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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1854/2805

困惑

「どうしてこうなった?」

「いや、今回は必然だろう」


 わたしは再び、国王陛下の政務室にて書類と向き合っております。


()せぬ!!」

「いや、そこは(かい)せよ」


 三日前、夜中に身体を冷やして高熱を出してぶっ倒れました。

 そこで、母に看病をしてもらったらしい。


 なんか、素っ裸だったけど。


 そして、我が母は、国王陛下の秘書官……。

 事務仕事だけでなく、いろいろな部分の補佐をする役目を担っている。


「千歳さんを三日も独り占めしていたんだ。その償いをしろっていうのは当然だろ?」

()せぬ!!」


 その代償に九十九がずっと手伝っていたって聞いたけど!?


「オレなんかが、千歳さんの穴埋めになるわけはないだろ?」

「母はどれだけ有能なの?」

「そこの仕事の束の減りっぷりを見れば分かるだろ?」


 確かに母の仕事量は多いと思っていたけど、まさか九十九よりも有能だとは思っていなかった。


 因みにわたしたちは今回も離れた場所で仕事している。


 例によって、遮音もばっちりだ。


 だから、表情だけ気を付けている。

 小声で叫びながらも表情を崩さないって、顔がおかしくなりそうだ。


「オレに任せられる仕事が限られているっていうのもあるな。一応、他国の神官扱いだ。簡単な雑務しか振られてねえ」

「いや、雑務って……、これ、雑務?」


 三日前の仕事よりも明らかに複雑化していると思うのだけど?


 何なの?

 この流通の仕組みの健全化案とか。


 これって、普通は他国の人間に任せて良いモノじゃないよね?


 しかも、何故にライファス大陸言語!?


「面倒な仕事を、シルヴァーレン大陸言語以外の言葉に直して寄越すようになったな」


 九十九が苦笑する。


「かえって、手間かけてどうするの!?」

「いや、案だけライファス大陸言語にして、中身について考えさせるだけだから手間は少ない」

「もういっそ、シルヴァーレン大陸言語のまま渡してくれれば良いのに」


 同じ書類を見ながら、わたしも考える。


 流通の仕組みの健全化ってことなら、考えるのって、流通経路だけじゃ駄目だよね?


 目的が健全化なら、検査とか、審査とかの部門もいる?


「それだと、他の文官が見た時不自然だろう?」

「これらを他国の人間に任せている不自然さを疑問に思おうよ」

「陛下からすれば、自国の人間だからな」

「それはそうなんだけど!!」


 この国の流通は、地元の商人だけでなく、行商人に頼っている部分もある。


 行商人は城下以外も行き来して、この城下に物やお金が滞らないようにしてくれているのだ。


 基本的にこの世界の人間は、あまり生まれた場所から離れたがらない。


 だが、行商人となる人間は物好き、いろいろな場所を見聞きしたい人間がなるものらしい。


 それ以外の理由としては、地元に愛着がなかったり、特別大事な人間がいない身軽な人とかも選ぶ職業の一つだろう。


 行商人以外で生まれた場所から離れようとするのは、新鮮で正確な情報を追い求める情報国家の人間たちかな?


「九十九は案がある?」

「健全化にする分かりやすい方法は会計監査の実施だな」

「会計……、監査?」


 監査とはなんぞや?


「商人たちにも出納帳などを提出させて、その中身が適切に処理されているか審査する。勿論、それだけだと反論は大きいから、それを提出する商人には優遇措置が必要になるかな」

「それって二重帳簿を作ることになったりはしない?」


 監査とかはよく分かっていないけど、出納帳……、それが家計簿みたいなものだってことぐらいは分かる。


 そして、それらを本物と偽物を用意して、お上の目を誤魔化すとかは、漫画や小説でお約束の話だ。


「割と、裏帳簿って面倒だぞ? 二重に計算の必要があるし、うっかり計算ミスをするとすぐに矛盾点が指摘される」

「おおう」


 意外と簡単にはできないものなのか。

 それならそれはすぐに実行しては良いのでは?


「問題は、それをする土台がまだまだ足りない」

「土台?」

「監査をする人間の目とか、出納帳の作り方とか、それらの根拠資料となる領収書や、見積書の考え方が一般化されていない」

「ああ、時代が追い付かないのか」


 確かに、それらがちゃんとできていれば、ここで書類に埋もれることなんてないだろう。


 二重帳簿ってレベルではないほど多重書類の山なのだ。


 同じ書類を何度も見せるなと言いたい。

 しかも、内容が全く同じなのに、文字が違ったりするから余計にタチが悪い。


 同じ要望を何度も繰り返せばそれが罷り通ると思うな!!


「九十九はよくそんなことを知っているね」


 思わず感心してしまう。


 セントポーリア国王陛下がわざわざお題としてこちらに寄こしたと言うことは、この世界はそこまで発展していないってことだ。


 つまり、九十九は独学で考え出したわけで……。


「お前も()()()()()()()だが?」

「ほ?」


 なんですと?


