失敗を予想している
セントポーリア城から解放され、城下の森に戻ってきて三日目。
銀髪碧眼仕様の九十九が、厨房でいくつも瓶を出していた。
どうやら、新たな創作料理に挑戦するらしい。
九十九は料理が得意だが、そこには並々ならぬ創意工夫がある。
この不思議な法則で食材が変化、変質しやすいこの世界で、料理の失敗をしたことがない人間などいないだろう。
数回の失敗で諦めるか。
それとも、何度も試行錯誤をして感覚を掴むべく努力をするか。
その結果が、成人時点の料理の腕に繋がるらしい。
勿論、もともと向き不向きがある。
フレイミアム大陸出身者……、正しくは火の大陸神の加護を授かる人間は、料理の腕に恵まれないらしい。
逆に恵まれている大陸ってどこだろうか?
今のところ分からないけれど、なんとなく、情報収集に余念がない情報国家イースターカクタスや、珍味を追求する美食国家アストロメリアがあるライファス大陸は料理が上手なイメージがある。
ライファス大陸に行く予定はない。
でも、いつかは行かなければならない気がする。
自分のためというのもあるけれど、護衛兄弟の亡くなったご両親の出身は、ライファス大陸らしい。
彼らが望まなくても、その大陸に一度くらい足を踏み入れる必要があるだろう。
「今回は何を作るの?」
「酒」
……酒?
「醸造するの?」
お酒って確か、専門的なアレやコレが必要だと思っている。
ニホンコウジカビと言われている菌たちが醸すぞ~? だっけ?
「そこまで本格的なものは無理だな」
わたしの言葉に九十九は笑った。
「酒にいろいろ漬け込むだけだ。失敗も少ない」
九十九は「失敗も少ない」と言うが、既に瓶が何本も準備されている時点で、かなりの失敗を予想しているのではないだろうか?
「何を漬け込むの?」
これまでに九十九がお酒に漬け込んだところは見てきたが、そのほとんどは果実だった。
それなら、人間界でも梅酒とか、ラムレーズンとかで聞き覚えがある。
それぐらい一般的なものってことなのだろう。
だが、この世界の料理法則では、それすらも容易ではない。
こと料理に関しては、人間界では簡単にできるようなことが、この世界では全くできなくなることも珍しくないのだ。
「秘密」
「ほぎょ?」
九十九は笑いながら、そう言った。
秘密?
それを隠さずに言うのはちょっと珍しい。
九十九は秘密なら、始めからわたしの目に触れされることもないだろう。
この簡易住居は、わたしも九十九も個室があるのだから、見せないことは可能だったはずだ。
でもそれなら、このまま、見ているのは、駄目ってことかな?
「そう言えば、人間界でお酒に音楽を聴かせるってあったよね?」
確か、テレビで昔、やっていた気がする。
酵母菌が生きているとかなんとかそんな話だった。
日本酒だったか、焼酎だったかまでは覚えていないのだけど。
「ああ、音楽の震動とかで、熟成に影響を与える考え方だな」
「歌でも変わるかな?」
「音響熟成ってそういう意味ではないぞ。まあ、お前の歌なら間違いなく変わりそうだが」
九十九が苦笑しながら、色とりどりの……、お酒? だと思われる液体を、瓶に小分けして入れていく。
アルコール独特の香りが漂ってくるけど、どれも微妙に違う香りだ。
そして、色も無色透明、淡い金色、琥珀色、黒……、黒って何!?
なんだろう、人間界の炭酸飲料を思い出す色だ。
わたしは炭酸飲料が苦手だから、あまり量は飲めなかったけど、炭酸が抜けた後は微妙な甘さだったことは覚えている。
でも、あれもお酒なんだろうか?
「えっと、見ていても良いの?」
わたしが見ているというのに、九十九は手を止める様子もない。
「お前が暇なら、別に良いぞ」
あれ?
良いの?
でも、さっきは「秘密」って言ったよね?
「見ながら驚け」
「はあ……」
どうやら、その漬け込む過程を楽しめということらしい。
だが、わたしはこの時点で十分、驚いている。
特に黒いお酒の衝撃が凄い。
人間界にもあるのだろうか?
ビールは琥珀色だったし、日本酒や焼酎はあまり良く見ていないけど、CMで見ていた限りでは、無色透明だったと思う。
青や赤、赤紫、薄い赤なら分かる。
ワインとか、カクテルの色にあったはずだから。
だけど、九十九が楽しそうにしているから、黙っていよう。
料理中の九十九は真剣だけど、実に楽しそうだ。
だが、薬を調合中の九十九は楽しさよりも、気合が入り過ぎている方が強い。
そして、その結果、圧倒的な調味料の精製率に繋がっている気がする。
今回のお酒造り、正しくはお酒に何かを漬け込むのは、楽しさが勝っているようだ。
でも、やっていることは、製薬に似ていると思うのは、九十九が液体の入った瓶を振ったりしているからだろうか?
