限界まで試される
―――― 布団に包まれた愛らしい女が現れた。
どうする?
「持ち帰り一択だな」
「へ?」
「いや、こっちの話」
オレは自分の失言を誤魔化すかのようにそう言った。
入室の合図をして、中から返事があったから扉を開けてもその姿はなかった。
だから、奥まで来たのだが……?
「なんだ? その恰好」
目の前の女は寝台の上で、布団にくるまれて顔だけ出していた。
見ようによっては布団に食われているようにも見える。
栞が回復したからと千歳さんに言われたので迎えに来たが、この状況は一体?
「いや、服が無くて」
顔を赤らめながら、とんでもないことを口にされた。
「着ていた服は?」
確か兄貴が吸水性の良い服に着替えさせたはずだが?
「母が持って行っちゃったみたいで困っている」
「千歳さ~~~~~~~んっ!?」
なんで、あの方は時々、そんなことをするのか?
「まあ、叫ぶしかないよね」
妙に冷めた返事。
いや、当事者はもっと慌てろ?
なんだ?
つまり、その布団の中は……?
「確認するが、服がないってどういうことだ?」
「素っ裸」
「もっと言葉を飾れ!?」
いや、真っ裸に言葉を飾るも何もないわけだが、あまりにも直接的な表現だとオレが物凄く困る。
寝台の上で、何も身に纏っていない女が自分を待っているとか、これはもうギャルゲーを超えたエロゲーの世界だろ!?
「ちょっと待て」
なんで、この母娘はオレの理性を試そうとするのか?
それも、限界まで。
「そんなわけで、服を出してくれると嬉しいんだけど」
「そうだな」
オレは慌てて、栞の服と、肌着系が入っていると思われる袋を取り出した。
「ほれ」
「ありがとう」
布団から白い腕が伸ばされる。
その隙間から、見えそうで見えない。
いや、見たら駄目だろう。
だが、見えないからこそ、見たいと思ってしまうのが悲しい男のサガである。
「あっち見ててね」
布団に身を包んだまま、栞はそう言った。
確かにジロジロ見ているのは護衛ではない。
ただの危険人物だ。
だが、衣擦れの音とか、毎度気になる。
どうして、この女はオレを部屋から出さずに着替えることに抵抗がないのか?
何かの勢いで、うっかり見るとか考えないのか?
考えてねえな!!
「ふぐぐ……」
何やら苦戦している声がするが、振り向かない。
これは罠だ。
時間的にまだそんなに着替えが終わってない。
だから、これは罠だ。
罠でしかない。
絶対に罠だ!!
「あれ?」
何やら気になる声がするが耐えろ。
罠だ。
天然の罠だ。
「雄也は?」
「ああ、兄貴なら……」
その呼びかけにうっかり振り返って、固まってしまった。
そこには布団しかない。
いや、動いているから布団の中にいる。
完全に布団の中で着替えているらしい。
大きな布団に小柄な栞だからできることだ。
いや、右足だけが膝の上まで見えているけど、残念ながらそこまでしか見えない。
えっと、拝むべきか?
違う。
「兄貴なら、リプテラに戻っているぞ。この城に留まっているのはオレだけだ」
「そっか」
特に気にした様子もなく、着替えが続けられる。
えっと、右足が何度も魅力的な太ももを見せてくれているのだが、これは、どうすれば良いんだ?
オレは今、何を試されてる?
