逢瀬
『このミタマレイルの花が光るのは、人の思念を吸い取って咲くからだと言われています』
そんな解説をするのは、高い女性の声。
その丁寧な口調には品の良さを感じさせるものがある。
『思念を吸い取るのはともかく、それで光る理由が分からない』
それに対して、どこかぶっきらぼうに応答したのは低い男性の声だった。
二人の会話の内容から、ミタマレイルの花の話をしていることは分かる。
だが、わたしからはその姿は見えない。
『強い思いは魔法と変わりません。だから、この花は光るのです』
『ああ、魔法と同じ理屈なのか』
女性の言葉に男性は納得するが、そこで何故、納得したのか分からない。
魔法ならなんでもありということだろうか?
『ええ、あなたにとって、魔法は光るものですからね』
あれ?
そうなの?
光らない魔法もあるよね?
わたしが知らないだけだろうか?
『そして、誰かの強い気持ちが、このミタマレイルの花を形成する細い管を通り抜け、感毛に込められた後、この世界から解き放たれるのです』
『世界から解き放たれる?』
わたしと同じ疑問を男性も抱いてくれたらしい。
『そうですね。具体的には、亡くなった方のこの世界への未練とか、生きている方々の何かに対する執着とか、誰かがこの世界に残したいと強く思った気持ちの全てをこの花が吸い取ってくださるそうですよ』
それは、この世界中ってなのだろうか?
それとも、その花が咲く周辺だけなのだろうか?
『それは悪趣味な話だな』
だが、男性は不機嫌そうにそう言った。
『あら? それはどうしてでしょうか?』
『誰かが残したいほどの強い気持ちを、この花が横取りするということだろう?』
……その発想はなかった。
『あなたはそう思うのですね』
女性の方がくすくすと笑う気配がする。
『何がおかしい?』
『本当に他者の考え方は、いろいろだと思いまして』
『何を当然のことを……』
『わたしにとっては当然ではなかったのです』
その言葉に息を呑む気配がした。
二人の姿は、今、わたしには見えない。
だから、わたしは音と気配で判断するしかない。
だけど、この声の主たちのことは知っている。
この世界に来てから、何度も何度も繰り返し見せられている不思議な夢。
でも、今回の夢は今までに視たことがない気がする。
ミタマレイルの花の近くで話す二人は何度も視ているけど、花そのものについて語り合う姿は多分、一度も視ていない。
『わたしは父のずっと言う通りに生きて、それを疑問に思うこともありませんでした。父の考えがわたしの考えであり、わたしは自分で思考することもなかったのです』
『ディア……』
気遣うような男性の声。
『あの日、あなたに会うまでは』
それに気付いていながら、女性は言葉を続ける。
『わたしは、父の人形だったのです』
―――― そこで、目が覚めた。
****
「いや、なんなの?」
夢から目が覚めた時、最初に思ったのはそんな言葉だった。
先ほどの夢は、いつもの「封印の聖女」とその恋人である王子さまとの逢瀬の一つだろう。
だが、いつもの夢にしては、何故かはっきりと思い出せた。
いつもは、視たことは覚えていても、内容までは覚えていないのに……。
「しかも、タイムリーな話題だった」
あの二人は、その昔、あの湖の周辺で、逢瀬を重ねていたらしい。
セントポーリア城にいた「封印の聖女」はともかく、他国の王子さまが、何故、あんな場所にいたかは分からないのだけど。
それも、一度や二度じゃないと思っている。
だから、あの二人は結構な頻度で会っていたのだろう。
先ほどの夢の会話から、あのミタマレイルの花はそんな昔から咲いていたということになる。
いや、咲いていること自体は知っていたのだ。
夢でも、湖の周辺で光が揺れているところを何度も見ていた……気がする。
はっきりと思い出せないから、自信はない。
だが、いつか、セントポーリア城内で見せられた聖女の肖像画を思い出す。
「盲いた占術師」と呼ばれたモレナさまが描いたと言われるあの絵は、確かに光る花に囲まれている聖女だったと思う。
