守護兵
「ほえ~」
久しぶりに外から見るセントポーリア城はやはり大きい。
「口を閉じろ」
「はい!!」
九十九の言葉に思わず良い返事をしてしまう。
その九十九は門にいる守護兵さんの対応をしてくれていたが、その守護兵さんから微笑ましそうな目を向けられて、ちょっと恥ずかしい。
「今日はお二人なんですね」
「好奇心の強い者がどうしても、城にと言うものですから」
それは、わたしのことでしょうか?
それとも、招待してくださった国王陛下のことでしょうか?
そして、今日はということは、前回、来た時もこの人が門番してたのかな?
門番をしている守護兵さんは、ちょっと赤みがかった茶色にも見える金髪、瑠璃のような群青色の瞳の二十代な青年。
でも、どこかで見たことがあるような?
それも割と最近。
「有難くもセントポーリア国王陛下より、ご招待もありまして、こうして参上させていただきました」
「なるほど」
こういう時の九十九って……、本当に凄いと思う。
そして、その張り付いた笑顔が偽者くさい。
参考は絶対、雄也さんだよね?
「恐れ入りますが、お名前を伺っても?」
守護兵さんが九十九にそう確認するが……。
「申し訳ございませんが、我が名は主人に授けておりまして、その許可を得なければ名乗りを許されないのです」
九十九はエセ笑顔で躱した。
これは、恭哉兄ちゃんからの入れ知恵である。
まだ正式な神官とはいえない下神官以下の神官たちは、上司である神官に名前を預けている状態らしい。
勿論、見習神官として神導を受ける時に書く神官登録時に、魔名を聖堂には伝えたり、様々な事情から魔名を持っていなければ、「命名の儀」まで行うらしいのだけど、基本的には無名に近い状態で扱われるらしい。
尤も、上司である神官ならファーストネームは呼べる。
流石に下神官その1、その2と呼ぶわけにはいかないから。
でも魔名は名乗れない。
神官の知識があれば、魔名は悪用できてしまう。
だけど、正神官以上の神官となれば、堂々と魔名を名乗れるようになる。
誰かが魔名を悪用しようとしても対策が自分できるようになるから。
だから、「聖女の卵」であるわたしも魔名は知られていない。
まあ、わたしも最近まで自分の魔名を知らなかったのだけど。
「ああ、神の遣いでしたね。それでは私の方だけ、『イルザール=シャパル=フガニア』と申します」
「名乗り返しはできませんよ?」
「存じております。ですが、お近づきの印ですよ」
叫ばなかったわたしを褒めてください!!
「セントポーリアの王族の御高名をいただき、光栄に存じます。名乗れぬ非礼をお許しください」
そして、九十九はセントポーリアの礼をとった。
やっぱり、その名を九十九は知っていた!!
今の名前は、セントポーリア歴代王族の肖像画集に載っていた名なのだ。
えっと確か、先々代セントポーリア国王の兄弟の孫だから、セントポーリア国王陛下とその従姉弟である王妃殿下から見て再従兄弟ぐらいだったはず。
誰か、家系図をお願いします!!
顔?
ルキファナさまのように早逝された方は除くけど、何故かあの肖像画の王族たちは15歳時点の絵ばかりなんだよ!!
年を重ねたら雰囲気も変わるのは当然だよね?
「おや、我が名をご存じで?」
「神の血を引く王族の名を覚えていない神官は見習神官のような末端ぐらいですよ」
いやいや、正神官でも各国の王族の全ては覚えていないって聞きますよ!?
「参りましたね」
守護兵さんは苦笑する。
「流石は、陛下が見込んだだけのことはあります」
ほよ?
どういうことかな?
なんで、今の会話で国王陛下が出てくるの?
「いえ、未熟です」
「御謙遜を」
守護兵さんは苦笑しながら、一歩、後ろに下がると……。
「どうか、英知の頂きに立つ我が国王陛下に貴殿の御力添えを願います」
九十九に向かって一礼した。
ちょっ!?
王族が簡単に頭下げちゃって良いの!?
