狙われる理由の追加
「大変、失礼を致しました」
わたしは頭を下げるしかない。
一国の王の前で、奇妙な叫び声を上げるなんて、割ととんでもない話だと思う。
「あまり気にするな。若い頃のチトセのようで、懐かしかったぐらいだ」
ぬ?
母も昔は叫びまくっていた?
今の母からは想像もできない。
何に対しても「あらあら」「まあまあ」という印象が強くて……、いや、ソフトボールの試合を観戦している時の母は結構、叫んでいた覚えはある。
だが、わたしのような奇妙な叫び声のイメージはあまりない。
「先ほどユーヤとツクモが説明したとおり、クリサンセマムはこの大陸の大気魔気の変化を察して、使者を派遣したようだ。まあ、変化した理由は分からぬままだろうがな」
国王陛下はそう言いながら苦笑する。
「わたしは、とんでもないことをしたということでしょうか?」
他大陸から、わざわざ使者を遣わして確認するほどの事態……。
それが簡単に済ませられないと言うことは、わたしにも分かる。
「どちらかと言えば、大気魔気については良い変化ではあるので、そのこともあまり気にするな」
国王陛下はそう言ってくれるが、それはこの国、この大陸視点の話ではある。
「しかし、よもや他大陸にも分かるほど変化したとは思っていなかったが……」
そうですよね。
わたしもまさか防御だけでそんな影響があるとは思っていなかった。
でも、確かにあれらの魔法に耐えるだけでも、わたしの魔法力や体力は消費している気がしていたのだ。
それは認める。
だから、疲れたわけだし。
でも、あの時は、魔法を使わずに耐えろと言われていたため、特に意識的に防御系の魔法を使った覚えはない。
何より、あの頃のわたしは今ほど自在に魔法が使えなかったのだ。
だが、体内魔気だけの防御でも、それなりに魔法のような役割をしているということだろう。
「心配しなくても、これまで少しずつやってきた国王陛下の大気魔気調整の成果だと言えば、他国の使者は引き下がるしかないんだよ」
「それでも、数カ月前のその変化というのは、不自然だということなのですよね?」
雄也さんの言葉に、わたしはそう問い返す。
「まあ、王族1人と2人ではそれだけ成果が変わるってことだね。だけど、今回も一週間ほど前に似たようなことをしているから、まあ、逆に言い逃れのしようはあるよ」
しかも、一週間前の大気魔気調整では、九十九と雄也さんも参加していた。
彼らは風属性ではあるけれど、同時に情報国家の王族の血も流れているのだ。
もしかしたら、前回以上に影響が出てしまうのではないだろうか?
「つまり、それだけ王族がごっそりいなくなったフレイミアム大陸は大変だってことだな」
「当然だな。しかも世界屈指の王族たちがいなくなったわけだ。その王族たちに頼り切って寄りかかっていたことに気づいてから慌てても遅いとは思うけどな」
九十九の言葉に雄也さんは酷薄な笑みを浮かべて答える。
「クリサンセマムはどう出ると思う?」
「どうすることもできないさ。大気魔気の調整については、千歳様の手柄だと思い込んでいるような連中だ」
「え!?」
再び、母の名前が出され、雄也さんの顔を見た。
雄也さんは困ったように笑いながら、その先の言葉を続ける。
「千歳様があの会合に参加した時期と、大気魔気が落ち着いたのが同じぐらいだと推測されたようだからね。まあ、こじつけに近い形ではあるが、結び付けたくはなったのだろう」
確かにわたしがこの国に来たのは、あの会合の直後だった。
だけど、それで母に結び付けられてしまうなんて……。
「それって、母に迷惑なのでは……」
「そなたのことが知れるよりは良いと、チトセは言っていた」
わたしの言葉に答えたのは、雄也さんではなく、国王陛下の方だった。
「どちらにしても、自分が狙われているのなら、さらにその理由が一つ、二つ追加された所で何も問題はないと」
さらに複雑な顔をしながら国王陛下は言葉を続ける。
国王陛下としては、母が狙われる理由の追加は嬉しくないのだろう。
「魔力の強い人間というのは、本当に奪い合い、……なのですね」
わたしとしてはそう結論付けるしかない。
アリッサムの王族である水尾先輩と真央先輩の存在が知れたら、クリサンセマムは間違いなく彼女たちを狙うことも容易に想像できる。
そして、それをあの二人が望んでいないことも。
水尾先輩も真央先輩も、自分たちの母親であるアリッサムの女王陛下の行方を探し続けているのだ。
それなのに、クリサンセマムという国に囲い込まれてしまえば、それが叶わなくなってしまう。
しかも、その国の国王陛下は、まあ、あの会合で見た限り、あまり好きになれるタイプでもなかった。
何より、水尾先輩や真央先輩にとっては、かなり……、具体的には10歳以上年齢が離れているしね。
「一番良いのは、自国の王族を増やすことかな。どこにも迷惑が掛からない方法で、解決できる。そうだね。弓術国家ローダンセが分かりやすいと思うよ」
雄也さんが言うローダンセという国は中心国の中で、最も現国王陛下の御子が多い国である。
確か、12人?
