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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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書類仕事

「どうしてこうなった?」

「奇遇だな。オレもそう思っている」


 九十九と小声でそんなことを言い合うしかない。


 国王陛下からの(強制)招待によって、城に行く羽目になった。

 そこまでは理解した。


 大量の書類仕事のお手伝いをすることになった。

 そこまでも覚悟していた。


 だが……。


「こんなに人がいるなんて思ってもいなかった」

「……だな」


 今いる場所は国王陛下の政務室。

 そこで、多くの文官たちが書類の山を持って行き来している。


 わたしは、国王陛下が座っている机から離れて、部屋の隅で九十九と二人で次々と追加されていく書類を処理させられていた。


 これまで、この政務室にここまで人が行き交うところを見たことはない。


 前回、セントポーリア城に来てお手伝いをした時も、文官たちは隣室より向こうの部屋にはいたらしいけれど、この部屋には入ってこなかったから、わたしは素顔のままで仕事ができていたのだ。


 だが、今回は変装中である。

 政務室はこれまでになく人通りが激しくなっていた。


 それだけ、今は忙しい時期なのかもしれない。


 それでも、近くを通る文官の気配と時々感じる鋭い視線が突き刺さり、わたしの素性がいつバレるんじゃないかと、気が気でならなかった。


 実際、わたしの顔は母親似だ。

 人間界でもよく言われるぐらいだった。


 髪の毛の色や瞳の色を変え、少しだけ目じりにラインを入れて、垂れ目を吊り目っぽく見せているぐらいの変化では、気付く人は気付くかもしれない。


 九十九は、体内魔気が全く違うように見せているから大丈夫だと言ってくれるが、体内魔気ではなく外見で判断する人がいたら、そんなわけにはいかないだろう。


 わたしはそういった意味でも酷く落ち着かなかった。


「まあ、他国の人間が王の政務室で雑務とはいえ、仕事の手伝いをするって言うんだ。多少、見張られるのは仕方がないことだな」


 九十九は溜息を吐きながらも、次々に書類に目を通して、処理していく。


 流石、日頃から雄也さんに鍛えられているだけあって、彼は話しながらも仕事が早い。


 わたしにそこまでの処理能力は求められていないと思うので、せめて、仕事だけは正確にしよう。


 ただ、九十九が言うように、文官たちが時折、わたしたちの方を見ているのが凄く気になる。


 素性がいつバレるかというのもあるが、仕事ぶりの観察の方も困る。

 わたしは九十九ほど有能でもないのだ。


 分かりやすい視線は「煩い」と言われることもあるが、まさにその通りだと思う。


 そして、あまりにも見られていると意識してしまうと、集中できない。

 集中できないから、余計に視線を感じてしまう。


 まさに負のスパイラル!!


「気にするな。誰が見ていても、やることが変わるわけじゃねえ」


 九十九はそう言うが、わたしは見張られながらの作業に慣れてない。

 どうしても、視線を感じれば、そちらの方に意識が割かれてしまう。


「受験の試験官のようなもんだ。もしくは、テスト中の担任」

「ふっ!!」


 その九十九の言葉で、なんとなく、中学三年生の時の担任を思い出して笑ってしまった。


 あの心配性な先生は元気だろうか?


「そうだね。見張りは必要だね」


 小中学校のテスト中には、背後で見守る先生。


 正面に座って常に睨みを利かせている先生。


 横から周囲を見回す先生。


 教室の端の方で別の仕事を始めて、たまにこちらに視線をよこすだけの先生。


 本当にいろいろな先生がいた。

 その先生たちが集団でいるようなものか。


 まあ、こんな風に近くを歩き回ったりするような先生は、小学校の授業中ならいたか。

 集中力のない児童に声をかけるために。


 幸い、声を掛けてくる文官はいない。

 わたしの持っている書類を覗き込んで作業状況を窺うような文官も。


「確かに、テスト中の監督してくれる先生たちよりはマシか」

「オレは見たことがないが、ソフトボールの試合中の、相手チームの選手や監督、保護者たちとかだって、お前の姿を見ていただろ?」

「言われてみればそうだね」


 特に相手チームの保護者たちの突き刺さった覚えがある。


 飛球(フライ)が打ち上がった時なんか、「()()()()!! 」と、こちらの失策(エラー)を祈るような高い叫びもたまに聞こえた。


 あれって、結構酷いと思う。


 今はそんな失敗を願うような声はない。


 そして、国王陛下から離れているために、人が近付かない限りはこうして九十九と小声で話はできている。


 尤も、この机の周辺に遮音効果のある魔石を置いているため、声を含めた音は漏れないようになっているのだけど。


 その辺り、有能な護衛に抜かりがあるはずもない。


 そのために会話もそこまで気遣わなくてすんでいた。

 それでも、会話中、互いに小声になってしまうのは、心理的なものだと思う。


 しかし、その「遮音石」を文鎮代わりするのはいかがなものか?

