弱点攻撃
絶対に何かやらかす。
そんな気がしていた。
あの顔をした「高田栞」は本当に呆れるほど無敵で畏れ知らずな女なのだ。
その無敵の女は、まるで何かの特撮ヒーローのようなノリで、両手で孤を描き……。
「変っ!! 身っ!!」
そんな言葉を口にした。
「なっ!?」
国王陛下が驚くのも当然の話だ。
陛下も、栞が何か特殊なことを仕掛けてくるだろうと警戒をしていただろう。
どんな魔法が来ても対処することを考えていたはずだ。
今回の模擬戦闘で、栞はかなり派手な魔法を使っていたから、また攻撃系の魔法を警戒していたと思う。
だが、「高田栞」という女はそんな予想を凌駕する。
彼女が一番、恐ろしく感じるところは、強大な魔力でも、膨大な魔法力でもない。
魔力が強いとか、そんなのはあの魔法国家の王女殿下たちだって同じようなものだ。
だが、そんな王女殿下たちすら驚くものがある。
―――― 型に嵌らない想像力
先ほどまで栞が立っていた場所に別の存在が現れたのだ。
そして、その場に現れたその姿を見た国王陛下が驚きのあまり固まる気配がした。
多分、兄貴も魔法の影響下とは別方向で固まっていることだろう。
オレは、まあ、そんな気がしていた。
分かり切っている弱点を見つけたら、迷わず、突くことができるのが、栞の本当に恐ろしい所だと思っている。
そして、それはオレや兄貴が使ったところで意味はなく、栞だからこそ意味を持つ魔法。
そこにいるのは、一人の少女だった。
今のオレたちよりももっと幼い印象がある。
そして、人間界で言うセーラー服を身に纏い、少しだけ外側にはね気味の肩までの黒い髪と意思の強さを表す黒い瞳を持つ栞に少し似た雰囲気の少女。
だが、栞より少しだけ背が高く、そして、その表情は全然違うものだった。
少なくとも、いつもの栞ならば、陛下に向かってあんな余裕の笑みを向けないだろう。
「ハルグ」
さらに、その黒髪の少女は、穏やかな笑みを浮かべて口にする。
珊瑚のような艶のある薄桃色の唇に乗せられたその言葉を、オレは聞いたこともなかった。
だが、その少女はまるで、昔からの友人であるかのように、躊躇いもなく、ごく自然にそう言ったのだ。
国王陛下の愛称を。
「チトセ!?」
だから、国王陛下は叫んだ。
そう叫んでしまった。
その少女の姿が誰であるかを認めて、口にしてしまったのだ。
その言葉が、自身の混乱を周知してしまうことを忘れて。
「申し訳ございません、セントポーリア国王陛下」
そして、その黒髪の少女は、いつもの口調、いつもの表情に戻すと……。
「おやすみなさい」
混乱したままの陛下に容赦なく、遠慮なく誘眠魔法を叩き込んだのだった。
「あ……?」
何が起きたかも分からない表情のまま、国王陛下はその両目を閉じていく。
それを見ながら、黒髪の少女は、また表情に変えて……。
「お疲れのようですから、今は、ゆっくりお休みくださいね」
再び自分の母親によく似た笑みを陛下に向けた。
「…………ち……」
陛下はさらに言葉を続けようとしたが、それは叶わない。
もともと、慢性的に寝不足となってもおかしくない状況にいる方なのだ。
連日、あれだけの書類仕事を少ない睡眠時間で処理しているというのに、疲れていないはずもない。
それを戦闘の高揚感とか、そういったもので誤魔化していただけだった。
模擬戦闘をしていたとはいっても、オレたちと違って魔法力そのものはまだまだ余裕があっただろう。
だが、魔法力の過半数は残っていても、自分の意思以外でも魔法を使わせられているため、いつも以上に消費はしている。
その時点で多少の疲労は感じていたはずだ。
そして、攻撃手段が多いはずのオレと兄貴は既に床に寝ていた。
この場に立っていた栞は、魔力が強く、魔法力も多いが、まだ戦闘経験が少ないことは国王陛下もご存じの通りである。
そこで少し気が緩んでしまったのだろう。
だが、陛下が模擬戦闘の相手と選んだ女は、とんでもない思考と行動力の持ち主だった。
栞は、母親の姿に変えたのだ。
それも、恐らく、若い頃の千歳さんの姿だったのだろう。
見たこともない制服と、栞に雰囲気は似ていたものの、髪の毛質とか表情は違う気がする。
これはオレの想像でしかないが、国王陛下のあの動揺から、出逢った頃のチトセさまの姿だったのではないだろうか?
