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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~
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城下から落ち延びて

「私からすれば人間界の方が怖かったけどな。熊とか猪とかはともかく、幽霊までも普通に人間たちが暮らしているところに現れるなんておかしいだろ?」


 水尾先輩はそう主張する。


「いや、水尾さん……。獣と幽霊がなんで同系列の扱いなんですか?」

「え? 少年、幽霊とか気にしないタイプか?」


 意外そうに九十九を見た。


「オレ、その種類のものは見たことがないんで……」


 普通は見えるものではないだろうからね。


「見たことないから怖いんだろう? ヤツら、見えないんだぞ? 完全な奇襲を成功させることもできるし、体内に侵食して対象を意のままに操るとか考えただけでもゾッとする」


 確かにそれらは、人間界のホラー、怖い話でよく見ることだ。


「……水尾さんって、もしかしなくても幽霊が苦手なんですか?」

「基本的に魔法が効かない相手は苦手だ。対処の幅が狭くなる」

「……判断基準はそこなんですね」

「自己防衛は大事なことだろ?」


 水尾先輩は人間界にいる頃からかなりホラー系が苦手だった。


 夏休み期間に行われた部活動の合宿にて、夜に皆が怪談話をしている時に布団を被って完全防御してしまうくらいに。


 当時は、相手がよく分からない存在だから嫌だと言っていた覚えがあるが、一応、明確な基準があったらしい。


 因みにわたしも怪談を聞いて、盛り上がって騒ぐことはあまり好きではない。

 怖いとかいう感情からではなく、単純にそんなものに関わりたくないのだ。


 人が死んだ後の存在なんて。

 死して尚も残り続ける情念なんて。


「魔界にも野生動物がいるってことは分かったよ……」


 そう言いながら、重い身体をなんとか起こしたわたしが見たものは……。


「おおっ!?」


 想像以上に大きい家だった。


「こ、これってかなり目立っちゃってるよ? 存在感アピールしまくってるし……」


 少なくとも人間界のキャンピングカーやテントのサイズではなかった。


 そして、プレハブと言うよりは確かに、どっしりとしたコンテナハウスを思わせる大きさだと思う。


 城下の一軒家ほど大きくないのは分かるが、ちょっとした蔵を思い出させる程度の重厚感はあるのだ。


「魔……、動物除けの結界と周囲への擬態機能が備わっている。ここは入口前だからはっきりとその存在は分かるが、この場から2メートルほど離れてしまうと見失うぞ」

「2メートル……? うおっ!? すげえ!! これ、消えるぞ!!」


 少し離れた所から水尾先輩が驚きの声を上げた。


 どうやら、魔界人でもその視界を誤魔化されてしまうらしい。


「だから、ふらふらと散歩に出るなよ」

「……分かってるよ」


 皮肉たっぷりの九十九に対して、わたしは前科があるだけに素直に返事をするしかなかった。


「おおっ? 中も思ったより広いぞ」

「……いや、これって……、外観と室内の奥行きがちょっとおかしくないですか?」


 中を覗いて最初に思うことはそれだった。


「魔界では珍しくないぞ。少年がこの家を大きくしただろ? その逆で入口を通った瞬間、身体が小さくなる仕掛けがある家もあるし、入口から別空間に転移する家もある。高田たちが生活していた家だって大きさは違ったしな」

「うう……。魔界って……」


 つくづく慣れない。

 凄いは凄いんだけど……、なんか考え方とかが人間界と次元が違う感じがしてしまう。


「ゲームなんかでも、外観と室内の間取りが合わない事なんて珍しくないだろ?」


 九十九はそう言うけれど、わたしは納得できない。


「いや、ゲームと現実は違うでしょ」


 視覚とか触覚……、つまり感覚的なものが違うのだ。


 これにすぐ慣れろというのが無理だと思う。


「ところで、九十九は入らないの?」


 さっさと中に入ってしまった水尾先輩や、それに続こうとしたわたしを見ても、その場から動く様子もなく、入口の所で腰を下ろしたままの九十九が気になった。


「中についてならオレは先に確認している。それに……、全員が同時に中に入るわけにはいかない。擬態機能や結界だって安全を100パーセント保障するものではないからな。最低限の見張り役は必要だろ?」


