常識はどこに?
「とりあえず、寝る時は布団!」
「今更、そんな常識を口にされてもな……」
わたしの言葉に九十九が呆れたように答える。
わたしが思いっきり醜態をさらした後でも、彼は変わらない。
そんな彼は、既に銀髪碧眼に戻っていて、先ほどの黒髪は姿を隠してしまった。
まあ、黒髪碧眼も、ちょっと落ち着かないから良いけど。
「常識大事!」
「オレを寝具にする非常識が何を言う?」
「だから、もう寝具にしないって」
嫁入り前の女として、殿方を布団や抱き枕にしたり、逆に膝枕はともかく、胸を顔を被せてしまうとかは明らかにおかしい!!
「あと……、眠くても契約の間に布団を敷くのはやはり非常識だと思うぞ?」
「ぐぬ」
正論を言う護衛。
「壁に寄りかかるだけで十分眠れる」
「その結果が、先ほどの無様ですよ……」
「羞恥心が芽生えたようで何よりだ」
九十九はそう意地悪く笑った。
その言い方はまるで、これまでわたしに羞恥心がなかったみたいじゃないか。
しかし、あの整ったお顔に自分の胸が当たっていたなんて、今でも信じられないものがある。
いや、何度か当たったことはあるし、なんなら直接掴まれたことだってある。
まあ、直接掴まれたのは「発情期」の時だけだけど。
だけど、それとは違った恥ずかしさがあるのは何故だろう?
なんというか、顔に胸って、かなりえっちだよね。
「これって、有名な少年漫画を思い出すから?」
「何の話だ?」
「あるいは、国民的RPG?」
「言いたいことは理解したが、その辺で止めろ。聞いているオレの方が恥ずかしくなる」
だが、わたしはそこまで胸がないから、あの擬音は無理だろうとは思っている。
どれだけ胸があれば、あの擬音は認められる行為なのだろうか?
「この話、続けなければいけないか?」
「いや、全然」
寧ろ、止めてください。
頼むから。
「でも、結局、あなたはほとんど眠ってなくない?」
九十九が眠りに落ちて、暫く経って、わたしも眠ってしまったっぽい。
それだと、あまり眠れてないんじゃないかな?
「仮眠なら数分で十分だ」
「なんなら、もう一度寝る?」
「十分……っつってんだろ!?」
どうやら、眠気は飛んだらしい。
まあ、あんなことされた後で、ぐっすり眠られても複雑だから良いけど。
「お前は?」
「ん?」
「眠くねえか?」
「流石にわたしも眠気は吹っ飛んだよ」
いくらなんでも、そこまで図太くはなれない。
「あれだったら布団を準備するが?」
「常識、どこ行った?」
先ほど、ここに布団を敷くのは非常識だと言ってませんでしたか?
「布団の方がお前も眠れるだろう?」
「眠れるけど、いろいろおかしい」
実際、九十九は召喚魔法で柔らかい布団を準備できるのは知っている。
そして、それに包まれたら、わたしが心地よい眠りに落ちてしまうことも。
でも、さっきの騒動の後で、それはちょっとどうかとも思う。
「おかしくはない。お前の安眠のためだ」
「それなら、早く帰りたい」
「あ?」
わたしの言葉で九十九が動きを止める。
「城は落ち着かないから城下の森に早く戻りたい」
「そ、そうか……」
少なくとも、あのコンテナハウスならここよりはずっとぐっすり眠れる。
「それじゃあ、今回の大気魔気の調整を手伝ったら戻るか」
「うん。でも、戻れそう?」
国王陛下がもう少しと言ったら九十九は逆らえないのではないだろうか?
そうして、また有耶無耶に……。
「大丈夫だ」
九十九はわたしに柔らかい笑みを向けながら言った。
「オレは陛下よりお前の意思を優先する」
「でも……」
わたしは護衛対象だけど、相手は雇用主だ。
しかも国王だ。
そんなに簡単に言っちゃって良いのだろうか?
「オレは陛下よりずっとお前の方が大事だから」
誰か、この護衛に、他意なく主人を口説こうとするのは非常識だと教えてあげてください。
伏してお願いします。
なんで、この護衛はいつもこうなの?!
***
「とりあえず、寝る時は布団!」
「今更、そんな常識を口にされてもな……」
栞はそんな今更な話をする。
顔を真っ赤にしている辺り、まだ先ほどのことを引き摺っているのだろう。
お互いに忘れると言ったのに。
「常識大事!」
「オレを寝具にする非常識が何を言う?」
「だから、もう寝具にしないって」
いや、この女は今後もする。
そして、オレはそれを甘んじて受け入れるだろう。
「未来視」で視なくてもそれだけは分かる。
「あと、眠くても契約の間に布団を敷くのはやはり非常識だと思うぞ?」
「ぐぬ」
その間に陛下が来たら、どう言い訳する気だ?
