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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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見事な手腕

「ふうっ」


 大きく息を吐き出すと、ようやく、心が落ち着いた気がした。


 だが、巨大魔法を連発し続けた直後のような疲労感と、それに伴って流れ落ちるモノが酷く気持ち悪い。


 それらを拭い取り、この個室から出る前に、念のため、自分の身体に対して入念に「洗浄魔法」を施す。


 ついでに「消臭魔法」も。

 これで、怪しまれることはないだろう。


 尤も、栞はまだ風呂から出る様子がない。

 体内魔気が安定しているから、落ち着いているようだ。


 だが、それ以上、余計なことを考えると、余計なものをまた吐き出すことになるので、そちらから思考を逸らすために、本を取り出した。


「お待たせ~」


 暫くすると、頬を上気させた栞が出てきた。

 久しぶりに見る風呂上がりの栞。


 相変わらず可愛いが、どうして、彼女はタオルと乾燥石の使い方が下手なのだろうか?


 何故か、いつも前髪から雫が落ちている。


 これが後ろ髪なら分かるのだが、何故、見えている場所も駄目なのだ?


「こっち来い。乾かすぞ」

「毎回、悪いね」

「まったくだ」


 そんな他愛のない会話も久しぶりだ。


 栞の背後に回って、できるだけ彼女の顔を見ないように乾燥石を使って、髪を乾かしていく。


 それでも、自分の視界に入る白い項とか黒髪の後れ毛とかが酷く艶めかしいものに思えた。

 どうして、これだけオレの思考は揺さぶられてしまうのだろうか?


 思わず、この細い肩を抱き締めたくなるが、なんとか耐える。


 三回ぐらいでは足りなかったか。

 だが、時間を考えれば、それが限度だった。


 どうしても、本物を前にすると、新たに邪な感情が湧き起こるのはなんとかならないものだろうか?


「母ってさ~、若く見えるよね?」


 オレの気も知らないで、暢気な主人はそんな話題を持ちかける。


「実際、若いだろ?」


 髪を乾かしながら、オレはそう答える。

 会話をしていた方が、オレの気も紛れる気がした。


「でも、三十後半だよ?」

「この世界ではまだまだ現役だ」


 極端な話、子供だって産める。


 いかん。

 思考がそちらに引きずられているな。


「母は人間なんだけど」


 あの人を普通の人間枠に入れて良いのか悩むところだが……。


「人間界でも四十前後は働き盛りだ」


 そう言った意味でも、「現役」という言葉に誤りはないだろう。


 まあ、スポーツ選手とかになれば、いろいろ難しくはなるとは思うが。


「そうなのか」

「定年まで猶予がまだまだあるだろう?」

「言われてみればそうだね」


 一応、納得はしたようだ。


「だけど、気のせいか、この世界に来てから、さらに若返ったように見えるんだよね」


 この世界に来てから?

 ああ、そんな感じはするな。


「九十九はどう思う?」


 髪の毛を乾かし終わっても、この話題を続けたいらしい。

 まあ、時間に迫られているわけではないから問題はないが。


「……千歳さんな~」


 実際、あの人は栞以上に謎が多い。


「兄貴も言っていた。人間界にいた時も、若く見えていたが、この世界に来て、確実に若返っている気がする……と」


 その理由は体質的なものか?

 それとも、創造神の加護によるものか?


 その判断はオレにも兄貴にもつかない。


「雄也がそう言うなら、間違いなさそうだね」

「お前……」


 それは兄貴がそれだけ千歳さんのことを見ているということでもあるのだ。


 そのことに、栞は気付いていないのだろうか?


「いや、そうなんだろうけど……」

「ぬ?」


 オレの言葉に栞は不思議そうな顔をする。


「だが、実際、千歳さんが若返っていたとして、何か問題があるか?」

「問題……? ないかな」


 確かに表面上の問題は少ない。

 だが、皆無ではないのだ。


「現状、若い文官に言い寄られて、陛下の機嫌が悪くなるぐらいだな」


 アレは結構、見ていてきついものがある。


 主に陛下の圧が何故か、当人たちではなく、オレの方に向けられるのだ。


「……ほへ?」

「気付いてねえのか?」


 あれだけ露骨なのに?

 いや、栞に圧が向けられないから気付かないだけか?


