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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1875/2804

あの頃の自分

 寝台の上に横たわって、安らかな顔をして眠っている黒髪の少女の髪を撫でる。


 あの頃、彼女の髪を撫でた覚えはない。


 その娘が使った魔法が、その感触まで再現していてくれたら嬉しいのだが、そこまでは望み過ぎだろうか?


 当時は、そんな感情を本当に抱いていなかった。


 別の世界から来た珍しい娘。

 そんな認識しかなかったのだ。


 彼女は、兄の保険(スペア)として、城内の者たちから疎んじられていた自分の前に、ある日、突然、現れた。


 あの日のことは今でも思い出せる。


 黒髪、黒い瞳の人間はこの国でも、この世界でもそう珍しくはないが、着ている服は見たこともないものだった。


 城下の森で倒れていた彼女の服を、物珍しさから摘み上げたタイミングで、目を覚まし、いきなり頬を張られた。


 これまで魔法で攻撃されたことはあるが、そんな物理攻撃をされたことはなかった。


 そして、不思議なことに、頬が腫れるほどの威力だったにもかかわらず、「魔気の護り(自動防御)」は発動しなかったのだ。


 命の危険を感じるほどではないが、明らかに自分に対する攻撃の意識は彼女にあっただろう。


 女の手ではあっても、身体に腫れが残る攻撃である。


 後に知ることになるが、それは彼女の特異性ではあった。


 彼女の攻撃は、我々、王族であっても、その「魔気のまもり(物理耐性と魔法耐性)」を貫くものだったらしい。


 それだけの神の加護の持ち主。


 ―――― 創造神に魅入られた魂


 そんな余計な言葉を、後の情報国家イースターカクタスの国王より耳に入れられた時は、何故、彼女に()()()()()()()()()()()()のかと思ったものだ。


 特別目立つ容姿でもない普通の少女。


 それが、出会ってから数年後、その言動に余所余所しさを覚えるようになってから、逆に意識するようになった気がする。


 避けられているような気配に耐えがたくなった。


 向こうからすれば、婚儀直前の異性の傍にいてはいけないという配慮だとは言っていたが、あの頃の彼女の瞳を見ていたら、それだけではない気がして、逃がすどころか、追いかけてしまった。


 もし、あの頃、彼女を逃がしていたら、確実に()()()()()()()()()()()()()()だろう。


 今も、たまに見せる王の執着の色は褪せるどころか、ますます濃くなっている気がしている。


 それから、紆余曲折あり、彼女は一人で城から出た。

 その時期は、はっきりと覚えていることの方が少ない。


 彼女の友人が笑顔で、「チトセなら、城から出た」と言ってから、一月ほどは城下から隣国まで必死になって探し回った気はする。


 情報国家に連れ去られたのかと思って、何度も通信もした。


 その頃の王子だった男は、「連れ込んでいたらとっくに自慢している」と嘘か誠か分からぬことを言っていた。


 だが、あの王子だった男は、通信越しでも嘘は言わない。


 それを知っていても、何度も、何回も、毎日のように繰り返し、確認した。


 あの頃の自分は、本当に鬱陶しい存在だっただろうが、王子だった男は、何度も付き合ってくれたのだ。


 まあ、今でもあの頃のことをたまに口にしては、揶揄いの材料とされている気もするが、それだけ長い付き合いとなったことは間違いないだろう。


 自分のことが嫌になって逃げ出されたと認めたくなくて、だが、万一、彼女が城に戻ってきた時に、情けない姿を見せたくもなくて、ただひたすら仕事をした。


 そろそろ譲位の話も持ち上がり、重い気分を抱え、その準備を始めた頃、彼女は戻ってきたのだ。


 それも、一人の女児を抱えて。

 それを知った時、妙に腑に落ちたことを覚えている。


 ああ、その子供を護るために城を出たのかと。


 彼女が子を宿せば、その父親が誰であっても、その命は狙われたことだろう。


 真偽など関係ない。

 自分に(ちか)しい彼女が、子を宿したということだけが重要なのだ。


 この国は王族の命が軽い。


 だが、意外なことにその理由は、他国のような権力闘争などではないことがほとんどだとも聞いている。


 感情のもつれ……、王族同士の私情の絡みからの命の奪い合い。


 それはなんとも醜いことか。


 だが、周囲に分かりやすい利が見えないことから、事が起こるまでは発覚し(づら)いという難点があった。


 自分の兄だった男が亡くなったのも、恐らくはそんな理由からだと思っている。


 兄だった男の遺体は、彼女の部屋の窓の真下で発見されたのだ。

 それも全裸という特殊な状況だったという。


 だが、すぐに疑いの目は彼女に向けられ、自分に報告が上がる前に激しく尋問されたそうだ。


 それでも、彼女が犯人ではないことは、自分が一番よく知っている。


 あの時、兄が彼女に不埒なことをしようとして部屋に押しかけたが、返り討ちに遭い、確かに半裸にされた状態を目撃させられたが、あの男が服を着た状態で悪態を吐きながら退室したところも見ているのだ。