 城下でも外へと続く街道門を朝から夜まで交替で警備している兵隊さんたちがいた。


 それは怪しい人たちの出入りを確認するための措置だと思っていたけれど、それ以外に魔獣と呼ばれる野生動物たちに対しての警戒という意味もあったのかもしれない。


 内部からの逃亡者であるわたしたちは、城下を出るためにその人たちの目を誤魔化す必要があった。


 だから、わたしの別のカツラを変えてから聖堂へ入り、その裏口からこっそりと出てから、姿を消す薬を使ってこそこそと、街道門を正面突破したのだ。


 薬を使うとき、水尾先輩は何故か奇妙な顔をしていた。

 どうも魔界の薬というものに良い思い出がないらしい。


 この時、使用した薬は人間界から魔界に来る時に使った激マズ薬物ではなく、魔気とやらまでは消失させられないものだったそうだ。


 これから見知らぬ場所へ向かうのに、魔力の感知ができないわたしはともかく、九十九や水尾先輩が互いに気配が完全に分からない状況というのはいろいろ不都合があるからという理由らしい。


 でも、わたしにとっては姿が消えるというだけでどちらも大差はない。


 強いて言えば、前に飲んだ薬ほどまずくなかったのでホッとしたということぐらいか。


 因みに聖堂を利用する前に、カツラを変えたのは、亜麻色の髪をした少女「ラケシス」がそこを通り抜けたという記録を残さないためらしい。


 髪型は肩に付かない程度、念のために瞳の色も変えた。


 ()()()()()()()()()()()ので、外からは分からなかったとは思うけど、聖堂内でご挨拶をさせていただいた神官さまはしっかりと目撃してくれただろう。


 青い髪、赤い瞳の少女のことを。


 もし、本当に追っ手の人たちが来たとしても、聖堂までならわたしたちを追う事はできるかもしれない。


 夜の闇に紛れて抜け出したとしても、魔界というこの地では魔法が使えてしまうため、離れたところからでも見ている人間がいる可能性もあるためだ。


 だが、聖堂の敷地内には魔法を遮断する特殊な結界で囲まれており、外部からの魔法の一切を受け付けないらしい。


 それは裏口を出てすぐの所でも同様だ。


 変装は魔法を使ったものではないので聖堂に入る時にも問題はなく、姿を消すのも特殊な薬を使用したものであるため結界の影響を受けることはない。


 そもそも聖堂というものは人間界の教会と同じく、困っている人間に手を差し伸べるための施設である。


 異なるのは魔界では宗教で人を選ぶことをしないという点か。


 だから、誰であっても個々の事情として深くは立ち入らず、夜逃げをしたところを目撃してもそれを外部に漏らすことはしない。


 そして、その聖堂の管理者たる神官たちは、その国の王に敬意を払っても服従はしないそうだ。


 彼らが従うのは自分たちより上位の神官のみ。


 一般的に聖堂にいるのは正神官だが、その上となると聖堂建立を許される上神官、法力国家にしかいない高神官、そして……最高位とされる大神官となるらしい。


 はい、ちゃんと勉強しました!


 そして、わたしたちがこれから向かうのは、その法力国家ストレリチア。

 その国で、上神官以上の神官に、わたしの封印とやらを解いてもらうのが一応の目的だ。


 そのストレリチア以外にも上神官は存在するらしいのだが、万一、上神官でもこの封印が解けなければ、結局、高神官や大神官を頼ることになるらしい。


 全く……、なんで、そんな厄介な封印がわたしに施されたんだろう?


「どうした?」


 ぼーっと考え込んでいたわたしが気になったのか、九十九が声を掛ける。


「見張りって夜通し?」

「まあ、そうなるな」

「交替制?」

「……水尾さんはまだいろんな意味で回復しちゃいねえだろうし、魔法がろくに使えないお前に見張りが務まると思うか?」

「……思わない」


 自分にそんな実力はないことは重々承知のことである。


 でも、だからって彼に任せっきりと言うのは、なんとなくもやっとするのだ。

 それに……。


「九十九だって昨日から寝ていないでしょ? それで、身体は大丈夫なの?」


 わたしたちは、昨日からほぼ徹夜の状態だ。

 魔界人も休んだり眠ったりして体力や魔法力を回復すると聞いた。


 それなのに、九十九はずっと魔法を使い続けているのだ。


「ん~、暫くはなんとかなるんじゃねぇかな……」


 わたしの心配をよそに九十九はあっさり答える。


「オレのことは気にするな。それより、お前は体力ないんだから、ちゃんと休んどけ。オレが使えるのは怪我を治す治癒魔法であって、疲労を回復するような体力回復魔法じゃないんだからな」


 そう言われてしまっては、先ほどまでぶっ倒れていた手前、これ以上強く言うことができるはずもない。


「……分かった」


 納得はできないけれど、そう答えるしかなかった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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