得意な技術で勝負
「このように魔法はいろいろと自由自在に操ることができるわけだ。勿論、使い手の技量、想像力に左右はされてしまうけどな」
水尾先輩がどこか得意げにそう教えてくれる。
「……勉強させていただきました」
九十九が素直に礼を述べた。
「炎が七色って凄いですね」
わたしも感心する。
「分かりやすかっただろ? イメージできればもっと細かく色を変えることもできるぞ。緋色とか茜色とか唐紅とか蘇芳とか臙脂とか……」
「なんで赤色系統ばかりなんですか?」
出てきた言葉はほとんど赤系統の和色ばかりだった。
いや、綺麗な色ばかりだと思うけど。
「これで赤色系統ばかりって分かる高田も結構あれだと思うが……。単純に好きなんだよ、赤が」
そう言えば……、わたしが初めて見た魔法は黒い炎だった。
あの炎は何も基本的な知識を備えていない人間の不安を煽るには確かに有効だったと今なら分かる。
そして、わたしは今でも思い出してしまうのだ。
自分に向かってくるあの黒い炎を。
「個人的に攻撃手段とするなら無色透明が一番だな。私はこれが一番好きだ。相手にとっては見えにくいから集中して魔気の場所を探る必要がある」
「無色透明……? そんなこともできるんですか?」
九十九が驚いたように水尾先輩に確認する。
「炎なら陽炎を思い出せば分かりやすいかな。空間に揺らめいている様はよく似ているよ」
真夏の道路を思い出す。
ゆらゆらと揺れる陽炎。
確かにあれが本当の炎だったら惨状になるのは間違いないだろう。
「防御にも使える……か? 見えない盾、結界……。風魔法では珍しくないが、その他の魔法でもできるとは……」
九十九が何やら考え込んでいる。
彼にとっては本当に勉強になったようだ。
「魔法には無限の可能性がある。そして、雄大な想像力があれば、いくらでも進化、開発することができるんだ。私は残念ながら型に嵌りすぎていて、新しい発想ってヤツに自信はない。さっきのだって誰かが考えたモンを自分なりに改良しただけだしな」
「新しい……、発想?」
「それって、頭の中でこうしたいって考えるんですか?」
「一般的に魔法は自分の頭の中に思い描いたものを形にしたものだと言われている。厳密に言えば、ちょっと違うんだが……。まあ、そのために自分で形を作るためにはっきりさせようとしたものが、詠唱……、だな」
「よくある『ふぁいあー』とか『あいす』とかですね」
我ながら、おかしな発音だ。
日本語的にも程がある。
「……まあ、そんなところだ。それに加えてもっとイメージを固めるために詠唱に形容詞、形容動詞……などを付ける。『大きい火』、『激しい風』、『清らかな水』……みたいにな。それをさらに応用したのが、『何とかのような……』と何かに例えることもできるんだ」
「先ほどで言うと、『龍のような水』ってことですか?」
「ああ。でも、さっき言ったように一歩間違えば、ただの魅せ魔法になってしまうこともある。単純に効果を期待するだけなら、大きい、強い、激しい、広い……という言葉をつけるほうが無難だな」
なるほど、言葉にした方が、効果もイメージしやすいからね。
「でも……、相手の戦意を削ぐのには十分効果的ですよ。少なくとも……、魔法で何かを表現するなんて考えもしませんでした。」
九十九が立ち上がって、手や膝をはたきながら言った。
どうやら、結界とやらはなくなったらしい。
「もしかしたら置かれていた環境の違いはあるのかもな。セントポーリアは保守的……、伝統や文化を重んじる国だ。だから、魔法に関しても教本どおりしか教えてもらわない可能性がある」
「そう言えば、セントポーリアは基本的に自分の家に伝わる程度の魔法しか身に付けず、兵たちですら新たな魔法を習得することはないと兄貴が言っていたのを聞いたことがあります」
「あ~。……ってことは、埋もれた魔法も多そうだな。勿体ねえ……」
魔法を研究しているような魔法国家出身の人としては、現状で満足して停滞を続けているだけの国は嫌なのだろう。
わたしも向上心、向学心、好奇心をなくして国が発展していくとは思えない。
でも、伝統や文化の保護と、何かを新規開拓というのは同時に行うことって難しいのかな?