とんでもない数だよね。
「確かに王族の責務だと思うが、流石に14人は多すぎると思わんか?」
増えてる!?
さり気なく口にされた国王陛下の言葉に今度は叫ばずにこらえることができた。
でも、中心国の会合時点では、13人の妃に12人の御子って、九十九が言っていた気がするのだけど……。
「あれから、また生まれたらしい」
「そ、そうなのか……」
わたしの目線に気付いた九十九が、そう教えてくれた。
そこまでくれば、生まれたと言うよりも産ませた感が強すぎる。
でも、そんなに増やしてどうなる?
いや、確かに大気魔気の調整に一役買う形にはなるのだけど……。
「あの国は、王族たちを互いに競争させることによって、魔力を強めさせてきた国ですからね。多少はやむを得ないとは思いますよ」
それでも、14人はかなりの数だろう。
野球チームどころか、サッカーチームの控え選手までできる人数だ。
バスケットなら試合ができるし、バレーボールも6人制なら可能な人数だ。
その御子たちは、全て母親が違うらしいから、それぞれ14人の女性たちが産んでいることになるだろう。
確かに、それなら母体の負担も少ないかもしれないけれど、それでもどうなのだろうと思ってしまう。
子供たちだけでなく、正妻と側室たちで争いとかも起きそうだ。
あれ?
もしかして、王族たちが互いに競争……、競い合うって、妃たちも例外ではないってこと?
女性を極めるという話?
「クリサンセマムの使者については、そなたが考えなくても大丈夫だ。心配せずとも、チトセを表に出す気はない」
わたしがローダンセのことを考えていると、国王陛下がそう言ってくれた。
母のことを心配していると思われたらしい。
まさか、全く別のことを考えていたとは言えないね。
だが、国王陛下とは別の青い目から感じる視線が鋭すぎて痛い。
流石に付き合いが長くなってきたためか、わたしの護衛にはなんとなく、自分の考えが読まれている気がする。
「今、そう仰せられるなら、あの会合でも隠されていれば良かったのでは?」
雄也さんがそう言うが……。
「チトセが、あの会合に参加したいと言ったのだ。世界的に公の場に立つことが許されるならば、この国での危険も減ると」
国王陛下はどこか拗ねたようにそう口にした。
なるほど、あの場にいたのは陛下の意思ではなく、母の意思だったらしい。
この国での危険……、減ったのかな?
今でもわたしは扮装しなければ立ち入れないような場所だというのに。
「その結果、千歳様の危険は減りましたか?」
わたしの代わりに九十九がそう口にしてくれた。
「表立ったものはなくなった。まあ、今でも良からぬことを企む輩はいるようだが、チトセの喪失がこの国に与える影響を考えれば、余程、短絡的な人間でない限りはすぐに行動することはないだろう」
果たして本当にそうだろうか?
世の中には利害……、損得や置かれている立場よりも、自身の感情を重視する人間だっていることをわたしは知っている。
あの「ゆめの郷」で会った女性が、そんなタイプの女性だった。
自分が「ゆめ」だという立場を忘れ、九十九の心を得ようとして、彼の前で自分の身体を傷つけるという行為に及んだのだ。
勿論、それが正しいとはわたしも思わない。
相手の心を手に入れるために自分を傷つけるなんて、それを目撃させられた方が被害者だろう。
それでも、いざとなれば周りの気持ちなんて、一切、考えられなくなるほど自分の感情に流され、突き動かされるように行動してしまう人は少なからずいると思っている。
「畏れながら国王陛下」
そんなわたしの気持ちを慮ってか……。
「人間の感情は理屈どおりには運ばないから、陛下も千歳様もより苦労されているのだと愚考します」
雄也さんはそんな言葉を陛下に進言してくれたのだった。
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