表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1824/2805

歪曲

「それで、何しに来やがった?」


 包み隠さず反感の意を示す紅い髪の青年。


『今代の聖女を見かけたから、ご挨拶に伺ったに決まっているだろ?』


 それに対して、口元に笑みを浮かべて応戦するモレナさま。


『そしたら、見知った人間がワタシに対して失礼なことを言っているじゃないか。これは教育的指導が必要だと思って、腕を振るわせていただいたってわけさ』

「俺の知っている『腕を振るう』と随分、意味が違う気がするのだが?」

『それは見解の相違ってやつだよ、紫の坊や。ワタシはちゃんと腕を振るったじゃないか』


 確かにハリセンを使う時に腕を振るったと言えなくもない。


 さらに、この紅い髪の青年に気付かれることもなく、背後に忍び寄って攻撃しているという点において、その技術を見せつけるという本来の意味でも間違っていないとも思えてしまう。


「もう一度、聞く。何しに来やがった?」

『もう一度、答えようか。今代の聖女を()でに来たんだよ』


 内容が変わりましたよ? モレナさま。


『いや、今代の聖女って可愛いじゃないか。ワタシもこれまでに聖女候補は何人か見てきたけどさ~。ここまで素直なのって、数十年前の橙の姫さんぐらいだよ?』


 その橙の姫さんって、もしかしなくても、ルキファナさまのことでしょうか?


 生後11カ月で亡くなったという聖女候補。

 そんな赤子と比較されてしまうわたしって一体……。


 さらに、わたしと年齢の近いユーチャリスの王女殿下も聖女候補だったと記憶しているけど、その人は素直じゃなかったのだろうか?


「1歳にもなれなかった乳児と既に15歳以上(成人済み)のこの女を一緒にするなよ」


 そして、この人もそれを知っているらしい。

 どれだけ、彼はこの世界のことを知っているのだろうか?


『それだけ、世を知った聖女候補は性格が歪みやすいんだよ』

「ああ、目の前にもいるよな。性格が歪みまくった『聖女』が」


 紅い髪の青年はモレナさまに向かって皮肉気な笑みを見せる。


『いや、ここにいる今代の聖女は全く歪んでないよ? 実に素直、素直』

「そっちじゃねえ!!」

『何を言うんだい? ワタシの性格が歪んでいるのは今更じゃないか』


 悪びれる様子もなく、モレナさまはそう言い切った。


『当人の意に添わぬ生き方をさせられるんだ。歪むなって方が無理なんだよ』


 モレナさまが言ったその言葉に、わたし自身も心当たりはある。


 わたしは、幸い、神力を発動させた後、大神官である恭哉兄ちゃんによってその立場を保護された。


 だが、そんな人がいなければ、なし崩しにその場にいた神官たちのいずれかに聖女認定させられていただろう。


 そして、聖堂にその生涯を縛られることになったはずだ。

 こればかりは、わたしの護衛たちでも護り切れなかったかもしれない。


 一時的にでも護衛たちから引き離されたら、今よりももっと何も知らなかったわたしは、それがこの世界の常識だと思い込まされて、受け入れるしかなかったのだろうから。


 聖女を認定するのは、聖堂にとっては大事な務めだ。

 大神官である恭哉兄ちゃんにもその意識はあるだろう。


 それでも、恭哉兄ちゃんは自分の立場が悪くなることを承知で、わたしに選択肢をくれた。


 あの時は、流された感が強かったけれど、聖女認定を受け入れるかどうかを選択できただけ、破格の待遇だったと言えるだろう。


「聖堂に縛られていないエセ聖女が何を言う?」


 そう言えば、そうだ。

 聖女認定を受けているはずなのに、モレナさまは、結構、自由自在に動き回っている気がする。


『ああ、ワタシが聖女認定を受けたのは、聖堂に気軽に入れる許可が欲しかったからだね。だから、大聖堂で認定を受けなかったんだよ』


 そう言えば、「暗闇の聖女」はイースターカクタスで聖女認定を受けたと聞いている。


『内緒で大聖堂に行って、当時の大神官を驚かせたくてね』


 「暗闇の聖女」と呼ばれる方が、大聖堂ではなく、イースターカクタスの聖堂で聖女認定を受けたことは、恭哉兄ちゃんから聞いたことがあった。


 そして、その当時の大神官の名は、「ボルトランス=トキーツ=バルアドス」。

 公式的には、恭哉兄ちゃんの義理の父親……である。


 今の話を聞いた限りでは、どうやら、サプライズ訪問をしたかったらしい。


 それは乙女心か?

