあるし、「食べたい時がお食事時」だと、昔、読んだ少年漫画の料理人も言っていた。
何より、九十九が既に果実を持って、厨房へ向かってしまった。
それなら、素直にいただくべきか。
あの「ゆめの郷」で見た時は、嫌な感じがした果物だった。
いや、正しくは、あまり好きではない女性から漂ってきた香りに似ていたから、嫌な感じがしたのか。
九十九の元彼女である「ミオリ」という名の綺麗な女性の香りになんとなく似ていたことの方が印象強い。
彼女とは、あれ以来、会ってはいない。
でも、九十九は人間界にいた時、付き合っていたらしいし、キスまでしたんだよね。
そんな女性のその後のことって、気にならないのかな?
それに、彼自身の記憶には残っていないみたいだけど、初めての女性、なんだよね?
キスした回数は勝っていると思う。多分。
あの「発情期」の時に数えきれないぐらいにされたし、それ以降も何度か、彼とキスしたことはあるから。
その全てがいずれも互いの意思ではない辺り、回数として取り扱って良いのかちょっと迷うところだけど。
でも、仮にキスの回数が多くたって、キスとか、その、そういった行為まで初めてという相手に勝てる気はしない。
九十九自身も普段は気にしなくても、ふとした時に思い出してしまうことだろう。
自分の初めての女性のことを。
わたしだって普段は意識していないけど、こんなちょっとしたことであの女性のことを思い出しちゃうぐらいなのだから。
……って、いや、何の勝負だ?
勝っているとか、負けているとか、この場合関係ないよね?
何より、ミオリさんは九十九の元彼女であるけど、わたしは九十九にとって主人でしかないのに。
思考が変な感じになっていた。
これって「識別魔法」をやり過ぎたから?
分からない。
「でも……」
思考が変な方向には行ったけど、もともとわたしの中にある考え方であることは間違いないのだろう。
九十九の元彼女さんに対する変な対抗心は、その本人に会っている時からあったものだから。
これは、わたしにも特別な人ができたら消えてくれるのだろうか?
それとも、より面倒な思考になってしまうのだろうか?
暫くは結論が出そうにないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




