本当の姿
「来たか」
そこにいたのは、紛うことなき、この国で一番の魔法の遣い手であり、最強の魔力所持者であり、最高の権力者でもあった。
「…………」
だが、そこにいた方は、何故か、不服そうな顔を見せる。
基本的に仕事中にはそんな顔を見せないが、親しい身内の前では表情が豊かになるらしい。
「あの二人は?」
「二人は姿を消してここにいますよ、陛下。4分ほどで、姿を現すことでしょう」
そこにいた人物、セントポーリア国王陛下の疑問に対して、雄也さんが答えた。
陛下が変な顔をしたのは、わたしと九十九の姿がなかったからのようだ。
姿が視えていなかったから、雄也さんだけで来たと思われたらしい。
「姿を……?」
「はい。隠匿魔法のような魔法ではなく、薬の効果であるため、魔力の気配も感じられないかと」
「カルセオラリアの王子の作ったものか」
「はい」
驚いた。
セントポーリア国王陛下は、トルクスタン王子が薬を作ることを知っているらしい。
あれって、趣味の範囲だと思っていたのだけど、意外と有名?
「あの王子も変わらんな」
「どんな状況でも、あの方は変わりませんよ」
ぬ?
なんか、この口ぶりだと、セントポーリア国王陛下はトルクスタン王子のことを知っているってことかな?
「トルクスタン王子殿下は、他国滞在期にこの国を選んだそうだ。だから、陛下とも面識があると聞いている」
「へ~」
わたしが疑問を持ったことに気付いたのか、九十九がそう教えてくれた。
王族の他国滞在期ってなんとなく、人間界を選ぶ傾向がある気がしたけど、ちゃんと他国に行く人もいるんだね。
それで、人間界から何度もこの国へ戻ってきていた雄也さんとも知り合ったのかな?
それにしても、九十九はいつまでわたしの手を握っているのだろうか?
雄也さんは、この契約の間に来た時に、手を離してくれている。
国王陛下に礼をするためもあっただろうけど。
「いつ頃、姿が現れる?」
「後、少しですね」
「ではそれを待つ間、仕事でもするか」
何故か、国王陛下は机と椅子、そして、書類を取り出した。
「それはお止めください」
雄也さんは微笑みながら制止する。
確かにこんなところで仕事されるのは困る。
どれだけ仕事人間なんですかね、この国王陛下。
「九十九、手を離してくれる? 準備体操したい」
「……ああ」
いきなり身体を動かすよりは、今、動かしてウォーミングアップをしていた方が良いだろう。
九十九から手を離してもらって、準備体操を始める。
まずは、腕を前から上に上げて、大きく背伸びの運動から始めよう。
背伸びの運動を始めると、頭の中に、人間界で何度も聴いた軽快なピアノ音楽が鳴っている気がした。
近くにいる九十九も身体を動かす気配がしているから、同じようにストレッチとかをしているのだろう。
「お」
「およ?」
九十九とわたしが身体を動かし始めると、姿が現れてくる。
「シオリはその様相を戻すことができるか?」
「この姿を……?」
姿が現れるなり、国王陛下からそう確認された。
「ああ、この契約の間、限定なら良いんじゃないかな? 九十九、後で戻せるよな?」
「当然だ」
まあ、九十九がこの見た目にしてくれたわけだからね。
「少し場を外させてください」
九十九はそう言いながら、わたしの手を引いて、部屋の端へと移動する。
そこで、わたしの顔にいつものようにしっとりした薬液を塗りたくった後、さらに洗浄してくれた。
そして、青いコンタクトレンズを外して、濃い銀髪の鬘も取ると黒髪が肩に流れ落ちる。
それだけで、久しぶりに自分の本当の姿に戻れた気がした。
いや、お風呂だけはちゃんと黒髪姿になっていたから、本当に気分的なものなんだけど。
「服はどうする?」
「この方が動きやすいからこのままで良いよ」
そう言いながら、体内魔気を押さえている魔法具たちも外していく。
いくらなんでも、殿方しかいない空間で堂々と御着替えしようと思えるほどわたしの心臓は強くない。
殿方と言っても身内に等しい人間しかいないわけだが、流石に羞恥心が勝るのだ。
「それにわたしがスカート姿になったぐらいで、国王陛下の油断は誘えないでしょう?」
「誘えたら問題だな」
わたしの言葉に九十九は同意する。
いや、正直なところ、少しぐらいは動揺を誘うことぐらいはできるかもしれないとは思っている。
国王陛下は風属性魔法が主だ。
そこで、年頃の娘さんのスカートの裾がひらひらしたら、流石に集中力が揺らぐのではないだろうか?
