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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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娘の評価

「あ~、お茶が美味しい」


 黒髪、黒い瞳の主人はようやく、落ち着いたようで、これまでどこか硬かった表情が少し緩んだ。


 先ほどまで口にしていた、オレに対して不自然すぎる丁寧語も、すっかり抜けてくれている。


 そのことにオレもホッとした。


 栞は、このコンテナハウスに戻ってからも、少し様子が変だったのだ。


 セントポーリア城に行ってから、ずっと慣れない人間たちの中で、気を張りながら生活していた。


 そして、オレはともかく、栞は書類仕事ができるけど、そこまで慣れているわけでもない。

 さらに、途中で体調を崩してしまったために、予定よりずっと長くなってしまった。


 多少、いろいろなリズムが狂わされるのは仕方がないことだろう。


 共に過ごしていたのが、実の父親と言っても、これまでほとんど交流がなかったのだ。

 互いに相手への接し方だってまだ手探りなのだと思う。


 オレが栞の夢の中で母親に会った時、いろいろと戸惑ったから、相手が親と分かっていても、どう接して良いか分からないという気持ちは理解できなくなくもなかった。


 尤も、娘が手探りなのに対して、父親である陛下の距離の詰め方は少しおかしいと思わなくはないのだが。


 あの時、幼児に変身した栞は、見た目はともかく、その中身は既に18歳の成人している女なのだ。


 それなのに、抱え上げるとか、膝に乗せようとするとか、父親であることを差し引いても奇妙だろう。


 まるで、好きな女にするような行為ではないか。


 血が繋がっていても、他人も同然の関係。

 しかも、セントポーリアは純血主義で、その長い歴史の中では親子での婚姻もあったとは聞いている。


 近代ではないらしいが、王族が少ない以上、前例踏襲の考え方が再び出ないとも言い切れない。


 栞が国王陛下の後を継がなければ、そんな未来もないと否定はできないのだ。


 まあ、栞の母親である千歳さんが絶対に許さないだろうが。


 人間界の……それも日本の真っ当な倫理観があれば、三親等内の近親者相手との婚姻は受け入れがたいことである。


 栞の方はどうだろう?


 国王陛下とは上位者として接したのか、父親と見なしていたのか、完全に他人の感覚だったのか。


 そこがよく分からない。

 栞は血縁に関係なく、親しい仲の人間を身内扱いする。


 では、あの国王陛下についてはどうだろうか?

 緊張はしているけど、警戒はしていない。


 唯一、国王陛下に対して、模擬戦闘以外の場面で栞の「魔気の護り(自動防御)」が発動したのは、若い頃の千歳さんの姿になった時だった。


 しかも、国王陛下は寝ぼけた状態。


 加えて、千歳さんの姿をした栞は、国王陛下と出会った時の服装だったらしい。


 夢から醒めた直後に、好きな女が若返った上、いつもと違う恰好をしていたら、夢の続きと思ってしまってもおかしくはない。


 オレも目覚めた直後に、栞が5歳の姿だったから、本当に混乱したのだ。

 勿論、陛下のように飛びつきはしなかったが。


「どうしたの?」


 栞が不思議そうな顔をする。

 その黒い瞳に落ち着きを覚えた。


 そして、見るたびに思う。


 やはり、栞はこの色が一番だと。


「いや、お前は陛下のことをどう思っているんだろうと疑問に思ってな」

「陛下のこと?」


 栞はきょとんとした顔をして……。


「子供っぽい我儘を言うことがある王さま?」


 実の父親に対して、娘は、遠慮なくいきなり辛辣な言葉を吐いた。


「基本的には国のことを考えているんだろうけど、何でも自分の思い通りにしようとするところは、この世界の王族にありがちな考え方だよね」

「辛口だな」

「そう?」


 確かに同意するが、陛下はまだマシな方だと思っている。


 少なくとも、魔法などを使って他者を威嚇、威圧することはない。


「でも、周囲の意見を聞かずに自分の意見を押し通すだけじゃ、話し合いって拗れるだけじゃないかな」

「例えば?」

「あの大量の事務仕事はその結果だと思うよ。自分がやりやすいようにいきなり全部を変えようとするから、あちこちで軋轢が生じているんだろうね。少しずつ部分的な改革……、一部ずつ変えていけばあそこまでなかった気がする」


