お酒創り
九十九が新たな創作料理……、いや、お酒だから創作製造? ……なんか、字面が変だな。
全ての文字が「つくる」と読めるからか?
まあ、いいや。
九十九が新たなお酒を作るということで、それを見ていたのだけど……。
「さっき入れたのは、ミタマレイルの花だ」
花?
しかも、ミタマレイル?
「花って、お酒に入れて大丈夫なの?」
「人間界でも、花を漬け込む酒はあるぞ。ハーブ酒が一番分かりやすいな」
「ハーブ酒」
……ハーブ、香草ってやつだね。
「お前の知識なら、漢方で言うところの、薬酒、薬用酒ぐらいなら頭に浮かぶか?」
薬酒、薬用酒……、ってことは薬になるお酒?
「ああ、有名な養め……」
「そもそも、人間界のリキュールと呼ばれている酒は、アルコールに薬草を溶かし込んだものが起源だからな」
強い口調で言葉を返された。
これ以上、口にしてはいけないらしい。
「確かにお酒に古来、植物……、薬草が漬け込まれているものはあるね」
中でも、一番、有名なのは間違いなく、延命長寿を祝ってお正月に飲むという御屠蘇だろう。
つまりは漢方だ。
でも、漢方ってなんとなく花よりも、葉っぱや茎のイメージが強いのはわたしだけ?
「それで、何故、ミタマレイルの花を?」
「お前は光っていないミタマレイルの花を見て、最初に何を思う?」
「タンポポの綿毛」
光らなければそれにしか見えない。
いや、大きさはミタマレイルの花の方が大きいとは思っている。
綿毛部分も含めて全体的に拡大されているのだ。
「ミタマレイルの花はキク科タンポポ属の蒲公英の種子の先にある冠毛に似ている。まあ、似ているだけで別種なのは、分かっているだろ?」
「まあ、タンポポの綿毛は夜に光らないよね」
タンポポは割とどこでも咲く。
アスファルトやコンクリートなどで舗装されているところでも咲いているのを見たことがある。
どこにでも咲くそんな逞しい花が夜に光るようになれば、初めて見た人はびっくりするだろう。
「いろいろ文献、書物を漁ってみたが、ミタマレイルはこの国でしか咲かないらしい」
「へえ……」
確かに見たことがない。
いや、夜でなければ見落としている可能性はあるけど、それでも、わたしたちは意外と夜間移動もしている。
「だが、この世界にもタンポポに似た花はある。それが、さっき言った『ノイアイダンド』だ。多湿で温かな気候で基本的には黄色だが、稀に白い花を咲かせることもある」
「それとミタマレイルの関係は?」
タンポポの綿毛とミタマレイルの花は似ている。
この世界にもタンポポと似た花がある。
だけど、それらはあくまで似ているだけ。
同じものではない。
これで、ミタマレイルがタンポポのように黄色や白の花を咲かせるなら分かる。
だけど、ミタマレイルは綿毛状態が花なのだ。
それはミタマレイルの花が開いていく瞬間を見ているから知っている。
ミタマレイルは蕾が開くと、そのまま、綿毛が広がる。
よく見ると多分、蕾が開く時に冠毛柄と呼ばれる部分も伸びているのだろうけど、そこまでじっくりと観察してはいない。
その時点でタンポポとは全く違うのだ。
「オレも最近気付いた。蒲公英とノイアイダンド、そしてミタマレイルは葉がよく似ているんだ」
「……葉?」
花ではなく、葉っぱの方?
タンポポの葉っぱって、どんなのだっけ?
大根のようにギザギザしていたのは確かだけど、その形状まではよく覚えていない。
「人間界の蒲公英の葉は変異しやすい。だが、地面に近いロゼット型……、根元から水平に、放射状に出て生えている点や、ほとんどが細長くギザギザがあり、羽状に裂けるか、不整鋸歯という点は同じだ」
ロゼット型?
不整鋸歯?
