害意の判定
模擬戦闘前に作戦会議。
三人で連携なんて、実に一週間ぶりだが、前回と状況が違い過ぎるために少しだけ時間をもらったのだ。
「お前は後ろで補助に徹しろ。絶対に前に出るな」
「そうだな」
男二人はあっさりとわたしを後ろに下げる提案をする。
「何故に?」
だが、純粋に疑問。
この中で陛下の魔法耐性が高いのはわたしだと思う。
それなら最前線で盾になるのが一番ではなかろうか?
「風属性魔法耐性なら、この中では間違いなくお前がNo.1だ」
そんなどこかの少年漫画で聞いたような台詞を言われても嬉しくはない。
いや、ちょっと台詞違うけど。
「でも、今回は陛下が風属性魔法を使わないと宣言されているからね」
九十九の言葉に雄也さんも追随するが、それでも……。
「火属性魔法もわたしが一番、耐性があると思うのですが……」
魔法国家の王女殿下から極大とも言える火属性魔法を何度も食らっている。
その魔法国家の王女殿下はそれ以外の魔法も扱える多才な方だ。
魔力の封印を解放された後、通常の自分の体内魔気すらまともに抑えきれなかったわたしのために風属性だけでなく、様々な魔法をぶつけてくださった。
つまり、わたしは魔法全般に強いと思うのだけど、違うのかな?
「お前の基準は水尾さんの魔法だろ? 陛下の魔法とは恐らく質が違うし、何より、ここはセントポーリア城だ。陛下の力が最大限に発揮される場所でもある」
「それは知ってるよ」
そして、同時に、恐らくはわたしの魔力も魔法力も魔法の威力すら最大限に発揮されることも。
だから、わたしの魔法耐性だっていつも以上に強いと思っている。
「だから、俺たちが死なない程度に補助を願いたいのだけど、それは難しい?」
「うぐ」
不機嫌そうな九十九と、微笑みながら提案してきた雄也さんの言葉を吟味することにした。
自分の身は何もしなくても守れるとは思うけど、それが彼らにも適用されるかは別の話だということは分かっている。
セントポーリア城でわたしの魔法耐性は大幅に強化されるが、九十九と雄也さんにもそこまでの効果があるかは微妙なところではあるのだ。
確かにこの大陸で生まれた彼らの主属性は「風」。
だから、シルヴァーレン大陸内では他大陸に比べれば魔法力の回復も早いし、魔法耐性も強まる。
それでも、セントポーリアの王族ほどの耐性を求めることはできないだろう。
尤も、陛下がうっかり全力を出さない限りは、もともと魔法耐性が強い彼らが簡単に死ぬこともないとも思っている。
だけど、死ななければ怪我をしても良いと言う話でもないし、何より、どんな局面でも事故は起こり得るのだ。
当たり所が悪かったとか、思ったよりも魔法の威力が出てしまったとか、そんなこともないとは言い切れないだろう。
これまでになかっただけだ。
そして、国王陛下が風属性魔法ならできる手加減も、他属性の魔法でできるかは未知数というのもある。
何より、わたしは水尾先輩のような攻撃型ではない。
攻撃はできなくもないけれど、咄嗟の判断が遅いため、隙が大きすぎるのだ。
だから、耐性があるからといって、最前線に立てば、攻撃を受けるだけの盾役にしかなれない。
何より、本来の彼らはそのわたしを守る護衛なのだから、無抵抗に陛下の魔法を食らうだけというのは、絶対に容認はしてくれないだろう。
体内魔気の制御のために、水尾先輩と模擬戦闘を繰り返していた時だって、ちょっとの怪我で九十九はわたしに治癒魔法を使うことを止めなかった。
それらのことから、わたしが彼らの補助に回ることはおかしな話でもない。
要は、後ろで大人しくすっこんでろという話だ。
後ろから補助しろというのは、誘導された感もあるけれど、ここは適材適所と割り切るしかないのだろう。
だが、ちょっと解せぬ。
「そうなると、今回の二人のお役目は?」
わたしが補助なら、二人が攻撃?