「じゃあ、九十九や雄也先輩も誰かから習っただけ……ってこと?」
「あの人が今ある現状だけで満足すると思うか? 絶対、独学してるはずだ」
水尾先輩は棘のある言葉を口にする。
「オレは兄貴から渡された魔法書を片っ端から契約していっただけだな。兄貴は……、基本を習った後は水尾さんの言うとおり独学なんだと思う」
「ま、少年はまだ15歳だ。これから身に付くものもあるさ。さっきのだって発想の転換ってだけで特別、難しい技術ってわけじゃない」
く~~~~
その時、水尾先輩のお腹から可愛らしい音が聞こえた。
「えっと……?」
なんとなくちょっと気まずい空気が流れる。
「メシにしますか?」
でも、九十九はさほど気にした感じでもなく、既に新たなバッグ、食料袋を取り出して、手を突っ込んでいる。
「ああ、そうしてくれると助かる。腹、減ってる時に魔法なんて使うもんじゃねえな」
「オレが中に入らないんで、食べるのは外でも良いですか? すぐに準備しますから待っていてくださいね」
そう言いながら、次々と準備していく。
「さっき伐採した枝でも使って、火でも熾すのか?」
「いえ……、生木を使うのは狼煙を上げるのと同じですのでそれは避けるべきでしょう」
「……『なまき』って何だ?」
水尾先輩は不思議そうな顔をする。
「乾燥していない生の木のことですね。伐採した直後の木は水分を多量に含んでいるためにやや燃えにくく煙を大量に発生させてしまいます」
「燃えにくい? でも、人間界でも山火事はあっただろ? あれって生の木そのもののことじゃないのか?」
「燃えにくいわけで燃えないわけではありません。山火事なら火力が大きいため、燃えている先から乾燥させていきますしね」
「少年は物知りだな」
「水尾さんと興味の対象が異なるだけですよ。オレに水尾さんほどの魔法の知識はありませんから」
「なるほど……」
水尾先輩は納得したようだ。
『水尾さんって……、典型的な貴族の娘……なんだな』
九十九はこっそりとわたしに言った。
『人間界ではバスの乗り方もご存じなかったよ』
わたしも声を顰めて言葉を返す。
その時は驚いたのだが、魔界の……それも貴族の娘と知った今ならそれも納得できる話である。
それでも、「背負子」や「パオ」を知っている辺り、偏ってはいるけれど知識がないわけではないのだ。
恐らくは書物で得た知識……、九十九の言ったように興味の対象が異なるということだろう。
「じゃあ、料理の温めとかはどうするんだ? 湯でも出して湯煎か?」
「それは時間もかかりますし、今日のところは申し訳ありませんが、そのまま食べていただきますよ」
そう言って、九十九は食料袋から出した骨付きソーセージのようなものを手渡す。
「え~、冷えてる保存食って飽きないかあ? 朝食べたのも昼食べたのも美味かったけど、疲れている夜は、こうがっつりと温かいモンを食いたいよなあ」
ぶつぶつと文句を言いながらも受け取って口にする水尾先輩。
でも、わたしは知っているのだ。
「美味っ!? なんだこりゃ??」
「ただの保存食ですが?」
手渡されたものに齧り付いた水尾先輩は目を丸くする。
九十九は料理が得意だ。
そんな彼だから、冷えてこそ美味しい調理方法も知っているのである。
それは、保存食を作っている横で何度か味見という名の摘み食いをしてきたわたしはよく分かっていた。
しかし、何よりも驚愕すべき点は保存食という制限のある中、朝も昼も、そして夜も別の料理が出てくるところだと思う。
「人間界の保存食もパンの缶詰とか美味かったけど、いっぱい食うとさすがに飽きてくるんだよな。でも、これなら大丈夫! 飽きない自信がある!」
そもそも人間界の保存食というのは非常事態に備えたものがほとんどで、助けが来るまでの数日間、命をつなぐためのものだ。
つまり、お腹いっぱいにするためのものではないと思うのはわたしだけだろうか?
「はあ……、でも、少年の料理はどれも美味い。……というか、私好みの味だ。この食事から今までの食事の戻す自信はあまりないなあ」
それは同感だ。
少なくとも、わたしが魔界で作る料理はあまりまともな形になることは少ない。
いつかは九十九から離れるだろうけど、その前にしっかり彼から料理を教えてもらわないといけないのはよく分かったのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