九十九は時々、専門用語を使い過ぎると思うのです。
「あ~、人間界のタンポポと、この世界の植物の葉の特徴が似ているというところだけ理解できれば良い」
逆に、それ以外は理解できません。
「ノイアイダンドの花は、ミタマレイルと同じぐらいの大きさかそれ以上で、その形状は人間界の蒲公英と同じ合弁花冠の……、いや、小さな花の集合体なんだよ」
「タンポポが小さい花の集合体っていうのは流石に知っている」
九十九が言いかけた「合弁花冠」とやらが、何を意味するのかはさっぱりだけど。
「ミタマレイルの花が七日間咲き続けるというのは覚えているか?」
「うん」
一週間とはきりが良いなと思った。
「人間界の蒲公英の花は、雨が降らない限り、三日ぐらい連続で朝に開き、夕方に閉じるというのは?」
「そうなの!?」
そんな法則性は知らない。
そもそも、夕方以降に道端で咲いているタンポポを気にしたことがない。
花が閉じるってことはまた蕾の状態に戻るってことだから、多分、昼間のミタマレイル以上に気づけないと思う。
「そうなんだよ。それで、蒲公英によく似たノイアイダンドは、七日間連続で朝に花が開き夜に閉じる習性がある」
「タンポポよりも長いんだね」
「まあ、そこは蒲公英よりも花がでかいせいかもしれないけどな」
なるほど。
「でも、朝に開いて夜に閉じる習性の花ってどこでもありそうだけど」
確か、チューリップもそうだった覚えがある。
「紫陽花のように、連続して咲き続ける花もある。気温が関係する傾熱性や、光が関係する傾光性が開花条件の花が開閉するらしい」
気温が関係するってことは、一定温度が条件で開花するってことかな?
寒くなると萎む?
そんでもって、光は、ああ、人間界でも夜でも明かりを付けて昼と誤認させる方法があった気がする。
「あなたは人間界の植物にも詳しいよね」
思わず、そう口にしていた。
九十九が人間界にいたのはわたしと同じように15歳までだ。
わたしとこの世界に来て以降は、一度も行っていないはずである。
つまり、5歳からそれまでの間に得た知識と言うことになるわけだけだ。
でも、先ほどから彼の口から飛び出す言葉の一部くらいしか、18歳のわたしには理解できないことが申し訳ない。
「ああ、好きだからな」
「――――っ!?」
「この世界と同じ習性も違う習性もいろいろあって面白かった」
ああ、植物のことか。
びっくりした。
九十九が本当に嬉しそうに愛しそうに「好きだから」なんて口にするから。
いや、大丈夫。
誤解してない。
誤解する理由もない。
「えっと、それでタンポポとミタマレイルの共通点って、結局、見た目の話ってことで良い?」
「正しくは葉だな。言い換えれば、それぐらいしか根拠はない。だが、タンポポとノイアイダンドが似たような条件で似たような変化を起こすことは既に何度か試している」
「そう言えばそう言っていたね」
人間界でこの世界と同じような環境の空間を作り出して実験したことがある……、みたいな話だった。
でも、「似たような」という言葉から、全く同じ結果が出ているわけでもないようだ。
「だから、似たような植物なら、同じようなことができるんじゃないかと思って、試すことにしたわけだ。この場合、ミタマレイルとノイアイダンドの比較だな」
そう言いながら、九十九は白く濁った瓶を軽く振った。
先ほど、ミタマレイルの花が溶け込んだ液体。
その前に入れた瓶からは消失してしまったけど、それは色を変えただけだった。
「他のも試すの?」
「おお」
話し込んでしまったために、九十九の実験の邪魔をしてしまった気がする。
九十九は琥珀色の液体が入った瓶を取り出す。
「今度の予測は?」
「色に変化なし。花の形状はそのまま。酒の味は薄まるが、花に甘みが付く」
「……試すの?」
味に触れているということはそういうことだと思うけど……。
「身体に害がなさそうならな」
九十九は笑った。
ある程度、予想していても、いきなり口にすることはないだろう。
実際、予想通りにならないのが、この世界の料理法則なのだ。
だから、九十九は新たな料理を作り出そうとするたびに苦労している。
「む?」
「あれ?」
琥珀色の液体から小さな泡が出て、花が消えた。
「予想と違ったな」
「そうだね」
そして、花が消えると同時に泡も消えてしまった。
炭酸ガスともちょっと違うらしい。
「じゃあ、次は……」
「あれ? 試飲しないの?」
九十九が先ほどの瓶をそのままに、次の瓶に手を伸ばしたので思わず、そう確認してしまった。
「お前の前では飲まない」
「へ?」
だが、何故か九十九はそう言ったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




