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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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喜べない話

「ふひ~」


 お風呂に入る時ってなんで変な声が出るんだろうね?

 わたしだけかな?


 参考資料が少なすぎる。


 水尾先輩や真央先輩は、一緒に入る機会がないから分かんないや。


 お風呂に入る前に説明されたけど、わたしが母の私室と思っていた部屋は、実は、客室だったらしい。


 確かにそんな場所でなければ、一応、客人扱いとなっている九十九が、一人で迎えに来るなんておかしいか。


 いろいろ問題になってしまうだろう。


 そして、その客室は実は陛下の部屋から出入りできる隠し通路があるそうだ。

 母はそこから出入りしていたらしい。


 なんで、城にそんなものがあるのだろうか?

 それを知っているのは、母と陛下だけだそうな。


 確かにそんなものを知られていたら、陛下の部屋に簡単に侵入できてしまうからだと思う。


 いや、陛下はほとんどその部屋にいないらしいけど。

 基本、政務室にいる人だからね。


 九十九はその間、政務室で他の文官たちと一緒に寝泊まりしていたらしい。


 いや、それもどうなの?


 客だよね?

 一応、扱いとしては他国の人間だよね?


 警戒心はないの?


 だが、そんなことを言っていられないほど、今は仕事が多いそうだ。

 交替で仮眠を取れるだけマシな状況だとか。


 九十九の話では、正常な判断力も失われてしまうほどの状態らしい。


 しかも、現状、猫の手も借りたいほどなので、仕事ができる人間ほど受け入れられやすいってことだろう。


 さらに、部屋には護衛もいるし、奥にいる陛下自身がとんでもないほど強いので、警戒心は薄れているのだろうとのこと。


 ある意味、平和ボケってやつなのかな?

 まあ、好都合だし、こちらも陛下を害する意思などないから問題はないのだろうけど。


「それにしても……」


 少しずつ思い出されていく。


 わたしの意識が飛ぶ前に、最後に見た陛下の魔法は凄い魔法だった。


 これまで何度か見た周囲の空気を圧縮するのではなく、単純に上から肉体を圧し潰すような魔法。


 それだけでも、わたしは混乱したのだ。

 そして、上から押さえつけられるスポンジの気持ちが分かる気がした。


 でも、あれって、本来ならどうやって抵抗すれば良いのだろう?


 慌てていたとはいえ、「台風」はないことは分かる。


 いや、自分の全身を押さえつけてくる空気の圧力を下げるって、それしか浮かばなかったのだ。


 低気圧にすればなんとかなる。


 低気圧で低いって熱帯低気圧。


 つまりは台風!!


 そんな阿呆な発想だった。


 しかも自分に大ダメージの自爆技となったらしい。


 久しぶりに、風邪ひいて寝込んだ気がする。

 そして、雨粒も大きくて豪雨に打ち付けられるってこんな感じなのかと実感したのだ。


 あの激しさは、安いビニール傘なら風とか関係なく突き破っちゃうんじゃないかな?


 考えてみれば、台風の最中(さなか)に家から出たことなんてなかった。

 叩きつけるように吹く風によって、震える窓から外を見るだけだったのだ。


 あんな状況で、合羽を着こんで中継してくれる台風レポーターさんは、本当に大変なことをしていたんだね。


 そんな阿呆な自爆魔法によって、身体を冷やしたわたしは、母によって裸にされ、温められたらしい。


 まあ、服も濡れていたからそうなるよね?

 そして、あの場にいたのは陛下と九十九、雄也さんの殿方ばかりだった。


 緊急事態とはいえ、その場で裸にされなかったのは、彼らが紳士ってことだろう。


 そこで、母が召喚され、寝込んだわたしの看病をしてくれたらしい。

 その辺り、あまり、よく覚えていないけど。


 でも、落ち着いたことは分かる。


 そして、その間、母の代わりに九十九が扱き使われることになったと。

 それが、母にとっては良い休息となったようだ。


 母も徹夜ほどではなくても、そこそこ遅い時間まで政務室で働いているらしいから。


 もう若くないのだから、あまり無理して欲しくはない。


 セントポーリア国王陛下よりは若いけれど、母ももう三十代後半だ。

 見た目はまだ二十代前半で通じる気がするけど。


 いや、本当におかしい。


 母は「創造神に魅入られた魂」という存在ではあっても、その肉体は普通の人間だったはずなのに。


 昔から、ほとんど変わらない容姿なのは何故だろう?


 あれれ?

 娘から若さを吸っている?


 いや、それなら、離れているここ三年間の母は一気に老け込むはずだ。


 でも、寧ろ、娘から解放されたせいか、若返っているような?


