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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~
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魔界の料理

「水尾さんの場合、国で生活していた時は、豪華だったでしょう? オレは庶民的な料理しか知りませんから」


 水尾先輩は他国の貴族だったっぽい。

 だから、九十九はそう思ったのだろう。


「あ~、豪華ってのは否定はしないけど、妙に油っこくて味付けも濃くて甘いんだよ。まあ、魔法国家の料理自体が魔法力回復のためだけのものだから、人間界に行くまではそれが普通だったけど……。食事で一喜一憂するなんて昔は考えたこともなかったんだよな」

「確かに典型的な魔界の料理ってそんな感じらしいですね。オレは人間界……、それも日本で生活している時期が長かったんで、味覚を含めた料理の感覚がそっちよりになっているかもしれません」


 それは、わたしも同じようなものだ。

 だが、料理の腕は違い過ぎる。


「日本の料理……、繊細で美しかったよな~。食事に美を見出すって発想が凄いと思ったよ。刺身とかも自分で切ると何故か身がボロボロになるけど、店で食うときは皿までも綺麗だった」


 ほうっと頬に手を当てる水尾先輩。


 それらの話から察するに、水尾先輩は魔界に限らず料理そのものが苦手というのは理解できた。


 まあ、お魚はブロック状からでも刺身として切り分けるのって、慣れないと難しいとはわたしも思う。


「でも、少年の料理は日本のメシが基盤なのか。妙に納得した。でも、それって肝心要(かんじんかなめ)の魔法力の回復とかは大丈夫なのか?」

「魔法力の回復は単純に料理の(かさ)を増して大雑把に回復させるより、調理の段階で回復効果の高いものを使うという手もあります。その方が、身体にも良かったりしますしね」


 料理少年は、健康まで考えてくれる栄養士のような存在です。


「簡単に言うけど、料理中に回復効果の高い薬草とかぶち込んでも、基本的な効果が変化してしまうだろ?」

「勿論、その辺りも考えて調理はしますよ。作り方によっては、相乗効果で通常以上の効果を見込めたり、一般的な使い方では効果が見込めないような草が調理すると効果を発揮したりすることもあります」

「……少年の頭の中はどうなっているんだ?」


 水尾先輩がどこか呆れたように問いかける。


「……10年以上に及ぶ人体実験……、……と、努力の成果ですよ。身体を張っている分、必死で覚えるしか道はないんです。死にたくはありませんからね。そのおかげで、かなりの配合レシピがこの頭にはあります」

「先輩か……」

「ええ、兄貴の教育の賜物です」


 九十九は笑顔で応えた。


 どうやら、九十九の料理の腕は、単純に才能とかではなく、本人の血の滲むような努力の果てに得たものらしい。


 でも、人間界でも魔界の料理は再現できるということなのだろうか?

 しかし、それに挑戦する必要性はあまり感じない。


「つまり、なんだ? 本当なら魔界でも料理は工夫次第で味はもっとよくなるところだったってことか? それって、料理の味を追及していない、料理人の手抜きってことなんじゃねえか?」

「この世界では食事は回復を中心に考えられています。油と糖類は魔法力の回復効果が分かりやすいですし、他の味を知らないからそれ以外の選択肢がないんです。オレもこの世界でしか生活していなければこの世界の味のままだったと思いますよ」


 確かに知らなければ、選択肢は(せば)まるというのはよく分かる。


「異文化交流って……やっぱり必要なことなんだな」


 水尾先輩がしみじみと言う。


 わたしは魔界に来てからほぼ九十九の料理しか口にしていなかったので、一般的な魔界の料理と言うのは知らない。


 でも、回復のためのエネルギーを摂取するために油や甘いものを摂るというのはなんとなく分かる。


 人間界でも身体の熱や力の源として、体内で糖類に変わる炭水化物を主食としているのと同じようなものだろう。


「じゃあさ、人間界の寿司みたいなのは作れるか?」

「はい。酢飯に近いものも再現は可能なので。後は、生でも食べられる新鮮な魚が必須ですね」

「この辺に川、あったか?」


 早速、周囲を見渡す水尾先輩。

 どれだけ食べたいのでしょうか?