「何が?」

「政務室で、陛下に見張られながらも、文官たちは千歳さんを口説こうとしているぞ?」

「ほげ?」


 アレは見事だと思う。


 だが、陛下の目を盗もうとしたところで、その気配は察している。


 だから、オレに害があるのだ。


「それとなく誘いをかけている。オレやお前の近くでさえな」

「え? いつ?」


 純粋な疑問。


 この女はあの場で男装させていてのは正解だったと心底思った。


「『これが終わったら食事をしませんか? 』、『早く終わらせて休みましょう』、『少し休憩しませんか? 』、『お疲れのようですね。隣室でゆっくりされてはいかがでしょうか? 』。これらは、口説き文句だぞ?」

「……何故に?」


 本当に分からないらしい。


「まず、陛下の目を盗んで声を掛けている」

「はあ」


 分かったような分からないような答え。


「それらの言葉の間に『二人きりで』という言葉を付けてみろ。一気に意味が変わるぞ」

「へ?」


 栞は少し考えて……。


「いやいやいや、考え過ぎじゃない?」


 そう結論付けた。


「陛下の目を盗んで、千歳さんの肩や腰を抱こうとしていてもか?」


 それを見事に躱すのは流石だと思う。

 綺麗に流すのだ。


「えっちだ」


 そして、栞はそれについては即答だった。

 しかも顔を顰めている。


「そうだな」


 オレや兄貴が自分にするのは全く気にした様子がないのに、同じことを母親が若い男たちからされるのは嫌らしい。


「まあ、誰かからの命令かもしれん。千歳さんを口説き落とせば、褒美をやる……とかな」


 実際、その可能性が高い。


 現状、陛下の一番近くにいる女性だ。


 それを排除するための手段としては分かりやすいだろう。


「それって、王妃殿下?」

「もしくは他の王族とかな。千歳さんの台頭を喜ぶ方が少ない」


 傍から見れば、千歳さんと陛下の間に見えるのは仕事関係、もしくは戦友だ。


 陛下は文官たちの前では見事にその感情を抑えている。


 寧ろ、あれだけ仕事を押し付ける相手に愛情を向けているなんて、少なくとも文官たちは思わないだろう。


 どんなサドだ?


「母、ピンチ?」

「今のところは躱している」


 陛下の考え方が能力主義になったとしても、その周囲に蔓延っているのは、やはり昔ながらの血族主義だ。


 文官たちもその全てが有能とは言い難い。

 仕事の合間に未婚の女を口説く暇があるほどだからな。


 まあ、千歳さんに言い寄ろうとすれば、その彼女自身から新たな仕事を追加されてしまうわけだが。


 千歳さんも心得たもので、ソレ用の仕事を常に手に持っている。


 身体に触れられそうになったら、書類でガードしつつ、「お手伝いありがとうございます」と笑顔で押し付ける様は見事だと思った。


 あれは、栞にはない手腕だろう。


「まあ、陛下よりも良い男がいないってのもあるだろうけどな」


 結局はそこに行きつく。


「……雄也とか?」


 ちょっと待て?

 そこでその名を出すなよ。


 栞にとっては兄貴が陛下以上の良い男ってことになるじゃねえか。


「洒落にならない話は止めてくれ」

「洒落にならないのか」


 兄貴の中に千歳さんへの想いは確かにまだある。

 それはもうしつこいぐらいに。


 栞への感情とは明らかに別種で、あれは、神格化しているんじゃねえかって思えるほどに。


「何より、陛下の目を盗んで口説くことが難しいよな。陛下が千歳さんを傍から離したがらない」


 それは兄貴だけに限らない。


 尤も、兄貴が分かりやすく千歳さんを口説き始めたら、模擬戦の名を借りた地獄が待っているだろうと思っている。


 オレも巻き込んで。


「それはそれで、いろいろ複雑なんだけど」


 栞が複雑そうな顔をした。


「? 二人の仲が良い方が良いだろう?」


 少なくとも、陛下に護られている間は、千歳さんの安全は保障されている。

 実際、下手に手を出したらその相手がどうなるか分からない。


「悪いよりはね」


 栞は困ったように笑った。


「あの方に母を取られたくないと言う娘の気持ちもあるんだよ」

「……ああ」


 恐らくは嫉妬みたいなものなのだろう。


 だが、それが実の父親と分かっている相手にも抱くのは理解できない。


 それでも、自分が一番近くにいたのに、別の人間に取られるのは嫌だと思う感情だけはオレにも分かる気がした。


「勝手だよね」

「ああ、勝手だな」


 まるで、自分の心を読まれたみたいな言葉に、オレはそう返すしかない。


「わたしは母離れできてないのかな?」

「さあな」


 昔よりはずっと離れていると思う。

 昔のシオリは、本当に母親が全てだったから。


「でも、お前が千歳さん以上に大事な人間ができたら、自然と離れることができるんじゃないのか?」


 つまりはそういう話だろう。


 今でも、一番が母親だから、離れがたい。


 離れて欲しくない。


 誰かに奪われたくない。


 誰の話だろうな?

 思わず自嘲したくなった。


「なるほど……」


 栞は納得したように頷いて……。


「じゃあ、もうじき、離れられるかもね」


 人の気も知らないで、そんなことを言うのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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