こう、三角フラスコとか試験管で実験している姿に見える。
だが、身に着けているのが普通の白衣ではなく、割烹着のようなのデザインなのは彼の中で、実験ではなく料理中だからだろう。
九十九は料理中、エプロンをすることが多いが、料理を新たに創作する時は割烹着っぽい服になる。
まあ、料理が爆発する世界だからね。
手首までしっかりガードすることになるのは仕方ないだろう。
そして、美形は割烹着を着ても違和感がない。
不思議だ。
わたしが着ると多分、オバチャンな感じになっていると思う。
「どうした?」
そんなよろしくない視線に気付いたのか、不思議そうな顔で九十九がこちらを見る。
「お構いなく。好きなだけ実験を続けてくださいませ」
「いや、これは実験でなく配合に近いが……」
「配合なら実験で良いと思うよ」
彼が言うには、これは料理でもないらしい。
まあ、確かにこの時点でお酒は出てきているけど、食材は出てきていないから、料理や調理は少し違うと言いたいのは分かる。
しかし、配合。
どうしても、品種改良のイメージになるのは何故だろうか?
「さて……」
下準備が終わったらしい。
九十九が一息ついた。
「これとこれに、まあこれぐらいか」
そう言いながら、九十九は透明な液体の入った瓶の中に何かを入れた。
白いふわふわした何かが瓶の中の液体に触れると、何故か消失した。
始めに入っていたはずの透明な液体すら残っていない。
「これだと単純に消えるだけか。まあ、予想通りだな」
どんな予測だよ!?
だけど、九十九は気にしていないらしく、別の液体にも同じよう白いふわふわしたものを入れる。
「こっちなら、白く濁るだろうな」
九十九がそう呟くと、ふわふわしたものが液体に触れると、液体が淡い金色が彼の言った通り、白く濁った。
「ほげ!?」
しかし、今、予測したよね?
「見た目の法則性は、やはり『黄金の花』と同じか」
「何、それ!?」
動物?
植物?
いや、響きから、鉱物?
「『ママスラシーク』の一種だな」
「謎が増えた!?」
「人間界で言えば、キク科タンポポ属のようなものだな」
「どんな翻訳!?」
そして、タンポポはキク科だったことを今、知ったよ?
ああ、でも、ちょっと似てなくもないような?
「人間界で言う蒲公英が、この世界の『ノイアイダンド』と似た法則性だった。まあ、味は全く違うが」
「タンポポ、食べたの!?」
タンポポって、道端に咲いている黄色い花だよね?
いや、タンポポに白いのもあるとは聞いたことがあるけれど、わたしがよく見ていたのは黄色だった。
「蒲公英は人間界でも食えるものだったが?」
「食わない!! タンポポコーヒーなら聞き覚えはあるけど……」
タンポポコーヒーも名前を聞いたことがあるだけで、それが、本当にタンポポを使っていたかは分からない。
タンポポそのものを使ったものは……、あれ? おひたしにするって話もあったっけ?
それは菜の花?
同じ野草である土筆なら、小さい頃に卵とじにして食べた覚えはある。
「蒲公英は薬膳として有名だぞ?」
「そんな知識、知らない」
人間界では母子家庭ではあったが、そこまで食に困っていなかったから、野草にまで興味は持つ必要もなかった。
その点は母に感謝だ。
「タンポポとこの世界のノイアイランド? と同じ法則性っていうのはどういうこと?」
「ノイアイダンドな。ノイアイダンドの変質の仕方と蒲公英は割と一致するんだ。形も似ているから試したことがある」
九十九は事もなげにそう言うが……。
「いや、そこではなくて、あなたは十年ほどこの世界にいなかったんだよね?」
少なくともそう聞いていた。
「自宅の地下にこの世界と同じ環境……、まあ、契約の間のことだが、それを作っていたために、この世界の料理もそこで練習させられていた」
練習していたではなく、させられていたという部分に引っかかりを覚えるが、深く追求しても仕方ない。
多分、雄也さんからだろうし。
「同じ環境って、作れるの?」
「作れなければ、魔法の契約ができん。多分、人間界に来ていた奴らは皆、知っている知識だと思うぞ?」
「わたしは、知らなかったけど……」
「お前には必要のなかった知識だからな」
確かに。
何よりも記憶が封印されているのだ。
そんな常識を知らなくてもおかしくはない。
「ぬ? でも、契約の間の材質って持ち運びもできないとか言ってなかったっけ?」
船には契約の間があるけど、持ち運びをするコンテナハウスに組み込むことができないとかそんな話だった気がする。
「兄貴が手配したらしいが、確か、この世界から人を呼んで、家を改装していた覚えがあるぞ」
「なるほど……。流石は雄也だ」
専門家を呼んだなら、間違いはない。
でも、それって家を改装というよりも、もはや改造のような気もするけど。
まあ、今はそんなことはどうでもいい。
今、大事なのは……。
「そのお酒には何を入れたの?」
九十九が言うノイアイダンドという植物と似たような現象を起こす何か。
その正体は何?
わたしからは綿埃のような白くふわふわした……綿?
「ああ、これか?」
九十九はにやりと笑ってこう言った。
「勿論、ミタマレイルだ」
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