 そして、無事だったとはいえ、危難に遭った彼女を慰めるうちに、その部屋で自分は一夜過ごしている。


 だから、他の人間が入る隙など全くなかったのだ。

 だが、そこを逆手に取られたらしい。


 既に妻を娶っていた自分と一夜過ごしたなど、彼女が口にできないことを良いことに、王子妃の親衛兵の一人から、自分の知らない場所で激しく追及され、犯人に仕立て上げられかけて、彼女の友人がその窮地を救うことになった。


 後で、恩着せがましく何度も言われたので、後日、他者から報告された以上に、その状況を事細かに知っているだろう。


 兄だった男を殺した真犯人は見当が付いていても、証拠も動機すらなく、また、簡単に処罰できる立場にない人間であった。


 彼女を激しく追及しようとした親衛兵も、彼女の友人の反論で逃げだし、捕える前に物言えぬ状態で発見されていた。


 しかも、兄だった男は即位できない理由と事情があったため、これ幸いとばかりに死因はすり替わり、事件は闇に葬られ、そのまま、自分は嫡子として扱われるようになる。


 その理由と事情は、事件が起こる前に知らされてはいたのだが、それを公表することなく兄だった男の死をそんな形で利用されたことは、国の意向とはいえ、かなり複雑な気分だった。


 自分の従姉妹であった娘も、昔、この城で命を奪われたらしい。


 まだ乳飲み子だったあの娘に何の恨みがあったのかは分からないが、窓からの転落死だったと後に自分の乳母だった女性から聞いたことがある。


 一度だけその顔を見ただけの従姉妹。


 その従姉妹の死の直後に、兄を差し置き、今の王妃と婚約させられたのだ。


 そのことに不満も疑問もなかった。


 王の言葉は絶対。


 だから、自分は、このまま婚約者と添い遂げることになるのだろうと思っていた。


 そして、兄を支えていくことになるのだろう、と。


 ―――― 彼女に、会うまでは


 その時の彼女の姿が今、ここにあるのだ。

 これはなんという奇跡なのだろうか?


 惜しむべくは……。


「無粋な護衛どもの存在だな」


 背後から突き刺さるような視線を感じる点である。


 その懐かしい姿をゆっくりと愛でることも許されないと溜息を吐くしかなかった。


「今の陛下と主人を二人きりにして過ちを犯されても困りますから」

「自分たちの本分は、その主人の護衛ですので」


 ほぼ同時に吐かれる言葉。

 それは本来、頼もしいはずなのだが、現状、邪魔でしかない。


 そして、意外なことに兄の方が言葉に棘がある。


 これまでの報告を見てきた限りでは、弟の方が、この娘に対しての感情が深いと思っていたのだが。


「過ちなど犯すはずもないだろう」


 ゆっくり、この姿を眺めたいだけなのに、随分、信用のないことだ。


 この姿は確かにあの頃の彼女のものではあるのだが、その実体は、彼女の娘であり、自分の娘でもある。


 それに対して、不埒なことなど考えるはずもない。


 それは、自身にも、彼女にも、娘にも裏切りとなるだろう。


 何より、そんな感情があれば、自分自身も気持ちが悪い。


「額に口付けておきながら?」


 兄はさらに冷えた視線を寄越す。


 見ていたのか。

 だが、それについてはこちらにも言い分はある。


「単に親愛だ。それ以上の感情はない」


 もともとこの娘にしたい行為ではあったのだ。


 強い輝きを持つ彼女の娘。

 しかも、間違いなく自分の血が流れているのだ。


 それに対して、愛しいという感情が湧かないはずもない。


 だが、年頃の娘に、父親とはいえ、いきなりそんなことをすれば間違いなく引かれるだろう。


 どこかの国王のように、それとなく距離を置かれるのは嫌だった。


 だから、眠っている時にしたのだが、この男たちはそれすらも許さないと言うのか?


「目覚めた時に、主人にいきなり抱き付こうとして、ふっ飛ばされたことによる弁明は?」

「…………」


 あれは不覚だった。


 目覚めた直後の寝ぼけている状況で、自分の愛しい人間が無防備に覗き込めば、何も考えずに抱き締めたくなる。


 いや、ほとんどそんな状況などないのだが、あの時はそれすらも考えられなかった。


 特に、彼女の若い頃の姿だったから、余計に混乱したことも認めよう。

 自分がこの想いを自覚したのは、彼女が18歳になった時だった。


 そして、15歳の彼女も、18歳の彼女も外見にそう差はない。


 普通に考えても、そんな時代の人間がその場にいるなんて、夢以外ではありえないことだろう。


「弁明はしない。確かに恋慕を持って、抱き締めようとしたのは事実だ」


 ただその対象が違っただけの話。


 尤も、この娘自身が自分をふっ飛ばさなければ、この男どもが全力で、一国の王でも遠慮なく引き剥がしにかかっただろう。


 実に忠実な番犬たちに育ってくれたものだ。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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