「九十九はどう思う?」

「……千歳さんな~」


 どこか疲れた様子の九十九に、わたしは入浴中に考えたことを確認する。


 疲れているのは仕方ない。


 わたしが呑気に寝込んでいる間に、九十九は書類仕事を頑張っていたわけだしね。


「兄貴も言っていた。人間界にいた時も、若く見えていたが、この世界に来て、確実に若返っている気がする……と」

「雄也がそう言うなら、間違いなさそうだね」


 わたしよりも観察眼とか洞察力とかが優れている人がそう言うなら、間違いはないだろう。


「お前、いや、そうなんだろうけど……」

「ぬ?」


 どこか歯切れが悪そうな九十九の言葉。


「だが、実際、千歳さんが若返っていたとして、何か問題があるか?」

「問題……? ないかな」


 若さはともかく、長く元気でいてくれた方がわたしは嬉しい。


「現状、若い文官に言い寄られて、陛下の機嫌が悪くなるぐらいだな」

「……ほへ?」


 母が、若い文官に?


「気付いてねえのか?」

「何が?」


 九十九が呆れたように肩を竦める。


「政務室で、陛下に見張られながらも、文官たちは千歳さんを口説こうとしているぞ?」

「ほげ?」

「それとなく誘いをかけている。オレやお前の近くでさえな」

「え? いつ?」


 そんなの知らない。

 しかも、自分たちの仕事している傍でだと?


「『これが終わったら食事をしませんか? 』、『早く終わらせて休みましょう』、『少し休憩しませんか? 』、『お疲れのようですね。隣室でゆっくりされてはいかがでしょうか? 』。これらは、口説き文句だぞ?」

「……何故に?」


 ごく普通の休憩を促す言葉だと思うけど?


「まず、陛下の目を盗んで声を掛けている」

「はあ」


 それぐらいで考えすぎなのではないだろうか?


「それらの言葉の間に『二人きりで』という言葉を付けてみろ。一気に意味が変わるぞ」

「へ?」


 これが終わったら食事をしませんか?

→ これが終わったら(二人きりで)食事をしませんか?


 早く終わらせて休みましょう

→ 早く終わらせて(二人きりで)休みましょう


 少し休憩しませんか?

→ 少し(二人きりで)休憩しませんか?


 お疲れのようですね。隣室でゆっくりされてはいかがでしょうか?

→ お疲れのようですね。隣室で(二人きりで)ゆっくりされてはいかがでしょうか?


「いやいやいや、考え過ぎじゃない?」


 その言葉を入れ込んでしまえば、どんな解釈も可能となってしまうだろう。


「陛下の目を盗んで、千歳さんの肩や腰を抱こうとしていてもか?」

「えっちだ」


 未婚女性に触れようとしている時点でそれはアウトだ。

 セクハラ案件だ。


「……そうだな」


 でも、何気に母ってモテモテ?


 若い殿方から口説かれるとか……。


「まあ、誰かからの命令かもしれん。千歳さんを口説き落とせば、褒美をやる……とかな」


 うわあ、単純に喜べない話だった。


「それって、王妃殿下?」


 そんなことをしそうな人ってそれぐらいしか心当たりがない。


「もしくは他の王族とかな。千歳さんの台頭を喜ぶ方が少ない」

「母、ピンチ?」

「今のところは躱している。まあ、陛下よりも良い男がいないってのもあるだろうけどな」


 さらりと九十九は陛下を褒めているが……。


「……雄也とか?」


 陛下よりも若くて良い男となれば、真っ先に挙げられる人だろう。


 個人的な感覚なら、もう一人いるにはいるのだが、それでも、この場でその名を上げるのはなんとなく躊躇(ためら)われた。


「洒落にならない話は止めてくれ」


 わたしの言葉を受けて、その()()()()は、溜息交じりに答える。


「洒落にならないのか」


 でも、多分、母は雄也さんのことは息子感覚だと思っている。


 まあ、雄也さんの方から本気で母を口説こうとしたら分からないけれど、それでも、そんなことにはならないんじゃないかな?


「何より、陛下の目を盗んで口説くことが難しいよな。陛下が千歳さんを傍から離したがらない」

「それはそれで、いろいろ複雑なんだけど」


 あまり女としての母親は見たくないな~。


「? 二人の仲が良い方が良いだろう?」


 九十九が不思議そうな顔で確認する。


「悪いよりはね」


 安全保障を国王陛下に頼っている以上、その方が良いとは思う。


 それでも……。


「あの方に母を取られたくないと言う娘の気持ちもあるんだよ」


 その考え方自体、子供っぽいとは思うし、母の幸せを願うべきだとも思う。


 でも、現状、このままで母が本当に幸せになれるとは思えない。


 何より、夜更かしすることが日常化して身体を壊しそうな職場環境を好きな人に与えているっておかしくない?


「……ああ」


 九十九は少し考えて、納得したように頷いてくれたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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