状況説明
柔らかな光差す部屋。
かなり高級な寝具に包まれて……。
「すっぽんぽん」
こんな状況はどうかと思う。
わたしは一糸纏わぬ姿で、この場所にいた。
何故!?
「年頃の娘にしてはおじさん臭い表現ね」
そんなわたしを見ながら母は笑うが……。
「いや、どうしてこうなってるの?」
現状、素っ裸の身としては茫然とするしかなかった。
母しかいない場所ではあるみたいだけど、なんとなく布団に包まれる。
柔らかく肌触りが良い布団だ。
素肌に布団ってこれまでやったことがなかったけれど、ここまで良い布団だとかなり気持ちが良い。
なんとなく裸族の気持ちが分かる気がした。
いや、裸族は布団も使わないんだっけ?
「覚えていない?」
「全く」
「じゃあ、どこまで覚えている?」
母に促されて考える。
「陛下に風魔法の的にされたことだけは覚えている」
「的? 勝負ではなく?」
「当人も『的になれ』と言ったよ」
「へえ?」
その母の笑みに少し室温が下がった気がした。
母は室温調整魔法を使えるらしい。
違う。
これは人間界にいた頃から装備されているものだ。
母の初期装備だ。
「て、抵抗はして良いと言われたから抵抗はちゃんとしたよ」
なんとなく、陛下の身が案じられたので、補足はしておく。
わたしも光球魔法とか投げつけたし。
「それで局地的に台風を出し、豪雨にその身を打たれて高熱を出し、三日三晩寝込んだと」
「三日三晩!?」
それ、寝すぎ!!
「驚くところはそこじゃないわねえ……」
「あれ? 台風?」
しかも局地的に?
「わたしが出したの?」
「九十九くんと雄也くんの話では、そうらしいけど」
「ぬ?」
台風?
なんで?
そもそも室内で台風って可能なの?
「陛下の魔法に対抗したらしいけど、そこは覚えてないようね」
「陛下の魔法?」
風魔法に対抗して台風って発想は阿呆じゃないでしょうか?
「えっと、なんて言ったかしら? 確か、『大重圧魔法』という魔法だったらしいけど」
「身体が夏になりそうな魔法だね」
その言葉を聞いて最初に出てきたのはそれだった。
「その発想はどうなの?」
「いや、なんか、最近、歌のことを考えることが増えたから、つい……」
自分でもどうかと思うが仕方ない。
「えっと、ハイで、プレッシャーだから、精神的な圧迫?」
「栞は言語を覚えた割に、発想は変わらないのね」
あれ?
なんか、呆れられた?
「『pressure』にはもともと圧力って意味があるの。『press』自体に押さえつける、押し付けるって意味があるからね」
「ああ、あるね」
「…………」
あれ?
母の目がブリザード?
「栞は魔法と言語が結びついていない?」
「ん~。そういうわけではないのだけど……」
言われれば理解できる。
でも、普段、文字しか見ていないから、耳で聞いた言葉が咄嗟に変換ができないのだ。
わたしに「バイリンガル脳」などというものは備わっていないんじゃないかな。
「なんで、魔法詠唱のほとんどはライファス大陸言語なのかなとは思うことは多々ある」
出身大陸の言語なら分かる。
そして、九十九や雄也さんがライファス大陸言語を使うこと自体も不思議ではない。
彼らの親がライファス大陸言語を使っていたなら、使う言語がそうなるのは自然だろう。
でも、水尾先輩もセントポーリア国王陛下も魔法を使う時に口にする言語は、ライファス大陸言語なのだ。
「それは仕方ないわ」
「ほえ?」
母は頬に手を当てて溜息を吐いた。
「誰でも使える現代魔法と呼ばれるものを広めたのは、ライファス大陸言語を使うイースターカクタスだから」
「そうなの?」
「栞は歴史をもっと勉強なさい」
「割と頑張っているんだけどな~」
だが、まだ足りないらしい。
「そんなことだと、情報国家の国王陛下に笑われるわよ?」
「あの方、いつ、お会いしても笑っていたし、手紙からも笑みが伝わってくるほどなんだけど」
「あら、『伝書』のやりとりをしているの?」
「大聖堂を通してくる文だから直接の『伝書』とは違うかな?」
だから、時間差もあるが、割と頻繁に届く。
そして、九十九の検閲が入る。
雄也さんは手に取りもしない。
手にすると焼きたくなるそうだ。
どれだけ、あの方が嫌いなんだろうね。
まあ、初対面の印象は最悪だったから仕方ない。
アレとそれに伴う痛みまで思い出すから嫌だと言っていた。
「愛されているわね」
母ほどではないと思うけど……。
「あの方から、『寵姫』になれと言われたよ」
「自分の息子より若い娘に?」
母は呆れたように肩を竦めた。
「九十九たち曰く『エロ親父という種族は若い娘さんの方が好き』なんだって」
「あの人が、九十九くんたちのような若い子たちから『エロ親父』扱い……」
母のツボに入ったらしい。
