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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1849/2805

昔から知っている

 ―――― 温かい?


 最初に思ったのはそんな言葉だった。


 自分自身は焼けるように熱いのに、目の前の温もりはそれでも温かいと感じることができた。


 その上、目の前の温かさは落ち着く雰囲気も持っていた。


 まるでお布団のように柔らかく、心地よくて、このまま溺れそうになる。


 傍にいれば絶対に大丈夫だと強く感じられ、これにずっと守られていれば大丈夫だと妙な安心感。


 それが自分の中に少しずつ沁み込んでいく。

 温かくて、ホッとする存在なんてそんなに多くない。

 

 だから、思わず……。


()()()?」


 その優しい温かさに向かって、甘えるようにそう口にしてしまった。


「……()()()殿()()()()()()()ようになるとは……。栞も随分、大人になったものね」

「ほげ?!」


 どこか呆れたように呟かれたそんな言葉で、急速に覚醒する意識。


 寝起きが良いとか悪いとか、そんなことは一切関係ない。

 ぼんやりとした思考でもそれぐらいは分かる。


 叫び声とともに目を開けると、母が目の前にいた。


 いや、なんで?


「おはよう、お寝坊さん」

「母さん」


 やはり母だった。


「栞は九十九くんに、いつもこうして寝てもらっているの?」

「違う!!」

「でも、九十九くんから寝具扱いされているって聞いたわよ?」


 ぐぬぬぬ……。


 九十九め。

 余計なことを母に言ってくれたな。


 恥ずかしいじゃないか。

 しかも、誤解されるじゃないか。


 九十九のことだから事実しか言ってないよね?

 どうしてそうなったとか細かい経緯は絶対に言ってないよね?


「いつもじゃないよ」

「たまにってことね」


 くすくすと笑う母。


 そして、それは否定できないので素直に黙ることにした。

 これ以上、下手なことを言えば、ますます深みにはまることだろう。


 だが、この状況は一体どういうことなのか?


 なんかよく分からないけれど、同じ布団の中で、母が添い寝してくれているのは分かる。


 だけど、何がどうしてこうなっているのか、いくら考えても分からなかった。


「熱は下がったかしら?」


 母のひんやりとした手がわたしの額に当てられる。

 そんなどこか懐かしさを覚える行動になんとなく目が潤んだ。


「まだのようね」

「ね、熱?」


 この気怠さはそのせいか。

 だけど、どうして?


「なんで我が娘は屋内で激しい雨に打たれるのかしら?」

「雨?」


 なんだろう?

 意識がぼんやりしていて、思考が纏まらない。


 思考も視界もぐるぐる回っている。


「あらあら? まだ本調子ではないようね」

「雨に打たれて風邪ひいたなら、母さんにうつっちゃうよ」

「大丈夫よ。私は頑丈だから」

「この世界には病院がないんだよ?」


 たかが風邪だと油断できない。

 だから、わたしが少し調子を崩すと、九十九が過剰に反応してしまうのだし。


「大丈夫よ。たまには母親らしい事させなさい」


 そう言って、軽く頭を押さえつけられる。

 それだけで、眠気が襲ってきた。


 これはわたしは悪くない。


 この眠たくなるような居心地の良さが全て悪い。

 どこか、九十九に似た雰囲気を持つ母が悪い。


 全然、二人は似ていないのに、近くにいるだけで落ち着いてしまう安心感が似すぎているのが悪いのだ。


「子守歌もいるかしら?」

「『ゆりかごのうた』が良い」


 いつか、どこかで繰り返し歌い続けたあの歌は、元をただせば、母が何度もわたしに歌ってくれた歌だった。


「あら、素直」

「わたしはいつも素直だよ」


 そのまま、この心地よさに顔を埋める。


 柔らかくて温かい。


 昔は母が自分の全てだった。

 母の傍にいなければ不安で仕方なかった。


 いつから、わたしは母がいない場所でも大丈夫になったかな?


