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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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時間稼ぎ

「無駄に疲れた」

「疲労回復の茶を飲むか?」


 わたしの疲労困憊の原因は悪びれることなく、そう言ってくる。


 その余裕は本当に腹立たしいが……。


「もらう」


 彼が淹れてくれるお茶が美味しいことを知っているわたしに断ることなどできるはずもない。


「ほら」


 そう言って差し出されたお茶は、青かった。

 それはもう真っ青だった。


 これはもう、コバルトブルーと呼ばれる色ではないだろうか?


 それが、仄かな湯気を出している。

 そんな違和感の塊を見た、わたしが閉口していると……。


「かき氷のブルーハワイが平気なら飲めるだろう?」


 先にカップに口を付けている九十九からそう言われて、夏祭りの縁日を思い出す。


 目の前のカップに入った色よりも、もっと鮮やかだったが、確かにアレは爽やかで好きだった。


 確かに見慣れない色だからと言って忌避感を覚えるのはよくない。


 何より、九十九が淹れてくれたお茶だ。

 不味いはずがない。


「えい」


 思い切って口にする。


「そんなに気合を入れなくても……」


 九十九がそう苦笑したが、それだけの気合を入れなければ口にできなかったわたしの気持ちも分かっていただきたい。


 確かに綺麗なんだけど、青色の飲み物に湯気って、本当になんとも言えない気持ちになるのだ。


 これが、透明なグラスに入っていれば、トロピカルジュースと思って飲める気がするのだけど、カップだったから余計に不思議な感じがする。


 だが、やはり美味しかった。


 青いのに、どことなく濃縮されたリンゴジュースみたいな味で、見た目よりもどろりとしている食感……、飲み心地だった。


 でも、なんとなく癖になりそうな味で、量も少なかったためか、そのまま飲み続ける。


「ああ、これは人間界の知識なんだが」

「ぬ?」


 わたしが飲み終わったのを確認して、九十九は口を開いた。


 何故、ここで、唐突に人間界の知識?


「初対面の人間から酒をこんな風に出されても、絶対に飲むなよ?」

「まず、お酒自体を飲まないと思うけど、何故に?」


 飲酒する、しないはともかく、初対面の相手からお酒を含めた飲み物を出されるって結構、怖い話だと思う。


 いくらわたしでもそんなことはしない。

 この世界に来てから、特にその辺りの警戒心は強まったと思っている。


 わたしは九十九が淹れてくれたものだから口にするのだ。


「昔の目薬には、呑むと譫妄(せんもう)状態……、あ~、睡眠薬になるものがあったんだ。だから、薬が入っていることがバレないように、味の強い酒に混ぜて相手に飲ませるわけだな」


 九十九は言葉を濁したが、「譫妄(せんもう)」についての知識はある。


 感覚を鈍らせたり、意識障害を起こしたりする麻薬のような症状だったはずだ。


「今の目薬にはないの?」

「多分な。全ての目薬を調べたわけじゃねえ。ただ、その成分はチョウセンアサガオ……、ダチュラとも呼ばれる花のように自然界に存在するようなものもあるから、どちらにしても、他人から提供された飲み物を躊躇なく飲むな」


 ダチュラなら、知っている。


 いや、そのものを見たことはないが、ワカが好きだったかなり分厚い推理小説に出てきた覚えがあった。


 わたしが借りたのは、文庫本だったはずなんだけど、本当に分厚かったのだ。

 そして、その内容はかなり大人向けだったと思う。


 だから、そのダチュラの役割もあまり良くない使い方だったと記憶している。


「ところで、なんでそんな話? これ、お酒じゃないよね?」


 わたしはお酒を二十歳まで飲まないと決めている。

 それを九十九も知っているから、大丈夫だとは思うけど……。


「あ~、酒じゃねえよ。これは単純に時間稼ぎだ。そろそろかな」

「ぬ?」


 時間稼ぎ?

 そろそろ?


 九十九の言葉を反芻していると……、()()()()()()


 多分。


 またしても、わたしが護衛によって一服盛られたと気付いたのは、目が覚めて、コンテナハウスの自分の寝台に収まっていたことを理解した時だった。



****


 目の前で栞がテーブルに伏せ、可愛らしい寝息を立てている。


 どうして、この女は学習しないのか?