「壁に寄りかかるだけで十分眠れる」
「その結果が、先ほどの無様ですよ……」
栞が顔を赤らめたまま、肩を落とす。
「羞恥心が芽生えたようで何よりだ」
オレとしてはそう言うしかない。
これで、少しはオレを寝具扱いしなくなれば良いのだが、それはそれで淋しい気もするな。
だが、栞は少し思案して……。
「これって、有名な少年漫画を思い出すから?」
何故か、唐突にそんなことを言った。
「何の話だ?」
先ほどの出来事か?
確かに少年漫画では多そうなハプニングではあったが……。
「あるいは、国民的RPG?」
それで、ようやく栞が何を言いたいのかを理解する。
そして、少年漫画ってアレか。
あの雑誌掲載時に巻末次週予告で何度もガセネタを連発した作品だな。
本当にいつ目覚めるんだよと子供心に叫んだ覚えがある。
「言いたいことは理解したが、その辺で止めろ。聞いているオレの方が恥ずかしくなる」
具体的な名称が出る前に止める。
それは、いろいろな意味で良くない。
「この話、続けなければいけないか?」
「いや、全然」
特に意味はなかったらしい。
そのことに少しだけほっとした。
「でも、結局、あなたはほとんど眠ってなくない?」
「仮眠なら数分で十分だ」
もともと本当に寝る気もなかった。
栞からの膝枕の申し出に甘えたくなっただけだ。
「なんなら、もう一度寝る?」
「十分……っつってんだろ!?」
オレの理性を試しているのか?
「お前は?」
「ん?」
「眠くねえか?」
気を抜いて、うっかり寝てしまう程度に疲れはあるのだろう。
「流石にわたしも眠気は吹っ飛んだよ」
栞は笑うが……。
「あれだったら布団を準備するが?」
これなら、確実に栞が寝ることをオレは知っている。
「常識、どこ行った?」
「布団の方がお前も眠れるだろう?」
「眠れるけど、いろいろおかしい」
栞はどこか呆れたようにそう言った。
「おかしくはない。お前の安眠のためだ」
確かに本来ならかなり非常識な行動ではあるが、栞のためなら、陛下も許可してくれるだろう。
それだけ眠れていないのだから。
寧ろ、説得力が強化される気がする。
「それなら、早く帰りたい」
「あ?」
だが、栞は意外なことを言った。
帰る?
どこに?
リプテラか?
それとも……。
「城は落ち着かないから、城下の森に早く戻りたい」
「そ、そうか……」
その申し出はちょっと嬉しかった。
あんな簡易住居でも、栞は帰る場所だと思ってくれているのかと。
「それじゃあ、今回の大気魔気の調整を手伝ったら戻るか」
栞がその気なら、ちょっと真面目に帰ることを考えようか。
「うん。でも、戻れそう?」
「大丈夫だ。オレは陛下よりお前の意思を優先する」
「でも……」
栞は迷っている。
だが……、
「オレは陛下よりずっとお前の方が大事だから」
それだけは曲げられない。
陛下の命令よりも栞の安眠だ。
そのためにはいくつか手札を切ろう。
それぐらいの仕事はもう既にやってきた。
そろそろ、陛下の我儘を押さえても良いはずだ。
オレがそう心に決めると……。
「この非常識」
「あ?」
何故か、いきなりそんなことを言われた。
先ほどの布団の話だろうか?
そして、多分、オレを睨んでいるんだろうけど、その上目遣いは可愛らしいだけだと思う。
だが、それをわざわざ口にしてしまうほど、オレも愚かではない。
「とりあえず、今度こそ陛下を倒そうか。その方が話も通りやすそうだからね」
栞が拳を握る。
オレの惚れた女は可愛いいのに、時々、かっこいい。
「お前の方がかなり非常識なことを言ってるぞ?」
王族の末端ではなく、国の中心にして頂点に立つ国王を魔法で打倒するとか、普通は考えない。
だが、それぐらい強気な方が、栞らしいとなんとなく思ってしまうのだった。
作中の少年漫画と国民的RPGの擬音については、お察しください。
流石にそれを主人公に口にさせることはできませんでした。
少年漫画の護衛の意見は、次回予告にその少年漫画の主人公が回復中に「ついに目覚める!?」と、何度も掲載されて、結局目覚めなかったことに由来する近年の若い子置いてきぼりのネタです。
週刊誌の次回予告だから、締め切りの関係上、ある程度は仕方ないですよね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




