首輪
「ところで、一応、大神官さまの遣いなのに、私服、短髪で良いの?」
見習を含めて、神官、神女に短髪はいない。
まあ、あまりにも幼い時期に神導を受ければ、髪の毛が薄かったり、毛が伸びていない子もいるので、無理矢理、結ぶことにはなるらしいけど。
「表面上は密使扱いだからな。逆に長髪、神官装束は目立つ」
「なるほど」
確かに分かりやすい神官の恰好ではセントポーリア城内では目立ってしまう。
特に外部の人間なら、許されるのは見習神官の真っ黒衣装のみだ。
まあ、九十九はともかく、わたしが長髪にしてしまうと、どう見たって女にしか見えないだろう。
この国の女性は肩よりも髪を長くする。
だから、逆に髪の毛が短いと、女性に見えにくいそうだ。
男女差別というわけではなく、単に美意識の問題らしい。
髪が長い方が、髪型に拘れるからね。
「聖女の卵」として来るなら、わたしは神子装束を着ることはできるし、付き添いの九十九もそれなりの格好が許される。
だが、それでは目立つなんてもんじゃないし、セントポーリアと「聖女の卵」の関係はできるだけ隠したい。
「聖女の卵」の出身国は今も謎なのだ。
それなら、今の姿が一番良いと思う。
「歩く時はあなたの後ろが良いよね?」
大神官の使者の従者だ。
前を歩くわけにはいかないだろう。
「お前を後ろに?」
九十九は少し考える。
「今回の立ち位置設定的に、わたしが堂々と前を歩くわけにはいかないでしょう? 後ろからしずしずと付いて行く方がいいんじゃない?」
九十九は納得していない顔をしている。
わたしを後ろに置く不安もあるのだろう。
「お前が大人しくオレの後を付いてくるとは思えない」
「城下の森では大人しく付いて行っていますが?」
まさか、そんな理由で迷われているとは思わなかった。
「その姿では城下の森のように手を貸せない」
「まあ、一応、男装だからね」
神官、神女たちの世界では同性愛を否定していない。
まあ、全面的に肯定もしていないのだけど。
種の保存的には同性愛者が増えすぎると、神さまも困るわけだし。
だけど、流石にその考え方はどの国にも通用するわけではないのだということも彼ら、彼女たちも理解している。
だから、城内でいつものように手を引かれての移動はおかしい。
「でも、わたしは、あなたの腕を信じている」
後ろにいても、前にいても、有事の際は絶対に護ってくれることを。
「それに、わたし自身も『魔気の護り』がある!!」
自分が反応するよりも先に反応してくれる素敵自動防御システム。
「それが城で暴発したら、ある意味、逃げ場がなくなるんだぞ?」
九十九が溜息を吐いた。
わたしの体内魔気はセントポーリア国王陛下に似すぎているらしい。
自分ではよく分からないのだけど、周りがそう言うのだから、他の人が視てもそう思うのだろう。
「まあ、その時は、わたしを連れて逃げてくれるでしょう?」
「……当然だ」
九十九の身体強化の優秀さはよく知っている。
移動魔法を連続で使えることも。
そして、いざとなれば、わたしが九十九を大幅強化することもできるようになっている。
「それなのに、何が心配?」
「オレが想定する事態の斜め上の展開が起こることだな」
「ああ、確かに想定外の事態は困るね」
九十九は事前準備を怠らない。
それだけ準備を整えても、それを上回るほどのトラブルが起こりえないとも限らないのだ。
「でも、あなたに全て任せる!!」
「オレの斜め後ろから、絶対に離れるなよ?」
「うん!!」
いろいろ考えて、九十九はそう言ってくれた。
「組紐を散歩紐代わりにするかな」
「真面目な顔して、酷いことを言わないでくれるかな?」
「冗談だよ」
「あなたが言うと、冗談に聞こえないんだけど……」
少し心配になってきた。
無事に、帰れるかな?