突然、現れた懐かしい姿。
さらにその口から、国王陛下の愛称と思われる言葉が紡がれる。
兄貴の話では、チトセさまは国王陛下の初恋相手である可能性が高い。
初恋相手の姿をした娘から、今は呼ばれなくなった愛称を口にされる。
間違いなく、思考は混乱の極みだ。
視覚情報、聴覚情報が一致しなくなっただろう。
そうなれば、頭では違うと理解していても、感情がついてこなくなる。
オレはアレと似たようなことを「ゆめの郷」でやられた。
栞はオレと兄貴の師であるミヤドリードの姿になったのだ。
勿論、年齢の違いもあるし、あれだけの扱いを受けてミヤドリードがオレの初恋であるはずもないが、思慕がなかったわけではない。
そこを突かれた。
シオリならともかく、栞が知るはずのない姿だったと言うことも混乱に拍車をかけた。
どんなに精神力が強くても、王族の魔法耐性があっても、精神的に大困惑、脳が誤作動を起こせば、それらは全て無意味となる。
疲労困憊。
精神の混乱。
さらに、勝利を確信した栞の強い願いを込めた誘眠魔法。
だから、碌に抗うこともできないまま、国王陛下は倒れて、そのまま深い眠りに落ちた。
「よし!!」
そして、その勝者は高らかに拳を握って笑う。
いつもと違う姿。
見たこともない服装。
だけど、その雰囲気と表情は、間違いなく高田栞のものだった。
なあ、栞。
今、自分がどれだけのことをしでかしたか、お前自身は気付いているか?
どんなに精神的に混乱していたとしても、王族の魔法耐性はかなり強い。
そして、この世界の人間は、その強さに差はあるけれど、「魔気のまもり」と呼ばれている魔法や物理攻撃に対する防護膜が常にその肉体の周囲にあるためだ。
だから、栞はオレたちが切りつけても簡単に傷を負わなくなったし、高い所から落ちても怪我をしなくなった。
さらに意識をすれば、簡単にオレの魔法も自動防御に頼らず、ほとんど自力で弾くようになっている。
そして、今回は大聖堂ではなく、セントポーリア国王陛下が最も力を持つセントポーリア城内での話なのだ。
普通の魔法では効果が期待できない可能性もあった。
それでも、栞の魔法は、陛下の耐性よりも強かったらしい。
陛下の魔法耐性を貫いて、眠らせてしまったのだ。
―――― 本当に、なんて女だろう
「動けるか?」
そんな声が耳に届く。
陛下が倒れたことによって、オレたちに使われた麻痺魔法の効果が薄れたらしい。
「おお」
まだ鈍い動きではあるが、先ほどよりも腕にずっと力が入る。
「じゃあ、お前が働け」
「承知しました、お兄様」
この様子だと、兄貴の方はまだ身体が動かせないらしい。
使い手が意識を失っても、すぐに魔法の影響下から抜けることができないようだ。
それなのに、何故、兄貴の口はよどみなく動くのか?
そんな疑問を持ちながらも、オレはなんとか、身体に力を入れて立ち上がる。
少し先に黒髪の女が立っているのを確認するが……。
「くっ!!」
情けないことに少しだけ踏ん張りがきかず、自分の身体が揺れる。
だが、倒れない。
これ以上、そんな無様は見せられない。
「大丈夫?」
オレが立ち上がったことに気付いた黒髪の女は近寄ってきた。
「おお」
近くに来た黒髪の女はいつもと目の高さが違った。
顔も似ているけど、やはり同じではない。
それなのに、その口調も表情は間違いなく、オレが知る「高田栞」のものだった。
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