 それとも、悪戯心か?


 判断に困るところである。


「『ボルトランス=トキーツ=バルアドス』公に心底、同情する」


 疲れたようにそう言う紅い髪の青年は、彼らの関係を知っているのだろうか?


「この性悪占術師に嵌められて、気付けば、子持ちだ」


 この様子だと、知っているらしい。

 どんな経緯で知らされたのだろうか?


『何、言ってるんだい? 嵌めたのは形状的にあっちの方だろ? ワタシが嵌められた側だよ』

「仮にも聖女と呼ばれる女が、躊躇なく、下ネタをぶっこんでくるな!!」


 えっと?

 下ネタ?


 そして、当時の大神官さまを嵌めたのはモレナさまの方じゃなかったっけ?


『聖女ったって、結局は只の女だよ? 男と子作りもするし、子も()すさ』


 ああ、そういう方向性の話でしたか。

 すぐにピンとこなかった。


 ああ、それで形状……、形の話が出てきたのか。


 いや、あれだけの言葉で、すぐに分かるのは何故!?

 殿方だから?


 わたしがその形状ってやつをよく知らないから?


「只の女が、当時の大聖堂の地下(禁域)にまで忍び込んで、大神官と呼ばれる立場の男を嵌めるかよ。そんなんで()()()()()()()()()()()()にな」


 本当にどこまで知っているのか?


「その様子だと、お前ももう、知っているようだな」

「モレナさまから聞かされたからね」


 聞きたくて聞いたわけじゃない。


『今代の聖女がワタシの恋バナを聞きたいって言うからさ~。思わず赤裸々に告白しちゃったんだよ。仕方ない、仕方ない』


 モレナさまは両手を頬に当てて恥じらうような仕草をするが……。


「あんたの話は恋バナじゃなくて猥談っていうんだよ!! どう考えても、10歳に満たないガキに聞かせる話じゃねえ!!」


 紅い髪の青年にとっては、激昂するだけだったようだ。


『性教育は、早い方が良いだろ?』

「そのお得意の眼で、あんたから聞かされた話の意味を理解した時の俺の複雑すぎる心境を察しろ!!」


 しかも、どうやら、わたしよりもかなり早い年齢で聞かされたらしい。


 10歳に満たないって、一体、彼はいくつの時に聞かされたのだろうか?

 そして、どんな話を聞かされたのだろうか?


『その様子だと、随分、元気そうだね』

「……おお」

『良かったね。()()()()()()()みたいだよ』


 モレナさまはポツリと言った。


「いつまでだ?」


 その言葉で、彼は何かを察したらしい。

 先ほどまでと表情を変える。


 だけど、何の話かはわたしには分からない。


『さあ? 紫の坊やの心がけ次第ってとこかな』

「はっ!! 告げることもできないのかよ」

『できないね~。そこの今代の聖女が関わる事柄ってやつは、このワタシでも本当に読みにくいんだよ』

「ほむ?」


 いきなり名指しされたけど、何の話だろうか?


『せっかく、()()()()()()()()()()()ね』

「余計なことを抜かすな」

『結局、関わることになってしまったじゃないか』

「ちっ!!」


 多少、強い口調で制止させようとしても、この方が止まるはずもない。

 紅い髪の青年は舌打ちをするしかないようだ。


 だが、実力行使に及ぶような真似もしない。

 それが無駄な行為だと分かっているからだろう。


『そんな坊やに僅かながら、活路を告げるなら……』


 モレナさまの雰囲気も変わる。

 わたしにとって、この世界では視覚と聴覚以外の感覚は働かないはずだ。


 それなのに、何故か、寒気を覚えた気がした。


『欲しければ、()()


 モレナさまは一言だけそう告げた。


「あ?」


 紅い髪の青年は眉間にしわを寄せた。

 察しの良い彼も、分からないことはあるらしい。


 だが、紅い髪の青年の戸惑いを無視して、モレナさまは柔らかく笑った。


 そして……。


『いつまでも、(しゃ)に構えてないで、そろそろ()()()()()()()おいで、紫の坊や』


 彼に向かって、そう言ったのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