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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 異世界旅立ち編 ~
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初めての旅

「少年は、他者強化の魔法は使えないのか?」


 水尾先輩が九十九に向かってそう言ったのが聞こえた。


「契約はできたんですけど……、今のところ自分を強化する魔法しかできませんね。無機物と違って意思のある人間に対してというのはなかなか難しいです」


 よく分からないけど、現実の魔法はゲームとは違うらしい。


「私と一緒か……。私も契約だけならできているんだが。補助魔法ってのはホントに癖があるよな」

「兄貴なら使えるんですけど……」

「その情報は今、必要ない」


 九十九の躊躇(ためら)いがちな言葉に、水尾先輩はきっぱりと言い切る。


「でも、不思議なことに兄は治癒魔法が苦手なんですよ」

「え? マジ? 先輩って、なんでも問題なく使いこなせる万能タイプだと思っていたんだが」


 ああ、うん。

 わたしもそう思っていた。


 誰にでも、苦手なものってあるんだね。


「やっぱり契約はできたみたいなんですけど……、自己治癒能力を過剰に促進してしまうみたいで……」

「うげ。私と同じだ。補助魔法以上に治癒魔法を使える人間ってすげ~と思うよ。他人の魔気とかの流れにある程度敏感でなければできないみたいだし」

「そうなんですか? オレ、あんまり深く考えないでやってますけど」

「そりゃ、少年が治癒魔法に対して天性の勘ってヤツがあるんだろ。私の双子の姉であるマオも使えたけど……、アイツのはどこか特殊だしな~」


 二人のどこか暢気な会話がわたしの頭上から聞こえてくる。

 でも、それに参加する気はない。


 今のわたしにそんな気力があるわけないのだから。


 昨夜、聖堂の裏口からセントポーリア城下を抜け、朝が来る前に()()()()()()()


 それから日が昇り、何度目かの休憩を経て、今に至るわけだが……、純粋な魔界人の二人に比べ、わたしは明らかに体力が劣っていることがはっきり分かった。


 二人はあまり休息を必要としないようだが、わたしは魔力とやらが封印されている上、人間と魔界人との混血児でもある。


 つまり、普通の人間と変わらないのだ。


 あまり睡眠をとらない状態で、慣れない獣道に似た木々の間を問題なく歩けるはずがない。


 確かに多少、運動不足ではあったが、そこまで差があるなんて意識はしていなかった。


「……あ、RPGの……冒険者たちって、体力、おかしい」


 ほとんど潰れた状態で、ようやく口にできた言葉がこれだった。


「この状況でなんでゲームの話なんだよ?」


 地面に向かって呟いた声が聞こえていたのか、九十九が呆れたように答える。


「お、高田。少しは回復したか?」


 水尾先輩が覗き込むような気配もした。


「悪いな、私と少年がお前を少しでも楽にできるような補助魔法が使えなくて……。速度強化とか重力半減とかだけでも随分違うんだろうけど……」


 水尾先輩が申し訳なさそうな声で言う。

 そこは別に彼女が気にしなければならないところではないと思う。


 単にわたしが二人の足手まといになっているだけなのだ。


背負子(しょいこ)でも作るか? その辺に材料転がってるし」


 九十九から、そんな奇妙な提案をされた。


「いや、少年。そこはお姫様抱っこというやつの方が良いんじゃないのか?」

「それをすると両手が完全に塞がってしまうので、緊急時に対処が遅れます。それに下ろした後でも腕の痺れ等の不具合がないとは言い切れません」


 揶揄い口調の水尾先輩に対し、真面目に回答する九十九。


「……まさか、真面目に返答されるとは思わなかった」


 そんな二人の会話にいろいろ突っ込みたいことが多いのは気のせいだろうか?


 でも、背負子かあ……。

 前みたいに米俵のような扱いよりはマシだとは思うけど、背負子かあ……。


「どうする? 今回はおんぶよりは背負子の方を推奨するが……」

「……なんで、そんなに背負子推しなの?」


 背負子なんて、昔話の挿絵ぐらいしか見た覚えはない。

 お爺さんが山に柴刈りに行く図?