****
「歩く時はあなたの後ろが良いよね?」
栞にそう問われるまで、そのことに思い至らなかった自分を殴りたい。
「お前を後ろに?」
「今回の立ち位置設定的に、わたしが堂々と前を歩くわけにはいかないでしょう? 後ろからしずしずと付いて行く方がいいんじゃない?」
確かに今回、先にオレは大神官の遣いとして城に赴いている。
そして、栞はそのツレとなるわけだから、オレよりも前を歩かせることはできない。
性別が女だから、本来、真横でも問題ないのだが、今回は栞がパッと見て、少年に見えなくもない姿にした。
そのために斜め後ろか真後ろ以外、ありえない。
それは分かっているのだが……。
「お前が大人しくオレの後を付いてくるとは思えない」
「城下の森では大人しく付いて行っていますが?」
「その姿では城下の森のように手を貸せない」
「まあ、一応、男装だからね」
目の届く位置に彼女がいないというのに、オレが落ち着けるだろうか?
いや、体内魔気はしっかり感じられるのだから、そこまで考えなくても良い気がするのだが、見るのと視るのでは違うのだ。
「でも、わたしは、あなたの腕を信じている」
栞はそんな嬉しいことを言ってくれる。
護衛冥利に尽きるよな。
「それに、わたし自身も『魔気の護り』がある!!」
同時にそんな不安なことも言ってくれた。
それは、護衛が自信喪失するような発言だよな?
「それが城で暴発したら、ある意味、逃げ場がなくなるんだぞ?」
正直、それが一番、怖い。
栞の自動防御は本当に優秀だ。
だが、それを発動させる体内魔気が、あまりにもセントポーリアの王族主張が強すぎるのだ。
鈍感な人間でもその濃密な風属性の魔気に気付くだろう。
発動してしまったら、言い逃れもできないほどに。
溜息しか出てこない。
今回は、単純に栞の身体を守るだけのことではないのだ。
「まあ、その時は、わたしを連れて逃げてくれるでしょう?」
「……当然だ」
口元の緩みを必死で我慢する。
その絶対的な信頼に、男としても、護衛としても喜ばないはずがない。
少なくとも、栞は自分が生まれたこの国よりも、オレと一緒にいることを選ぶと言ってくれているのだ。
実際、栞の方にそこまで深い意味があるわけではないことは分かっている。
単純にこの国に縛られたくないと言う思いだけだろう。
だが、それでも優越感はある。
「連れて逃げて」という懇願ではなく、「連れて逃げてくれるに決まっている」と期待されていることも。
オレは本当に単純な男だよな。
「それなのに、何が心配?」
お前のその無防備さが……とは流石に言えない。
「オレが想定する事態の斜め上の展開が起こることだな」
「ああ、確かに想定外の事態は困るね」
この城下の森に来てから既に予想外のことが何度も起こっているのだ。
栞とセントポーリア城。
その組み合わせで何も起こらないとは思っていない。
最悪なのは、栞の出自や「聖女の卵」であることが露見した上、クソ王子と強制的に婚姻させられることだ。
だが、それは例え国王陛下によって強権を行使されても阻むつもりである。
まあ、今の様子だと陛下にその気はないようだがな。
「でも、あなたに全て任せる!!」
だから、この女はどうしてこうなのか?
誘われているとしか思えない言葉をなんでこうも躊躇なく口にできるんだ?
「オレの斜め後ろから、絶対に離れるなよ?」
「うん!!」
前にも横にも置けないと分かっているのだから、これは仕方ない。
栞が見えない位置にいることは落ち着かないが、それでも、自分から敵を作るのは阿呆だ。
「組紐を散歩紐代わりにするかな」
組紐なら、神官が使うものだ。
問題ない気がする。
「真面目な顔して、酷いことを言わないでくれるかな?」
「冗談だよ」
「あなたが言うと、冗談に聞こえないんだけど……」
半分は本気だからな。
互いに組紐を手に持つぐらいなら問題はないだろう。
変な目立ち方をするかもしれないが。
「雄也に密告するよ? あなたの弟が主人に首輪をつけようとしましたって」
「そんな趣味はねえ!!」
それに首輪なら、とっくにオレの方に付いている。
だから、ちゃんと引っ張ってくれよ、ご主人様。
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