笑いだしてしまった。
そして、笑いだした母はなかなか止まらない。
「それより、イースターカクタスが現代魔法を広めたって本当?」
「歴史の書物を信じる限りではね。この辺りは『現代魔法の歴史』系の書物に必ず書いてあるわ」
「なるほど。探してみる」
ここですぐに詳細を言わない辺り、自分で探して、読んで、覚えろと言うことだろう。
「それで、栞が台風を作り出したのは何故か思い出した?」
「えっと、陛下の魔法? 『ハイプレッシャー』で身体が押しつぶされそうになったから、気圧を下げようと……」
圧し潰されるって言葉で思い出した。
空気が物凄く重く感じたから……。
「気圧を下げる?」
「台風ってかなり低い気圧だったよねと思って……」
「ああ」
気付いたら、頭の中に天気図やら雨雲レーダーが浮かんでそのまま「台風」と呟いたのだった。
「それなら『減圧』じゃ駄目だったの?」
「はうあっ!?」
そんな単語。
思いつきもしませんでした。
いや、意味は知ってる。
圧力を下げるとかそんな意味。
でも、日頃、使う単語ではない言葉がすぐに出てくるわけがないのだ。
「我が娘は時々、いえ、しょっちゅう、阿呆ね」
「酷いっ!!」
「勝てないと分かった時点で降参なさい」
それは道理だ。
何かが懸かっていたわけでも、命の遣り取りをしていたわけでもなかった。
それでも……。
「彼らの前で負けたくない」
簡単に負けを認めたくはなかったのだ。
「それで、高熱出してぶっ倒れた様を見せていたら、もっとかっこ悪いでしょう?」
「ぐうっ!?」
母は容赦なかった。
「負けを認めるのも強さの内よ」
その正論にはぐうの音も出ない。
いや、さっき自分で「ぐう」って言っちゃったけど。
「まあ、ムキになった陛下も大人気ないとは思うけどね」
「へ?」
ムキになった?
「陛下の『暴風魔法』すら、貴女は強化魔法や防護魔法無しであっさりと凌いだでしょう? それは悔しかったと思うわ」
「どういうこと?」
「あら、無自覚?」
「ぬ?」
母が揶揄うような笑みをする。
「自分が自信のあることを年端もいかぬ小娘が涼しい顔してやり過ごすのよ? 腹立たしいと思わない?」
「陛下はそんなに子供っぽいかな?」
もっと余裕がある気がする。
寧ろ、わたしがそうしてくれる方が嬉しいと望んでいるような……。
「身内には呆れるほどお子様になるわね」
「ああ」
母の言葉に酷く納得できてしまうものがあった。
時々、あの国王陛下は、わたしたちと同年代かそれ以下に感じるようなことがあるのだ。
この考え方って不敬なのかな?
「まあ、陛下も昔は友達がいなかったから、仕方ないわね」
「いなかったの?」
結構、友達いそうな感じがするのに?
「第二王子殿下だったから……、らしいわ」
でも、第二王子殿下でもトルクスタン王子は友達……、そう言えば、雄也さんぐらい?
湊川くんとか黒川くんは従者だったし、水尾先輩や真央先輩は幼馴染で友人とはちょっと違いそうだ。
第二王子って友達出来ない立場なの?
「なんで?」
分からないから、素直に聞いてみる。
「すり寄っても得がないから」
母もあっさり答えてくれた。
「その考え方って嫌だね」
「そうね。私も嫌だわ。でも、第一子が後を継ぐ国ではそれが自然でしょう。生かされているだけ有難いと思えって国もあるわ」
淡々と事実を口にしてくれているのだろうけど……。
「……その考えはもっと嫌」
「そうね」
わたしの答えに母も寂しく笑った。
「だから、この国の第二王子だった青年は、見知らぬ奇妙な女を城に連れ帰るという愚を冒すことになった。情報国家のハニートラップとかも疑わずにね」
「母の色香でハニトラは無理じゃない?」
それが誰のことを言っているのかはすぐ分かる。
そして、この母にそんな妖艶な色気はない。
人を誑かす魅力は、ありそうだと思えてしまうけど、ハニトラとは違うだろう。
「ほう? その娘がよくも言うようになったわね?」
「いや、情報国家だってハニトラ要員は選ぶでしょう」
「世の中には清純派を好む人間もいるの」
「清純派は自分で清純派とは言わないと思うよ?」
まあ、セントポーリア国王陛下は清純派好みではあると思う。
なんとなく。
そして、情報国家の国王陛下はどっちでも良さそう。
「栞は随分、すれた考え方を持つようになったわね?」
母は肩を落とすが、そこまですれている?
「ズレた考えとはよく言われる」
「そこは変わらないのね」
「失敬な」
母がその基盤を育てたはずだけど?
「でも、元気になったようで良かったわ」
そのわたしを育ててくれた母は、笑うのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