「御心に添うとは確約できませんが、我が力の及ぶ限り助力させていただきます」
そして、九十九も頭を下げる。
わたしだけが訳がわからないままだった。
****
「やられた」
城内の通路を歩きながら、九十九は悔しそうに言った。
「どういうこと?」
互いに前を見ながら、小声で会話する。
「さっきの守護兵が王族って言うのは、前回から分かってんだよ」
「あなたも、セントポーリアの歴代王族肖像画集を見たの?」
「そりゃな。大事なことだ」
言われてみれば、あれは雄也さんから借りたものだった。
九十九に読ませていないはずがない。
「あと、抑えていてもそれなりの体内魔気だ。それで気付かない間抜けは……お前ぐらいか」
「酷い!!」
そりゃ、ちょっとは強いかなと思ったけれど、水尾先輩や真央先輩、トルクスタン王子ほどではないし、九十九や雄也さんよりも弱く感じた。
「なんで、そんな凄い人が、門番なんかやってるのさ?」
王族は護られる者って認識があるわたしにはそこが解せない。
「凄い人だから、門番の守護兵なんだよ」
「ほ?」
「出入り口の守護を半端な人間に任せられると思うか?」
「それは思わない」
お行儀よく出入り口から入ってくる人ばかりじゃないだろうけど、商人とか普通の人は出入り口を使うだろう。
「だから、強い魔力を持つ信頼できる人間が担当することになる」
「それは理解したけど、先ほどの会話が理解できない。あなたは何に『やられた』の?」
わたしがそう言うと、九十九は不服そうな顔をする。
「先ほどの会話を要約すれば、国王陛下の書類仕事を手伝っていけってことだな」
「どうしてそうなった!?」
九十九の意訳が分からない。
「あ~、『陛下が見込んだだけのこと』。これは、前回の書類仕事を手伝った話が伝わっているってことだ」
「何故に?」
機密文書ではなくても、本来、他国の人間が仕事を手伝うっておかしな話だと思う。
「神官もそうだが、文官が他国の雑務を手伝うことは珍しくない。小遣い稼ぎに掛け持ちすることもある。兄貴が良い例だな」
「はうあっ!?」
そう言えば、身近に例があった。
だが、あれは「雄也さんだから」だと思って、そこまで気にしていなかった。
「騎士や兵が他国に助っ人に行くようなものだ。互いの主人の許しがあれば、問題ない」
「つまり、雄也は許しを貰っているってこと?」
この場合の主人はわたしではなく、雇い主、つまりは国王陛下ということだろう。
「兄貴だけじゃなく、オレもそうだな。他国で困りごとがあれば、手を貸して恩を売って来いと言われている」
「おおう」
「それが、オレが護る主人の手助けになるだろう、と」
「は~」
そして、こっちはわたしのことだろう。
他国に恩を売って、わたしの手助けとなることをしろということだね。
「だから、『未熟』と言って断ろうとしたんだよ。陛下から話を聞いているから、『謙遜』って返されたけどな」
「ほげ~」
えっと、未熟だから、そんなにお仕事できないよってことかな?
だけど、謙遜……そんなこと言っても、この前の成果を知ってるからねってこと?
「トドメの『英知の頂きに立つ我が国王陛下に貴殿の御力添えを願う』は、そのままだな。王族が頭を下げてやるから、面倒な事務仕事に埋もれている陛下の手伝いをまたしてくれってことだ」
なんとも面倒な言い合いだと思う。
直接、はっきりと言えば良いのに。
でも、身分の高い人間ほど回りくどい言い方をするのも分かる。
つまり、「言葉の雰囲気で察しろ」ってことだろう。
「それに対して、あなたは『仕方ねえな』って返事をしたってこと?」
「どこの不遜な輩だ、オレは」
「いや、不機嫌そうだから」
いやいや引き受けされられた感がひしひしと伝わってくる。
「『御心に添うとは確約できない』は、『そっちの期待に応えられるかは分からねえぞ』で、『我が力の及ぶ限り助力させてもらう』は、『できる限り頑張るつもりだけどな』ってことになる」
「その意訳も十分不遜だよ」
「お前の言葉に釣られたんだよ」
いや、寧ろ、その言い回しは九十九っぽくてホッとする。
「まあ、手伝いの言質をとられたわけだ」
「自分で頼まず、あの守護兵さんを使う辺り、手を変えてきたって感じがするね」
相手が王族ってだけで、九十九は断りにくいだろう。
寧ろ、気心の知れた国王陛下よりもやりにくかったかもしれない。
「呑気なことを言っているが、必然的にお前が巻き込まれるんだぞ?」
「…………」
そうなるのか。
「後は、顔合わせの意味もあったかもな」
「顔合わせ? あなたと?」
でも、九十九は髪色も、瞳の色も違うよね?
「いや、お前と」
「何故に?」
わたしに至っては、性別すら偽っているけどね?
「王族って言っただろ? ある意味……」
そこで九十九はさらに小声になってわたしに言った。
―――― 王配候補だ
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