「単純に使ってみたいし、作ってもみたい」

「見た目にも笑えるだろうな。魔界でもそんな形で人間を背負うのは見たことがない」

「……いや、それって目立つってことですよね?」


 魔界になじみのない背負子なんてどう考えても必要以上に目立つだろう。


 この場所は街道から外れているとはいえ、絶対に近くを人が通らない保障などどこにもないのだ。


 ほんの僅かでも奇異な行動は、確実に人の口の端に上ってしまう気がする。


「でも、現実的な問題としては、そろそろ日も暮れそうだから今日のところはここまでだな」


 少しでも早く人目につかないよう移動する必要があった昨夜に比べ、今日はそういったことは必要ない。


 わたしとしても、ようやく休めるのでほっとした。

 とにかく、今は眠いのだ。


「で、どうするんだ? 人間界みたいにテントやパオでも組み立てるのか?」


 水尾先輩が九十九に尋ねる。


 しかし、テントはともかく、パオはないだろう。

 マニアックすぎる。


 でも、先ほどの異常なまでの背負子推しの辺り、絶対ないとは言い切れない気もするが……。


「いえ、簡易住居を建てます。人間界で言う『コンテナハウス』みたいなもんですね」

「こんてな……ハウスぅ?なんだそりゃ」


 どうやら水尾先輩には耳馴染みがない言葉だったらしい。

 パオを知っているのにコンテナハウスを知らないのは不思議だと思う。


 でも、耳馴染みのある軽量鉄骨製建物(プ レ ハ ブ)ではなく、重量鉄骨製建物(コンテナハウス)に見立てるとは……。


「移動式……いや、持ち運び式の建物です。据付タイプほど頑丈でもないですけど、手軽で旅行者向きですよ」


 そう言いながら、九十九が屈んで何かしている気配がする。

 恐らくは荷物を取り出しているのだろう。


 しかし、コンテナハウスってそんなに手軽じゃないと思うのはわたしだけ?


「うおっ!?」


 水尾先輩の驚いた声と、わたしが倒れているところまで木々とは別種の影が伸びたのはほぼ同時だった。


「土台の関係で地震や突風には強くないですけど、風除けが多い森の中でなら問題はないと思います」

「……浪漫はないよな」

「情緒より実用的な方が良いでしょう? 流石に簡易住居なので部屋数はあまりないですが、風呂とべ……トイレが付いています」

「むぅ……」


 確かに浪漫とやらはないが、生活することを考えればその方が助かる。

 コンテナハウスと言っていたけれど、どうやらかなり大きいもののようだ。


 この点、物体の重量やその大小を自在に操れる魔界人ってかなり便利だと思う。


「魔界では一般的なものらしいので、水尾さんが知らないってのはちょっと意外ですね」

「人間界ならともかく、一般的な魔界人は旅行しねえだろ?」

「旅行をしない魔界人がまったくいないわけではありません。どこにだって好事家はいますし、様々な事情がある人だっています。貴族が他国で暮らす際にもツテやコネがなければ、郊外にこのような住居を構えるしかありませんから」

「あ~、そうか……。誰だって情報操作ができるわけじゃねえしな」


 な、なんか不穏な言葉が聞こえた気が……。


「ん? まさか、神官……、巡礼者もこういったのを使うのか? とてもじゃないが、神のご加護とやらを得られる気がしないんだが……」

「オレも専門じゃないから詳しくはありませんが……、各地を巡る修行中の神官たちは寝袋みたいなものしか使えないらしいですね。一人で寝ている最中に魔獣とか出たら大変ですけど」

「魔獣か……。一体ぐらいならどうとでもなるだろうが、複数なら厄介だな」

「ま……じゅう?」


 な、なんか今度はあまり良い響きがしない言葉が出てきた気がする。


「魔獣ってのは、魔界の野生動物たちのことだな。人間界で言う獅子や豹、熊みたいなヤツらがちょっと強化されたモンだ」


 九十九はさらっと言っているが、野生動物の基準が明らかにおかしい気がする。


 人里近くに現れるなら、狸とか鼬とかぐらいだろう。


 九十九はあっさりと言っているが、獅子や熊って人間界でも凶暴な生き物として常日頃から警戒すべき対象である。


 しかもそれが強化されているって話だ。

 全然、安心できない。


「結界は神官の手習いみたいなもんだから、あっさりと襲われることはないだろう。うっかり、寝るときに結界を張り忘れるような莫迦なら、最初っから神官の器ではなかったってことだ」


 水尾先輩も違和感なく受け入れている。


 けど、なんかやっぱりどこか魔界人の感覚っておかしい。


 熊や獅子が出没するような場所があって、そこに行くってことがそもそも危機意識が欠けている気がするのに。


「魔界では集団生活の場に永続的な結界が張られている。そこから出るということは、人間以外の獣たちの領域に踏み込むということだ。動物園の檻に自ら入るような……、いや、お前自身がさっき言ったRPGの町の中と外との関係と言った方が伝わりやすいか?」


 ああ、なるほど。


 確かにゲームでは町から一歩出たら、モンスターが闊歩(かっぽ)しているフィールドを歩くことになる。


 そこに行く時に何の警戒も心構えもしない冒険者たちはいないだろう。


 あれ?

 ……ってことは、今いるこの場所は未知なる怪物……魔獣たちがうろつく戦闘エリアってことじゃないの?

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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