 飲み物によって、オレから眠らされるのは、もう、何度目だ?


 流石に緑色のお茶は警戒されているだろうから、今回は別のお茶を使ったが、それでもオレからの茶に警戒しないのは何故だろうか?


 あまりにも無防備で心配になる。


 この「滋養の薬草(シャイルトルン)」は、赤い葉だが、茶器にお湯と共に入れると疲労回復効果を発揮する青く甘い液体に変わる。


 その蒸らし時間を長くすると、安眠効果まで約束される優れモノだ。


 当然ながら、依存性はない。

 そして、勿論、譫妄症状もない。


 そんな危険なものをオレが主人である栞に使うはずがないだろう。


 但し、いつものお茶のようにすぐに効果が出るわけではないので、会話で時間稼ぎはさせてもらった。


 忠告の意味もある。

 いつまでもオレを信用するな、と。


「よいしょっと」


 寝ている栞をこうして抱えるのも、もう何度目だろうか?

 手足から力が抜け、完全に寝入っている姿を見るのも。


 流石に先ほどのように前抱きでは難しいので横抱きにする。


「また軽くなったな」


 体調を崩した上、慣れない城で過ごしていたのだ。

 食欲も落ちていただろう。


 それだけですぐに体重に影響があるというのは不思議だが、それが常に身に纏っている体内魔気のためだと思えば納得できることでもある。


 実際、自分よりもずっと魔力の強い魔法国家の王女たちは平常時でもよく食うのに、痩せ型だ。


「悪いが、入るぞ」


 そう言いながら、栞の部屋の扉を開ける。

 勿論、無人の部屋から返答はない。


 真っ暗な部屋の明かりを付けると、自分が使っている部屋とあまり変わらない状態が目に入る。


 自分の部屋との違いは、部屋に置かれている荷物と、本の量ぐらいだろうか。

 栞はまだ収納魔法が使えないし、召喚魔法も使えない。


 それらの魔法については、「どうもイメージできないんだよね~」と、呑気なことを当人は言っているが、あれだけ想像力がある人間なのに、その辺りが不思議でもある。


 栞が移動魔法ができないのも同じ理由だろう。

 魔法で移動するイメージが掴めないのだと思っている。


「よっと」


 そのまま、栞を寝台の上に寝かせる。

 それでも、毎度のことながら起きる様子はない。


 その寝顔を見ているだけで頬が緩むが、いつまでもこうしてはいられない。


 何より、寝ている女の傍に居続けるのは、男としてもどうかと思うので、栞の頭を軽く撫でてから部屋を後にする。


 今はもう真夜中。

 近くの崖の上ではミタマレイルが咲き誇っているような時間である。


 城での生活に体内時計が狂っているのか、栞は珍しくそんな時間になっても寝る様子がなかったのだ。


 そのために「滋養の薬草(シャイルトルン)」の準備だけはしておいたのだが、疑わずに飲んでくれて良かった。


 栞は気にせず飲み切ってくれたが、あの薬液の独特な喉の通りを苦手とする人間もいる。


 因みにオレは飲んでいない。

 栞よりも先にカップに口は付けたが、飲まなかったのだ。


 毒見としては、失格の行為であるが、今回ばかりは仕方がないだろう。

 体質にもよるが、一口だけでも効力が出ることもある薬液だ。


 何度か試し、試されてもいるが、幼い頃からいろいろな薬効耐性を付けているオレにはあまり効きにくいらしい。


 それでも、万一のこともあるため、飲まない選択をした。


 栞を眠らせて、自分も一緒に寝こけるとか、あまりにも阿呆らしいからな。


「さて、と」


 栞を部屋で寝かせてきた。


 つまり、ここから先は、自分だけの時間だ。

 城にいた時にはあまり自由な時間はなかった。


 折を見て、いつものように兄貴への報告は書いていたが、その時間は短く、自分としては不満な出来だったのだ。


 だから、今夜はその報告書の詳細を記すことにしよう。


 別に、久しぶりに兄貴の冷ややかな笑みを見たからではない。

 さらに、主人の目が離れた隙を狙って物理的に絞められたからでもない。


 夜はまだ長い。

 だから、兄貴の機嫌を取るべく、オレは報告書の作成に勤しむのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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