 いや、確かにこの扱いならこれを魔石だと思う人もいないだろう。


「この魔石は買ったの?」

「魔石は買って、加工してもらった。これなら、疑われる可能性は減るだろ?」

「文官の中に、読唇術を使う人がいなければね」


 唇の動きで会話の内容を見抜く人も世の中にはいるらしい。


「リヒトかよ」

「心を読む方じゃなくて、唇の動きを読む方だよ」


 長耳族のリヒトのように心が読めるなら、遮音石も意味がないと思う。


「ああ、そっちか。お前、時々、妙な知識があるよな」

「あなたほどじゃないけどね」


 どう考えても雑学を含めた知識量は九十九の方が上だろう。


「……っと、追加らしいぞ」

「うへえ」


 こちらに向かって、書類を持ってくる文官さんの気配に九十九が気付き、わたしも顔には出さないようにする。


 暫くは、お喋りを止めて、完全にお仕事モードだ。


「次の書類です」


 文官さんは無表情のまま、九十九に書類を渡す。


「先ほどもお伝えしましたが、このような公費に関わるような書類はこちらには渡さないでください。我々は外部の人間ですから。それと……」


 軽く目を通しながら、こちらが引き受けるものと突き返すものを選別していく。


 さらには、自分が受け持つ分と、わたしに振り分けるものも次々と分けていく。


 見直さずに一度だけで分別できる速さが凄い。


 わたしは九十九より作業が遅いし、何度も見直しをするために、どうしても時間がかかるのだ。


 だが、実は、わたしが九十九よりも早く作業できるものがある。


 他大陸からの公文書の翻訳作業だ。


 ライファス大陸言語については九十九の方が圧倒的に早いのだが、グランフィルト大陸言語と、スカルウォーク大陸言語はわたしの方がやや早い。


 特に、グランフィルト大陸言語は国王陛下や母も驚くほどである。


 伊達に「聖女の卵」をやっていないのだ。

 だから、ちょっと嬉しい。


 一応、文系の面目躍如というやつだね。


 尤も、ウォルダンテ大陸言語とフレイミアム大陸言語はわたしもまだ勉強中なので、まだまだ九十九には勝てない。


 そこはかなり悔しい。


 まあ、シルヴァーレン大陸言語とフレイミアム大陸言語は似ているので、ウォルダンテ大陸言語よりは覚えやすい気はしているけど、やはりこれから向かう先の大陸言語を先に勉強するので、どうしても中途半端になっている。


 フレイミアム大陸言語は、水尾先輩と真央先輩の母国語だから早く覚えたいんだけどね。


 勿論、国王陛下や母は翻訳ができる。

 だからこそ、わたしや九十九の訳が正しいかどうかの判断もできるのだ。


 だが、文官の全てが他大陸言語を学んでいるわけではないらしい。


 そのために、公文書を分かりやすくシルヴァーレン大陸言語に翻訳して渡す必要があるのだ。


 王族も教養として学ぶはずだが、国王陛下から離れた親族関係になるほど、教養を身に着けようとしなくなるそうだ。


 いや、そこは文官も王族も勉強しようよと思う。


 15歳(成人)からでも、集中できれば、数年である程度モノになるよ?


 常日頃から、黒髪の妖艶な笑みを浮かべる殿方から課題を出されたら、嫌でも覚えるしかなくなるからね。


「……と、綴り、間違えた」


 アルファベットに似たような文字をアルファベットに似たような文字に変換するため、時々、翻訳前の綴りに釣られてしまうことがある。


 自分以外の別の人間が読む文章だ。

 間違えたら、相手にも悪い。


 だから、ちゃんと丁寧に間違えないように読みやすく書かないとね。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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