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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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引き抜き依頼

「今日は何をする予定だ?」


 ずっと栞は城で拘束されていた。


 だから、今日は彼女の予定に合わせて動こうかと思って、朝食の時に確認したのだ。


 因みに、夜、疲労回復効果のあるお茶と称して眠らせたことに対して、怒りはなかったようなので、安堵しているのは内緒だ。


「部屋で手紙を読もうかなと思っている」


 だが、栞は意外なことを言った。


「あ?」


 予想外の言葉に、短すぎる返答になってしまった。


「いや、なんかいっぱいお手紙をもらっちゃって」

「いつ? 誰から?」


 しかも、オレが知らない間に?


 どこのどいつだ?

 そんな命知らずは。


「城から出る時。差出人は一人じゃないことは確かだよ」


 その言葉で、栞もよく分からずに受け取っていることが分かる。


「陛下がお土産をいろいろと渡してくれた時、その中に橙色の袋があったでしょう? あの中にこんもりと入っていた」

「あの大量の紙っぽいものが入っていた橙色の袋は、もしかしなくても、全部手紙だったのか!?」


 何かの書類かと思ったが、違ったのか?

 いや、手紙も書類の一種だと考えられなくはないが。


「うん、封書ばかりだった。びっくりだよね」


 栞は困ったように笑って……。


「でも、まだ中身を確かめてないんだよ」


 さらに眉を顰めた。


 あれだけの書類の全てが封書だったとしたら、読む気が失せるのも分からなくはない。


 それを受け取った時点で、夕方だったのだ。

 外で読むには適さない時間だろうし、オレも読ませたくはない。


 このコンテナハウスに戻ってからも、食事をしてから、互いに羽を伸ばすためにゆっくりと過ごしていたのだ。


 そんな時に、陛下から渡された書類の中身を確認したくもなかっただろう。


 だが……。


「オレが先に読む」


 あの全てがただの書類ではなく、陛下から渡された封書という部分が気になった。


「でも、わたし宛らしいよ?」

「何が仕掛けられているか、分からん。念のためだ」


 主人宛の手紙を従者が読むのは普通の話だ。

 実際、栞に届く伝書は、ほとんど兄貴が読んでから渡している。


 兄貴が目を通さないのは、千歳さんから栞宛に直接届く伝書と、情報国家の国王陛下から聖堂を通して届く手紙ぐらいだ。


「陛下の検閲は既には入っているみたいだよ?」


 検閲の問題ではない。

 単にオレが気になるだけの話だ。


 恐らくオレが考えている通りなら、そのほとんどは栞を大神官の遣いであるオレから引き抜きたいという誘いだろう。


 それだけの働きを栞はしていた。

 あるいは、男装していた栞の見目を気に入ったヤツか。


 オレに直接、渡された手紙の中にもそんな内容のものが結構あった。

 いずれにしても、捨て置けないことは確かだ。


 尤も、一度、陛下の手に渡った手紙なら、悪質なモノは排除されていることだろう。

 それも、下手すれば差出人ごと。


 少なくとも、オレ宛の手紙よりは婉曲な表現であるとは思う。


 オレ宛の手紙の内容?