理性だな。
だが、心の中でしっかり拝ませていただく。
流石にこれぐらいで襲い掛かるほどではない。
男として、素直に美味しそうだとは思うけれど、それだけで理性が吹っ切れてしまうほどではなかった。
幸い、顔が見えていないからだと思う。
布団から足が生えただけではオレはそこまで欲情しないらしい。
「あなたはずっとこの城にいてくれたの?」
「ああ」
離れる理由がなかったからな。
まあ、その分、任された書類仕事が多かったが。
「それは悪かったね」
「いや、収穫もあったから良い」
書類仕事から得られるものもあったが、一番は、書物庫を使う権利をもらったことが大きい。
兄貴も持っていただろうが、オレも存分に本を複製させてもらった。
これで、暫くは調べ物に困らないだろう。
「収穫?」
「本をいっぱい頂いた」
「わたしも読んで大丈夫なもの?」
「ああ」
「それは楽しみだ」
そう言って、栞は顔を出した。
「およ?」
そして、みるみる顔を赤くすると……。
「えっち~~~~~~~っ!!」
そう叫ばれた。
「馬鹿言え。布団に魅力を感じるような性癖はねえ」
どちらかといえば、今のその顔の方がヤベエ。
「布団?」
「振り向いても布団しか見えてねえよ」
顔を出したせいか、布団の位置が下がり、先ほどまで見えていた右足はしっかり収まってしまった。
残念だ。
「それでも、え? ずっと見ていた?」
「兄貴の話題をした時からだな」
「うわっ!?」
どうやら、この女にも羞恥心はあるようだ。
「布団しか見えねえんだから問題ないだろ?」
「問題しかない!! だって、この下、その話題中はまだ下着姿だったんだよ!?」
その発言こそ問題しかない。
想像しちまうだろうが。
あの下に下着姿の栞とか!!
どう考えても御馳走でしかない。
「見えてねえ」
「ほ、ほんとに?」
「見えていたら、オレの方が騒いでいる」
「そ、そうか……」
そこで納得して安心するのはどうなのか?
オレの方は内心、心臓がバクバクしている。
それよりもっと下の方は、まあ、それこそ落ち着いていられるはずがねえな。
身体に付いていても、別の生き物のようなものだし、オレも健全な思考と健康な身体を持った青年なんだ。
この生理的な反応だけはどうしようもない。
幸い今日も身体のラインが分かりにくい格好をしているので、服が誤魔化してくれると信じよう。
「着替えは終わったか?」
「あ? えっと……、下がまだ」
赤らめた顔のまま、栞はそう返事をした。
「とっとと着替えろ」
そう言ってオレは背を向ける。
あっぶね~。
つまり、下はまだ下着姿ってことだよな?
それはそれで、要らん妄想が捗るので、勘弁してほしい。
先ほどから見えていた太ももよりも、さらに奥……とか。
移動前にト……、いや洗面所を借りたい。
ここは客室だからあるだろう。
そこでいろいろなモノを発散させないと多分、マズい。
書類仕事の疲れもある。
ああ、陛下がストレスをため込んで暴れたくなる気持ちがよく分かった。
あの仕事量を毎日繰り返していたら、思考がおかしくなるだろう。
客室でなにやってるんだと言われそうだが、これはそう仕向けた人たちが悪い。
なんだこれ?
陛下はともかく、千歳さんは自分の娘に手を出して欲しいのか!?
「着替え完了~」
「そうか」
だが、三日ぶりの笑顔に少しだけ癒された気がした。
少しだけ欲が浄化された気もするが、同時に別の欲も増す。
先ほどまで抱いていたのは、男の情欲だが、今、オレに浮かんでいるのは抱き締めたいと言うものだった。
「随分、疲れてない?」
「お前が寝ている間に、これ幸いとばかりに仕事を手伝わされたからな」
「おおう」
「兄貴は早々に逃げた」
「流石だね」
正しくは時間切れだ。
また一週間後に姿を見せるらしい。
陛下は書類仕事を準備して待っていると声を掛けていた。
高熱を出した栞が目覚めるまで、オレだけが残って、書類仕事をすることになった。
まあ、栞を置いて城下の森に戻るわけもいかないし、その間、ここで無為に過ごすこともできないので、仕事が与えられる分には良い。
量は多いが、単純な仕事ばかりである。
寧ろ、この城の文官たちはどうしてこれに手古摺るのかが分からない。
「着替えをした直後にいうのもあれだけど……、お風呂入りたい」
「ぶっ!?」
この状況でなんてことを言いやがる?
「いや、三日三晩寝こけていたってことは、三日もお風呂に入ってないってことだよ? ちょっと、それは嫌かなって……」
「ああ」
その気持ちは分からなくない。
栞は風呂好きだ。
入る時も出た時も毎回、機嫌良さそうにしている。
それなら……。
「ここの風呂が使用できるか、千歳さんに確認する」
「ありがとう」
幸い、この城で使うための通信珠は持っている。
備え付けのものは使う気になれなかった。
どこかで傍受される気がして。
だが、風呂。
風呂か~。
どうして、この女はオレの理性を試すような行動しかとらないんだろうな?
オレは溜息しか出ないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