真面目で堅物と称されている人だから、魅了的な意味ではなく、頭の固い男性視点的な意味で気になることだろう。
まるで、ここにいる銀髪碧眼の青年のように。
「九十九はそのまま?」
「オレはどちらでも大丈夫だが……」
九十九がチラリと国王陛下の方へ顔を向けると……。
「ツクモはそのままで良い」
陛下からはそんな言葉が返ってきた。
だが、気のせいだろうか?
その後に、「その顔の方が、ふっ飛ばし甲斐がある」という言葉が添えられていたような気がするのは。
気のせいだよね?
何かの私怨とか入ってなかったよね?
九十九が固まって、雄也さんが苦笑したように見えたのも、わたしの勘違いだよね?
「そ、そう言えば母は?」
わたしは慌てて、話題転換をする。
「チトセは外させている。もともと、彼女をここに連れて来たことはない」
言われてみれば、前回、ここでわたしがセントポーリア国王陛下と模擬戦闘を繰り返した時も、母は一度も来なかった。
「今頃、部屋で明日の仕事の準備をしているよ」
国王陛下はそう微笑むが、明日は、もう手伝わなくても良いですよね?
もともと、今日だけの約束だったはずだ。
まさか、そのための宿泊というわけではないだろう。
わたしはそう信じている。
そう思っていると、国王陛下と目があった。
「シオリ」
「はい」
「また……、綺麗になったな」
ほぎょっ?!
いきなり、何言ってくれるんですかね、この四十前後の男性は。
しかも、母の娘ですよ、娘。
それに、昼間もお会いしていますよね?
「お褒めいただき光栄に存じます、陛下」
スカートではないから裾を掴んでの女性的な礼ができない。
そのために、セントポーリアの礼を素直にする。
「ああ、そう堅苦しいことはしなくて良い」
礼をしているわたしに目線を合わせ……。
「今夜は楽しませてくれるのだろう?」
ほげええええええええええええええええっ!?
セントポーリア国王陛下、キャラ、変わっていませんか?
それでは、イースターカクタス国王陛下ではないですか!?
「陛下。シオリ様が混乱されております」
そこで雄也さんが助け舟を出してくれる。
「混乱? 何故だ?」
「少なくとも、妙齢の女性に掛ける言葉としては、不適切かと愚考します」
「不適切?」
ぬ?
まさか、この反応って……。
「特に後の言葉は、寝所への誘いと受け取られてもおかしくはありません」
「そうなのか?」
そうです。
うっかりそう受け止めちゃう人はいると思います。
でも、そう口に出せないのでセントポーリア国王陛下の言葉に軽く頷くに留めた。
「だが、特に問題はないだろう?」
「問題しかないと思われます」
セントポーリア国王陛下はわたしのことを娘と確信している。
だから、問題ないと思ってしまうのだろう。
それでも、わたしからすれば父親というよりも年上男性の感が強いのだ。
「だが、今からシオリがお相手してくれるのだろう?」
「……陛下」
どうやら、国王陛下は素で言っておられるようです。
そして、その言葉に疑問をお持ちでないとか。
よくこれまで誤解されずに生きてこれたなと感心する。
いや、誤解されても、こんな感じだった可能性もある。
なんとなく、20年くらい前の母の苦労が偲ばれる気がした。
若い時分からこんな調子だったのなら、今より若い母はかなり振り回されていたことだろう。
わたしが九十九や雄也さんに振り回されるのはまだ可愛いものだと思った。
いや、似たようなものか。
異性の言動に振り回されるのは、遺伝ってことなのだろうね。
嬉しくないけど。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
わたしが黙り込んでいたためか、横から覗き込んでくる銀髪碧眼の美形。
うん。
わたしもまだまだ振り回されることはよく分かったのだった。
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