 栞には見せられないし、聞かせられないような文言が数多く並んだものがあったことは確かだ。


 それは、この国の神官に対する意識の低さがよく分かる内容でもあった。


「良いから、先にオレに見せろ」


 大丈夫だと思っても、気が焦る。


「結構な量だよ?」


 それでも、オレに届いた量よりは少なかったはずだ。

 オレの方は、断ってもしつこく追加されたからな。


「良いから」

「それに今は、九十九が持っているし」

「……そうだったな」


 どれだけ、気が()っていたのかという話だ。

 栞は収納魔法が使えない。


 だから、オレが一度保管してしまえば、取り出すまでは、中身の確認もできなかったということか。


「これだよな?」

「うん」


 オレは橙色の袋を取り出して確認する。


 よく見れば、この袋にはセントポーリアの王家の紋章が縫い込まれている。


 つまり、これらの封書は陛下の許しがあったということになる。

 それでもこの量なのか。


「封は確かに開いてるな」


 その中から、封筒を一つ、摘まみ取った。

 そして、中を検分する。


 見事に露骨な引き抜きだな。

 そして、愛らしいというのは、野郎に対する言葉としては不適切だな。


 城で雑務をしていた栞は男装をしていたのだ。

 つまり、相手は栞を男と思ってこの手紙を寄越している。


 実際、男として褒める表現も書かれているから、相手も女とは思っていないことは間違いない。


 だが、容姿や仕草を褒める文言が多すぎて、どう見ても、文官としての能力とは別の目的があるとしか思えない。


 さらに別の封筒を取り出す。


 こちらの方は、まともだった。

 字は汚いが、まだ栞の事務処理能力を買っているだけ良い。


 内容は代筆者としてのスカウトだった。

 栞の文字はオレよりも綺麗だからな。


 その気持ちは分かる。

 視界の端に栞の白い手が伸びたのが分かった。


 どうやら、読みたいらしい。


 だが、駄目だ。

 気付いているが、無視して続きを読む。


 そして、8通ほど目を通した結論を口にする。


「お前は読まなくて良い」

「へ? でも、わたし宛だよね?」


 栞が首を傾げるが……。


「返答もオレがしておく」


 彼女に読ませるまでもないと判断した。


「いや、それはどうなの?」

「思った通り、引き抜きだ」

「へ?」


 オレの言葉の意味が分からなかったらしい。


「神官に仕えるのなんか辞めて、城でこの手紙の差出人に仕えろとさ」


 ひらひらと封筒を振りながら、オレは要約を口にする。


「……ほ?」


 だが、栞はまた不思議そうな声を出す。


「お前はオレの付き添いとして城に行っていた。だから、引き抜きに対してはオレが返答をしても何も問題はない」

「なるほど」


 主人の代わりに従者がその言葉を返答することは何も問題ないし、従者の代わりに雇い主が返答することも問題ない。


 つまり、これらの手紙をオレが返答しても誰も疑問に思わない。


 それに主従として、手紙の検分が可能なほど、互いの信頼関係があることを相手に知らしめることができる。


「モテモテだな?」


 念のためにそう口にする。


 引き抜きというのは、その能力を買われたということだ。


 それが、実際の事務処理能力かどうかは置いておいて、褒められたなら、栞は喜ぶ可能性はある。


「嬉しくない」


 だが、栞は分かりやすく不服そうな顔を見せた。


 そのことにほっとする。


 この時点で、セントポーリア城で文官としてやっていけることの裏付けでもあるのだ。


 勿論、危険は付きまとうが、栞の正体が露見しない限りは、問題もない。

 だから、自立心が強い栞なら、その心が揺れる可能性もあった。


 だが、その様子はないようだ。


「九十九にもあった?」


 そして、そんなことを確認してくる。


「ああ、こんな風に手紙だけじゃなくて、お前が寝込んでいる時は、何度か直接、迫られてもいる」

「それだけ聞くと、語弊があるよ」


 栞は眉を顰めたが……。


「仕事と称して、別室に連れ込まれたので、その時に何人か昏倒させている」


 オレは事実を口にする。


 まあ、何か企んでいるような顔をしていたので、警戒していたから、何も問題なかった。


「その上で、陛下に届けたから、そいつらがどうなったかは知らん」


 面倒な後処理は陛下に任せた。

 オレがやったのは、眠らせた上で、拘束した程度のことだ。


 後でそいつらが陛下に何かを吹き込もうとしても、その結果は分かり切っている。


 オレたち兄弟は、ずっと陛下を裏切ることなく、その()を十年以上、身を賭して守り続けてきたという信頼があるのだ。


 勿論、そこには私情もあることを見抜かれた上で、命呪(重い枷)で縛り付けられているわけだが、そんな使い勝手の良い相手と、相手が神官だと見下して手を出そうとするような無能な文官たちなど比較するまでもない。


「……えっと?」


 栞の目が泳いだ。

 この様子だと、栞には危険がなかったようだ。


 まあ、各方面において、万全の護りだったから当然の話ではある。


「神官にも言えることだが、異性に手を出すよりは、ある意味安全だからな」

「いや、男同士ってある意味、安全じゃないよ?」

「少なくとも、相手を妊娠させて周囲に露見することはない」

「……おおう」


 栞が言葉を失った。

 流石に、それは予想外だったらしい。


「お前が起きている時は流石になかった。基本、オレはお前に張り付いていたからな」


 野郎同士の二人組を力尽くでなんとかできるような武闘派の文官たちはあの城にはいなかった。


 なんとかできそうなのは王族ぐらいだが、現実問題、王族はそういった方面で困ってもいない。


 もともと野郎に対する趣味があればともかく、好き好んで同性の相手をすることはないだろう。


「えっと、大丈夫だった?」

「不快だった」


 それでも、そういった対象として目を向けられたことは確かだ。


 神位の低い神官たちはそういった危険があることは聞かされていたが、自分が体感することになるとは思ってもいなかった。


 だが、願うなら、オレは異性から目を向けられたい。


 それも、できれば、目の前の女から。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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