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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1860/2805

目的の一つ

「待たせたな」


 契約の間で寝ることを真面目に検討するような時間帯になって、セントポーリア国王陛下はようやくここに顔を出した。


「いいえ、お気になさらないでください」


 朝方、ここで「待っていろ」と陛下から言われた以上、わたしたちは簡単に移動することもできなかった。


 九十九が持ち込んでくれた本や食事が無ければ、結構、辛かっただろう。

 言い換えれば、それがあるから普通に過ごせていた。


 因みに、この部屋にもお手洗いはちゃんとあるし、浴室も併設されている。


 ここにいる時だって、お手洗いに行きたくなるし、汗を流してさっぱりしたいってことだろうね。


 まあ、まだ浴室は使っていないから寝間着にも着替えていないのだけど。


「少し、話が長引いた」

「使者殿も退けなかったようですからね」


 国王陛下の後ろには、何故か雄也さんが立っていた。


 そう言えば、あれからもう一週間経っている。

 今日は定期的な報告のために登城する日ってことだろう。


「ユーヤがもう少し早く来てくれたなら……」

「たまにしか顔を出さない使用人などの力など借りずに、本来の外務官を頼ってください」

「話にならなかったではないか」

「だから、もっと鍛えるようにと言っております」


 どうやら、ここまで遅くなったのは、雄也さんを待っていたためだったようだ。


 いや、正しくは、雄也さんがいなければ、どうにもならなかったという意味でもありそうだ。


 でも……。


「母……、いえ、陛下の秘書殿は?」

「あの男の前にチトセは出せない」


 それって公私混同ってやつではないですか?

 そう考えると、ちょっと複雑な気持ちになる。


 いや、母が大事にされているのは嬉しいはずなのだけど、それでも、何かが違う気がするのだ。


 もし、自分がそんな風に仕事から遠ざけられたら、絶対に嫌だと思うためだろう。


「同感です」


 しかも、雄也さんまで!?

 それはいかがなものでしょうか!?


「今回のクリサンセマムより来訪された『ベルファス=ローナ=モレストビニル』様の目的の一つはその千歳様だったから、あの方には外してもらったんだよ」

「ほへ?」


 目的の一つは母?


「先の中心国の会合で、『あの情報国家の国王陛下に認められた女性』は、たまに他国からお誘いがあるんだ。分かりやすく言えば、あの時の情報国家の国王陛下のように、引き抜きをしようとしているわけだね」


 改めて、情報国家の国王陛下の影響力を思い知る。


 あの方が、当面、わたしたちの敵ではないことは素直に喜ぶべきだろうか?


「尤も、セントポーリア国王陛下の目があるため、名目上は、外遊の誘い。我が国へ遊びに来ませんか? という形だね。でも、まあ、千歳様は平民の女性だから、国へ連れてくれば、どうとでもなると思われている可能性はある」


 その言葉で国王陛下の方からちょっと不穏な気配がした気がする。


 いつもは綺麗な風属性の気配にちょっと別のモノが混ざったような違和感。


 うん。

 分かりやすい怒りだ。


 そして、それに対して話している雄也さん自身はそこまででもない。

 淡々と事実と状況を口にしている感じだ。


 やっぱり先ほど九十九と話したように雄也さんは、外交官向きだよね?


「他には?」


 わたしの後ろから九十九がそう声を掛けた。


「いたのか」


 わたしよりも背の高い弟の姿が見えていないはずがないのに、雄也さんが意地悪くそう言った。


「オレが主人を一人にするわけねえだろ?」


 だが、当人は気にした様子もなく普通に答えている。


「クリサンセマムの国王陛下より遣わされたベルファス殿の本命は、このシルヴァーレン大陸の大気魔気が、安定し始めた理由の確認らしい」

「……あ?」


 雄也さんの言葉に、九十九が眉を顰めた。


「十数年もの間、シルヴァーレン大陸の大気魔気は、他大陸にも分かりやすく荒れていた。隣国ユーチャリスの農業に影響が出るほどとは聞いている」


 今度はセントポーリア国王陛下が答えた。


 セントポーリアの隣国の一つ、ユーチャリスは農業国家と言われている。


 この国に来た直後、シルヴァーレン大陸の食糧庫であり、品種改良などをする農協のような国だと聞いていた。


 大気魔気の荒れっぷりはわたしにはよく分からないけれど、農業に影響が出るということは、気候の変動を伴うほど大気状態が不安定だったのかもしれない。


 尤も、農業というのは繊細なもので、気温、湿度、降水量などの天候の変化を含めてそれらが少しでも変わるだけで、例年とは異なる結果が出るものらしい。


 人間界で歴史的にも、また、身近な店での米や野菜の価格的な意味でも、それらはよく理解できることであった。


「だが、数カ月ほど前から、シルヴァーレン大陸の大気魔気が以前よりもずっと落ち着いたらしい。それで、その理由の解明と、あわよくば、その知識の教授を願いたいというのが、使者殿の言い分だな」


 雄也さんがそう肩を竦めた。


「なるほど。()()()()()私どもを丸一日、この場所に留め置いたということですね」


 ほぎょ!?