 でも、久しぶりに母の子守歌を聞いていると、それ以上深く考えずにわたしは再び、意識を手放したのだった。


****


 黒髪の娘が落ち着いた寝息を立てている。


 少し前は寝苦しそうだったのにようやく落ち着いたようだ。

 熱が下がったというのもあるだろう。


 だけど、屋内にいて激しい雨に打たれるなんて、器用なことをすると思う。


 震える声の陛下に呼び出された後、地下に出向いてみれば、そこには真っ青な顔の娘と、それ以上に真っ青な顔をした青年たちの姿があった。


 その背後には、昔、人間界で見た土砂降りの雨のように絶え間なく降りしきる大量の水。


 すぐに彼らに後始末を頼み、自分は娘に鬘をかぶせて自分の部屋に連れていった。


 重くなったと思う。

 本当は、お風呂に入れた方が良いのだろうけど、娘ももう小さな身体ではない。


 寝ている状態で入浴させることは無理だと判断した。


 服こそ乾いていたけれど、下着は濡れていたままだったので、それをひん剥いて、布団の中に突っ込み、自分も同じ布団に収まった。


 緊急事態だから気を使わなくても良いのに、彼らは変な所で紳士である。


 まあ、その場に陛下がいたというのもあるだろうけど。


 冷えた娘の身体に自分の体温も奪われていくのが分かるが、大した問題ではない。


 少しだけ、いつもより部屋を暖めて、そのまま、暫く過ごしたのだった。


 この娘は既に18歳。


 もう甘やかして良い年齢ではないのだろうけど、それでも、自分にとってはたった一人の大事な娘だ。


 自分の事情に巻き込んでしまった負い目もある。

 もっと自分がしっかりしていたら、この娘をここまで苦労させることはなかっただろう。


 だけど、今更、この娘がいない人生など考えられなかった。


「大きくなったわね」


 会うたびにそう思う。


 身体は、大きくならなかったが、それ以外の部分が大きく、眩しく見えて仕方ない。


 15歳までは間違いなく自分が育てたと言う自負はある。

 だが、それ以降、娘は周囲に恵まれ、その羽を大きく広げて羽ばたいている。


 自分だけでは、今の娘はなかっただろう。


 数カ月前、ストレリチア城で再会した時は、我が目を疑った。


 別れた時、護られるだけだったはずの娘は、気付けばたった二年で自分なりの力を身に着けていたのだ。


 その経緯はずっと報告はされていたのに、それを自分の目で見るまではやはりどこかで信じられないものがあったのだろう。


 だが、その姿を見れば信じるしかなかった。


 この国の王族に相応しいだけの魔力と魔法力。


 体内魔気とかに鈍い自分でも分かるぐらいの圧倒的な存在感。


 この国の王にも認められ、情報国家の国王が気に入るだけの魅力ある娘。


 その経緯を見続けられなかったのは残念ではあるが、だからこそ、娘は成長してくれたのだとも思う。


 決して、美人ではない。

 でも、目に入れても痛くないほど可愛い娘。


 あの日、光に包まれて生まれた娘は、自分と周囲に希望を与えた。

 自分がこの城で戦っていく決意をしたのも、娘の存在が大きく影響している。


 自分が強くならねば、護れないと。


 だが、娘は、そんな自分の想像もできない方向に強く大きく眩しく成長してくれた。


 ―――― 導きの聖女


 その名はまだこの国では知られていないが、少しずつ、法力国家ストレリチアを中心に広がりを見せている。


 夜の闇のような神秘的な濃藍の髪。


 希望の光に満ちた輝く翡翠の瞳。


 その存在は、神の遣いとして高らかに天上の言葉を謳いあげると言う。


 ……誰のことかしら?


 ここにいるのは漆黒の髪、黒曜石のような瞳を持つごく普通の娘なのに。


 情報との差に驚きを隠せないけれど、定期的に届く報告を読む限り、この娘のことで間違いはないらしい。


 笑ってもいいかしら?


 この子は本当に普通の娘だったの。


 母親思いで、ちょっと元気が溢れすぎていた気がするけど、本当にごく普通の娘だったの。


 人に泣き顔も見せず我慢強いけど、本当は涙もろくて、ちょっとしたことでもすぐ泣くような娘だったの。


 それなのに、親からほんの数カ月離れただけで「聖女の卵」と呼ばれる存在になってしまった。


 法力国家と呼ばれる遠く離れた地で、厄介ごとに巻き込まれただけでなく、神さまを降臨させてしまったとか、本当にどんな冗談なの?


 昔からこの子を知っている親からすれば、もう笑うしかないわ。


 この世界に神さまはいるらしいけど、私は見たことも会ったこともない。


 だけど、祈りたい。

 この娘が立ち止まることなく、迷いなく進めることを。


 だが、そんな母の祈りも空しく、目覚めた娘は開口一番に男の名を口にした。


 娘の成長を喜ぶべきか。


 それだけ傍にいてくれる存在を有難く思うべきか。


 心配していた母親よりも先に男のことを気にするのかと憤るべきか。


 そんないろいろと複雑な心境になったのは言うまでもないことだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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