それはそれで楽しそうだとは思う。
「弟が囮。俺が攻撃かな?」
ああ、「ゆめの郷」で水尾先輩との模擬戦の時の役割ですね。
「ちょっと待て。今、『囮』と書いて、『陽動』と口にしなかったか?」
だが、九十九はそこが引っかかったようだ。
「大差はあるまい」
涼しい顔で雄也さんは答えた。
確かに。
まあ、「囮」はひっそりとやることもあるから、ド派手にいこうぜ! 的な「陽動」とはちょっと違うかもだけど、対象の目を引き付けるという意味ではどちらも同じだろう。
「それで、オレは『囮』として何をすれば良い?」
雄也さんの言葉に問答無用と判断したのか、九十九は素直に応じる。
「できる限り陛下の魔法力を減らせ。まあ、無駄な足掻きでしかないがな」
「この城で陛下の魔法力を減らせると思うか?」
「だから、先に無駄と言っているだろう?」
このセントポーリア城では国王陛下の魔法力の回復も早い。
それは、以前、セントポーリア城でお世話になった時に、わたし自身が実感していることだった。
「疲労を誘導し、集中力を散漫にさせるしかないな」
「消極的な戦法だな」
「災害のような相手に積極的な行動を起こすのは愚策だ」
そう言いながらも、簡単に終わる気はないのだろうとは思っている。
わたしもこのままでは悔しい。
「陛下、道具の使用許可は?」
「却下だ。こんな模擬戦闘であっても。お前は魔石だけでなく、『魔法弾きの矢』や『魔法弾きの盾』すら、使い捨てしかねん」
雄也さんの問いかけに、あっさりと国王陛下は却下する。
「兄貴、信用ないな」
「ある意味、期待に応えてきた結果だと自負している」
よく分からないけれど、「ぷふぁいる」と「シルト」って確か、水尾先輩との模擬戦で聞いた言葉だった気がする。
確か、魔法に自信がある人間に対して使うとトルクスタン王子が言っていたような覚えがあるので、魔法無効化とかそんなやつだとは思うけど、やはり雄也さんは手段を選ぶ気はなく、陛下はその思考を読んでいるということだろう。
いや、雄也さんはそれだけ、王族に対して優位に立てる手段をいくつも持っていると言うことにもなるのか。
国王陛下が警戒しているというのはそういうことだ。
「しかし、道具は駄目か。催涙ガスとか、睡眠ガスとかなら陛下にも効果がありそうなんだが……」
そして、もう一人。
さりげなくとんでもないことを口にしている人がいる。
「お前は阿呆か。狭い室内でそんなものを使えば、主人にも影響がある」
「魔法で風向きは変えられるし、量の調整もするつもりだったが、どちらにしても、道具が使えないなら駄目だな」
えっと、わたしの護衛たちは今日も素敵に有能です?
いや、考えている手段が護衛のソレではなく、暗殺者とかそういった方向性のもののような気がするのはわたしの気のせいじゃないよね!?
「ガスとか薬品を使ったら、『魔気の護り』の対象にならないの?」
「「ならない」」
あっさり否定される。
あれ?
自動防御って、身を守る手段として勝手に出るものだよね?
「毒薬を含めた薬は自然由来の物が多いから、体内魔気では護れないんだよ」
「そもそも、お前も何度も薬にやられているだろうが」
言われてみれば、わたしは何度も九十九から一服盛られている。
「魔気の護り」が働けば、そんなことはないだろう。
それに魔法でも、補助魔法と呼ばれる種類の魔法に対しては「魔気の護り」が発動していない。
わたしが「睡眠魔法」を弾いたりするのも、単純に魔法耐性が強いためであり、「魔気の護り《自動防御》」の効果ではないのだ。
しかし、それをわたしに盛りまくっている当人が言うのはいかがなものか?
「身体の表面を守る表層魔気による『魔気の護り』は、攻撃魔法に対する防御が主だね。そして、体内を巡る深層魔気による『魔気の護り』は相手の感情……、害意に対する防御だと聞いているよ」
「それはつまり、わたしの護衛は害意無く、薬を盛っているわけですね」
それはそれでどうなのか!?
でも、反応するのは攻撃魔法と害意。
その害意の判定がどこまでのものかは当人の身体の反応次第ってことだろう。
だけど、これまでの自分の経験から、分かりやすく身体を傷付けようとする意思に反応している気がする。
そうなると……。
「そろそろ、始めたいのだが良いか?」
そんなわたしの思考を中断させるような声。
「オレはいける」
「俺も大丈夫だよ」
九十九と雄也さんが笑いながらわたしの方を向く。
どうやら、国王陛下をこれ以上、お待たせするわけにはいかないようだ。
「わたしもいけます」
そう返事して身構えた。
さて、今度こそ、国の頂点を倒しにいこうか。
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