「今から釣る気ですか? 夜だからお勧め出来ません。それに、どうせならそれなりの調理器具を使いたいところではありますね。その方が自信を持ってお出しできます」

「むう。確かに同じ食べるというなら、美味いものが食べたい。じゃ、じゃあ、いつか作ってくれるか?」

「良いですよ。オレも寿司は好きですから」

「魔界の魚も生で食べられるの?」


 ようやく、先ほどまで(かぶ)りついていた肉を骨だけにしたので、わたしも会話に参加する。


「種類によるな。人間界だって全てが生で食えるわけじゃねぇだろ?」

「ああ、河豚とか?」

「それは毒を持っているだけで、フグ自体は食えるだろ?フグ刺しとかあるぐらいだし。まあ、ふぐ刺しは1,2日ぐらい寝かせるもんだけどな。でも、免許いるからオレはフグを捌いたことはない」

「それだけ知識があって捌いたことがないのは意外だね」


 フグ刺しの河豚を寝かせるとか、そんなことも知りませんでしたが。


 でも、人間界での免許って魔界人にも適用されるのだろうか?

 そして、魔界人もフグ毒で死ぬのかな?

 テトロドトキシンだっけ?


 様々な疑問が湧いてくる。


「少年、鮟鱇(あんこう)は?」

「アンコウの吊るし切りは経験ないですね。でも、まな板で捌いたことはあります。一般的な魚と違ってかなりやりにくかったですね。あれなら、マグロの方が楽だったな……」

「あ、鮟鱇って吊るして切る方法もあるの?」

「まな板でやるといろいろと大変だからな。表面がヌルヌルしているし、身もぐにゃぐにゃと柔らかい。タコも手ごわいけど、アンコウの方が力もいるからな」


 蛸は想像できるけど、鮟鱇はあまり分からない。……というか、食べたこともない。


 確か深海魚だっけ?

 チョウチンアンコウとかいう名前の魚がいたことを知っているぐらいだ。


「魔界は魚を生で食べるのが主流なの?」

「いや、焼き魚が多いな。失敗が少ない。何より、私は生で何かを食った覚えがないな」


 わたしの疑問に水尾先輩が答える。


「生で食べるかどうかは国によるらしいですよ」


 九十九が言った。


「アリッサムは暑い国なので、保存を考えても生で食べるのは難しいですね」

「え? 暑いか?」

「かなり暑いと聞いています。住んでいる人間は『魔気の護り』があるのであまり自覚はないようですが、料理の材料はどうしても気温、湿度に左右されます。魚なんて特にそうだったでしょうね」


 九十九の言葉に水尾先輩が少し考えて……。


「そういや、城下を出たら、ここみたいに森じゃなくて砂漠が広がっていた気がする」


 そんな言葉を口にする。


「それで『暑いか? 』と問えるのが不思議ですね」


 わたしにとっては暑くて熱いイメージしかない。


「私が刺身にありつけなかったのはそう言うことか」

「そうでしょうね。セントポーリアも内陸のようなものなので、生魚はあまり手に入りませんが、兄貴がどこからか持って帰った覚えがあります」

「……あの人って、いろいろ得体が知れないよな」

「まあ、その辺は同感ですが……」


 九十九はどこか複雑な顔をした。

 自分が言う分には問題ないが、他人に雄也先輩のことを言われるのは少し嫌なのだろう。


「それはさておき、少年。本当に料理人になる気はないのか? これだけの腕と知識。どこに出しても通用する気がするぞ」

「オレの料理は庶民向けの家庭料理の域を出ません。水尾さんたち貴族向けの料理はできませんよ」

「少年ならできそうな気がするけどな~」

「まだ15歳なんで、可能性を信じたいお年頃なんですよ。確かに魔界では成人の年齢ですが、寿命は長い。今から将来を見据えるのは早すぎますから」


 そんな15歳っぽくないことを九十九は言った。


 なんだろう?

 水尾先輩と話している時の彼は……、少しだけ大人っぽい気がする。


「ああ、そうだな。選べるなら自分で決めた方が……、絶対良いもんな。」


 水尾先輩は貴族の娘だ。

 だから、自分で決めることができないこともあるのかもしれない。


「ところで、そろそろ高田は休んだ方が良いんじゃないのか?」


 九十九が不意に声をかける。


「へ?」

「さっきからふらふらしている。見ていて危なっかしい」

「そうだな。私もそれは気になっていた」

「そ、そう?」


 そうは言ったものの、確かに酷く眠い。


「じゃ、じゃあ、先に休ませてもらいます。部屋は……、どうしましょうか?」

「さっき確認したら、一階がキッチンと一つの広間、二階に四つの部屋があった。少年、好きに選んで良いだろ?」

「はい。水尾さん、申し訳ありませんが、高田を連れて行ってもらえませんか?」

「分かってるって。じゃあ、少年こそ悪いが、後を頼んだぞ」


 そう言って、水尾先輩は肩を貸そうとして……、身長差に気付いてわたしの身体を支えるだけにしてくれた。

今回の補足としてチョウチンアンコウと吊るし切りにする一般的なアンコウはちょっと違います。


ここまでお読みいただきありがとうございました。

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