 何故か、本日の行動制限の話に繋がったよ?


 だが、顔にも声にも出さない。


 わたし、頑張った!!


「そうなるな」


 セントポーリア国王陛下は大きな息を吐いた。


「謁見が終わった後も、すぐには使者も帰ろうとはしなかった。調査に来ているのだから当然だな。のらりくらりと理由を付けて、少しでも城内に留まろうとしていた。こちらとしても、他国の特使を無碍に扱うわけにもいかない」


 あ~、クリサンセマムの使者さんはすぐに帰らなかったのか。


 でも、それって対外的な話としてはどうなのだろうか?


 他国に来ている使者を、用事が済めばすぐに帰れと追い返しはできないだろうけど、城下を観光するわけでもなく、城にただ留まるだけってできるものなの?


 いや、それを可能にしてしまうのが、九十九の言っていた外交官に必要な交渉術ってことなのかな?


 全くもって迷惑な話だ。


「尤も、今のお前たちからは、すぐに結び付けられるものでもないことも分かっている。城下の人間のような体内魔気しか感じられないからな。だが、本来、城にいない人間たちがいるというだけで目を引くことは避けられないとは思った」


 確かに、大神官からの遣いとその従者という経歴だけで人目は引くと思う。


 しかも、遣いの方は銀髪碧眼の美形だ。


 実は与えられた部屋から政務室への移動中に、城の女中さんたちが騒いだり、少しだけ頬を染めている姿も見ている。


 流石に貴族出身で、王族たちに仕えるような侍女さんたちは騒いでいないけれど。


 もし、その美形の遣いが、同じく銀髪碧眼の従者と同室でなければ、部屋に突撃をかましそうな雰囲気を持った人たちもいた。


 うん。

 扮装していた従者(わたし)は、ある種の虫除けになれたかもしれない。


 そして、わたしが熱を出して別室で寝込んでいる間は、政務室に寝泊まりすることにした彼の判断は間違っていないと思う。


 まあ、わたしが男装していたことによって、別の誤解が生まれているっぽい気もするけど、そこはそれである。


 人間界でもそういった話を熱く語る女子生徒はいたけれど、この世界でもそういった方向性の話が好きな方はいるらしい。


 城下の書物館での少女趣味疑惑と、城内での衆道疑惑。


 九十九としては災難かもしれないけれど、彼の負担がなければ、わたしの方は、どんな誤解をされても良いとは思っている。


「でも、クリサンセマムの使者さんが言うように数カ月前からこの大陸の大気魔気が安定しているなら、もうわたしたちが城に留まる理由もあまりないよね?」


 わたしはこっそりと九十九に確認する。


 そもそも、何日もこの城に滞在することになったのは、書類仕事とその大気魔気の調整のためなのだ。


 書類仕事もわたしたちが丸一日いなくてもなんとかなる程度に落ち着いていたようだし、そろそろ城下に戻ることはできないだろうか?


「…………」


 だが、九十九はその青い目を細めた。


 ぬ?

 これは呆れ……、いや、仄かな怒り?


「お前は数カ月前からの大気魔気の安定という言葉に対して、その原因に思い至らないのか?」

「この国から離れているわたしが、何故、その原因に思い至ると思うの?」


 わたしがこの国にいたのは、三年ぐらい前の一ヶ月ほどと、十カ月ほど前の数日だけだった。


 そんな短期間で心当たりなどあるはずが……。


 ……ぬ?

 十カ月前の数日?


 そう言えば、その間にセントポーリア国王陛下と大気魔気の調整のために毎日のように模擬戦を繰り返していた。


 だが、まさか……。


「その顔は気付いたようだな」


 九十九がふと笑った。

 それも、まるで、出来の悪い子を見るような顔で。


「いや、だって……、セントポーリア国王陛下はもともとこの契約の間で魔法を放って大気魔気の調整はされていたわけだし」


 しかも、あの頃のわたしはほぼ無抵抗、一方的に国王陛下から魔法の的にされただけである。


 反撃は無意味だったために、ほとんどわたしが魔法を使うことはなかった。


 つまりは、国王陛下が一人で魔法を使っている状態と大差は……。


「お前は魔法を使われた時に防御するだろう? しかも、陛下に抵抗するほどの防御だ。それで、大気魔気に何の変化もないと思うのか?」


 九十九にしては珍しい種類の笑みを浮かべて、わたしにそう言い放った。


「ほげえええええええええええええええっ!?」


 わたしとしては、驚きすぎて、国王陛下の御前ということも忘れて、思いっきり叫ぶしかないのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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