「中学三年生の公民で、そういった基本的なことは習ったはずだと言っている」

「……おおう」


 盲点だった。


 公民……、俗にいう現代社会。


 そんなの覚えているはずがないじゃないですか。

 もう必要ないと思って知識から転がり落ちていますよ。


「お前は中学の社会で何を学んだ?」

「地理と歴史かな」

「現代社会こそ頭に残しとけ!!」

「おっしゃる通りでございます!!」


 確かに、あの世界の地理や歴史なんてほとんどこの世界では意味ないね!?


 いや、人は歴史から学べる生き物だ。

 だから、わたしの学んだ歴史もいつかどこかで役に立つはず!!


 ほら「走為上(そういじょう)」とか、人間界では凄く有名だよね!?


「兄貴から教科書借りて覚え直せ」


 おお、その手があったか。

 雄也さんなら人間界の教科書は残してあるだろう。


「九十九は持ってないの?」

「オレは自分でまだ使っているんだよ」

「じゃあ、覚えたら貸して」


 雄也さんはわたしたちより二年前の教科書を使っているはずだ。

 改訂されているかは分からないけれど、どうせなら、新しい方が良いよね?


「オレも覚え直している最中だから、時間はかかるぞ」

「良いよ。時間はあるから」


 人間界にいた頃のように一年とかの期間制限があるわけでもない。


「ねえよ」

「ふ?」

「この先、お前が政に関わるなら必要だ。だが、そのつもりはねえだろ?」


 言われてみればそうだけど……。


「覚えるに越したことはないでしょう?」

「まあな」

「知識はあって困るものでもないからね」

「確かにそうだな」


 わたしの言葉に九十九は柔らかい笑みを見せてくれた。


 彼はわたしのやりたいことを頭ごなしに否定はしない。


 まあ、明らかに阿呆だとか危険だという時は別だけどね。


「学べる間は勉強するよ」


 それが許されている限り。


「それに、万が一の時の就職活動としても良いかなと」

「あ?」

「母みたいに働く女性ってかっこ好くない?」


 人間界にいた頃だって働く気でいたのだ。


 それなら、この世界でその道を目指しても良いんじゃないかな?


「働くって、この城でか?」

「いや、それは無理でしょう。今だって、短期間だからどうにかなっているだけで、ずっと変装し続ければ、いつかはボロが出ちゃうよ」


 それにわたしが働く頃には、この国の王子殿下が即位しているだろう。


 雇ってもらえるとは思えないし、王の娘(わたし)だってバレたら、逃げられないように魔封石(ディエカルド)とやらで作った首輪とか付けられそうだよね?


 偏見?


 でも、手配書とかを見ているとそんな気がするんだ。


 出会った時は、迷子だったわたしを助けてくれたし、良い人っぽいと思ったのに、それ以降、この国から出た後になって、どんどん嫌な評判とか聞くことになるのはどうしてだろうね?


「就職するなら他国かな。ストレリチアなら雇ってくれそうじゃない?」


 その頃にはグラナディーン王子殿下も即位しているかもしれないし、オーディナーシャさまには秘書は要らないだろうけど、どこの国にも文官なら必要としている。


「『聖女の卵』じゃなく、就職する気か?」

「できればその肩書きは捨てたいからね」

「それなら、ストレリチアよりはカルセオラリアだな。現王子殿下の秘書は出来そうだぞ」


 九十九が笑った。


 それは夢でしかないと馬鹿にすることなく。


「でも、絵を描く方は良いのか? 漫画を描きたいんだろ?」

「食い扶持は稼がないと。ああ、でも、カルセオラリアなら、漫画も描けそうだね」


 あの国には「お絵描き同盟」の湊川くんもいる。


 あ~、でもメルリクアン王女殿下と結婚したら、漫画を続けるのは無理かな?


「食い扶持ならオレが稼いでやるよ」

「ほげ?」

「だから、お前は好きなことをしろ」


 あ?

 あれ?


 今のって……。


「いやいやいや! 九十九だけにはさせられないよ。わたしも稼ぐから!!」

「そっか。じゃあ、二人で稼ぐか?」


 ほぎょっ!?


 いや、九十九くん?

 あなた、今、何を言っているのかお分かりですの?


 でも、それを顔にも声にも出せない。


 今、出したら、全てが終わっちゃう。

 そんな気がした。


「まあ、お前が婚姻するまでの話だな。それ以降は、その相手次第だ」


 九十九は困ったように笑った。


「そ、そうだね」


 そうなのだ。


 わたしが今のように、自由にできるのは、結婚するまでのこと。

 九十九が言うのは、それまでの話だ。


 決して、その先の話ではない。


 だけど、先ほどの九十九の言葉を聞いてしまったら………?

作中にある「走為上(そういじょう)」とは「三十六計逃げるに如かず」の語源となった言葉です。


そして、この話で98章が終わります。

次話から第99章「今を生きる」です。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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