 確かにそれはそうだが、全部を一気に変える必要もあったのだろう。

 そして、そのやり方で既に幾年も過ぎている。


 今更、容易に戻すこともできないと思う。


 陛下にとって、一つずつゆっくりと変革することはできなかった。

 改革できるのは、自分の治世の期間のみ。


 そして、この世界の王たちが自ら統治できる期間は約20年。

 自分が即位し、次世代に譲位するまでの期間である。


 即位してから、次世代に恵まれるまでに時間がかかったカルセオラリアの国王陛下のような例は少ない。


「お前なら、どこから手を付けた?」

「これまでに自分が見てきた資料だけの判断なら、外交。この領域を変えたのは大正解じゃないかな」


 オレたちも立場的に全ての書類を見たわけではない。


 流石に重要な国家機密と言われるようなものは、扱わせてもらえなかったことだろう。


 だから、渡された情報だけでは判断が付かない部分もあったと思うが、栞が気にしたのは、まさかの外交とは思わなかった。


「これまでの自国至上主義を一新したのは改革というよりも革命だよね」


 そして、それは明らかに千歳さんの功名だ。


 他の世界のやり方を知っているからこその強みだろう。


「まあ、母がいたからだろうけど」


 そして、栞自身もそれに気付いている。

 自分の母親がいなければそれすらも難しかったと。


「誰だって、相手の自慢話を延々と聞かされるよりは、自分が褒められる方が気持ち良いからね」


 千歳さんがこの国に戻る前と、その後。

 明らかに、この国の諸外国に対する対応は変わった。


 下調べもなく、他国との交渉に臨み、その結果、相手の機嫌を損ねていた行き当たりばったりだった協議方法ではなくなったのだ。


 だからこそ、千歳さんが表舞台に出るのが早くなったわけだが、それは王にとって嬉しい誤算ではあっただろう。


 信じられないが、情報国家を除いて、割とどの国でもそんな感じの外交感覚らしい。

 どの国だって自国を有利にしたいし、他国よりも優位に立ちたい。


 その結果、先の中心国の会合でのクリサンセマムの国王のように全方位に喧嘩を売っているように見える姿勢になったりもする。


 尤も、各国の国王たちは流石に相手の国についてはある程度勉強しているはずだ。


 つまり、使えないのはその手足となる外交役(人間)ということだろう。


「それ以外の陛下の感想は?」

「ぬ? それ以外なら、苦労人?」


 それはよく分かる。

 要らん苦労を背負う人だ。


 だが、オレが知りたいのはそこじゃない。


()()()()()見れば?」

「ぬ? ああ、そういうこと?」


 どうやら、為政者としての評価をしろと思ったらしい。


「ん~? 子供との接し方を知らない人?」

「…………」


 接していないからな。

 そう言いたかった。


 オレが知る限り、あの陛下は、昔からクソ王子とは必要以上に会うことはなく、会ったとしても、国王と王子という立場にある。


 あの王子に対して、子供として扱うことはできなかっただろう。


 そして、シオリに至っては、近付くことすら全くなかった。


 城にいれば他の子供に会うこともない。


 住み込みの人間たちも通いの人間たちも我が子を見せることはなく、王族や貴族たちすら、国王に不敬があってはいけないからと、南北の塔で育てられる。


 そうなると陛下は城下に下りない限り、ほとんど子供を見る機会すらほとんどなかったことだろう。


「でも、子供との接し方に憧れはありそうだよね」

「憧れ?」

「わたしが幼かった頃の姿を望んだって言うのはそういうことなんじゃないかな?」


 栞はそう笑った。


「子供と接したら、こうしたいと思っていたことが、最初にされたあの縦抱っこと……、その膝に座らせたかったってことだと思うよ」


 そう言われたら、納得できるものはある。


 尤も、それは、子供との接し方に対する憧れではなく、唯一人の娘に対して本当はやりたかった夢なのだろうけど。


「オレはその憧れを邪魔した悪い奴ってことだな」

「そう? 護衛の判断としては適切だったと思うけど」


 オレの言葉に栞は苦笑する。


「縦抱っこはともかく、この年になって、膝に乗せられるというのは、ちょっとばかり恥ずかしい」

「…………何故?」


 その距離を考えれば、膝に乗せられるよりも、縦抱きにされて向かい合う方が緊張しそうだと思う。


「何故って、九十九も同じことをされてみれば分かるよ。抱っこされた時はそうでもなかったけれど、両脇腹を掴まれて、そのまま膝に座らされた時は流石に声が出たから」


 つまり、オレは一生分からないらしい。


 だが……。


「栞」

「ん?」

「ちょっと立てるか?」

「何?」


 そう疑問を持ちながらも、栞は素直に立ち上がってくれる。


 どうして、この女はこんなにオレに対して無警戒なのか?


 だから、何度もオレから良いように扱われるというのに、本当に懲りない女だとも思う。

 まあ、オレにとっては好都合なのだが。


 そして、その直後、栞の()()()()()()()が室内に響き渡ったのはいうまでもないことだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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