あの時は確信が持てなかった。
似た花があるのだろうと思ったぐらいだ。
その理由として、聖女の描かれた背景が、夜に見えなかったというのがある。
ミタマレイルは夜に光る花だ。
だから、夜じゃない時に光っていたアレはミタマレイルの花とは、似ているけど違うものだと思い込んでしまった。
だが、今にして思えば、あの聖女の背景が夜じゃないのは当然だ。
モレナさまの瞳は夜の闇を映さない。
ミタマレイルの花の光と聖女の姿は幻視できても、それが夜だったなんて分からないのだ。
そして、聖女と王子さまが逢瀬を重ねていたのは夜だった。
時代もあっただろうけど、どんなに恋仲だったとしても、昼に他国の王子と簡単には会えなかったのだと今なら分かる。
しかも、あの二人は内緒のお付き合いを重ねていたのだ。
だから、露見した時は、周囲から反対されてしまったのだから。
それを思うと、あの聖女の絵は、最も幸せだった時を描かれたのかもしれない。
「えっと……? ミタマレイルの花が光るのは、人の思念を吸い取って咲くから?」
わたしはあの夢を思い出しながら、明かりをつけて、机にあった紙と筆記具を使わせてもらう。
流石は、九十九が使っている部屋だ。
既に、机の上に紙と筆記具が準備されていた。
彼は片付けが苦手なのだから、そのままにしていた可能性もあるけど。
あの聖女はそれ以外になんて言っていたっけ?
強い思いは魔法と変わらないから、光るとかなんとか?
人の想いは本当に光るの?
夢の中でも突っ込んだけど。わたしにはそこが分からない。
それとも、当時の魔法が光っていたってこと?
いや、それとも夜に魔法を使うと光る?
これまでに何度か、夜に魔法を使ったところを見たけど、光ったっけ?
あの二人の会話には、疑問しかない。
誰かに解説をお願いしたいぐらいだ。
それに、あの聖女の話では、誰かの強い気持ちがこのミタマレイルの花を形成する細い管を通り抜け、カンモウに込められた後、この世界から解き放たれるとか言っていた気がする。
細い管って、冠毛柄のこと?
それにカンモウって言っていたけど、それって、九十九が冠毛って呼んでいるあの綿毛部分?
漢字を、漢字変換をお願いします!!
それが許されないならば、せめて、映像付きで見たかった!!
それならば、ミタマレイルの花のどの部分の話をしているのかが分かっただろうに。
なんで、今回に限って、音声オンリー!?
真っ暗な中でどうして声しか聞こえなかったの!?
いつもはイチャイチャしているところまでしっかり見せるのに!?
いや、いつも視る夢の内容自体はほとんど覚えていないのだけど、二人がイチャイチャしていたことだけは妙に覚えているのだ。
朝起きたら、夢は覚えていないのに、かなり恥ずかしい気分になるので、そういうことなのだろうと思っている。
まあ、いい。
分からない所は平仮名か片仮名で書いておこう。
それ以外は、想いの話だったっけ?
聖女の話では、亡くなった人のこの世界への未練とか、生きている人たちの何かに対する執着とか、誰かがこの世界に残したいと強く思った気持ちの全てをあの花が吸い取ると言っていた気がする。
……ホラーかな?
聞いている時はそこまで考えなかったけれど、文字にして見ると、結構な怪奇現象だと思う。
あの王子さまが「悪趣味」と言いたくなる気持ちも分かる気がした。
確かに、想いを吸って咲く花だと聞けば、それはちょっとしたファンタジーだとは思う。
だけど、その具体的な例を聞くと、地縛霊とか、生霊とかを吸い取るイメージとなってしまったのだ。
わたしの残留思念……、残留魔気というもののイメージがそんな形に固定されているのだろう。
それらを、この世に巣食う御霊を祓う浄化の花と言えなくもないのだけど。
「う~ん」
なんとなく、落書きをしてみる。
銀色の髪の王子さま。
それは、努力の神ティオフェさまに似ているような、もっと身近な青年にも見えるようなそんな不思議な顔だと朧気に覚えている。
銀髪碧眼で似たような顔の造りだからそう思うのだろう。
ずっと昔のイースターカクタスの王子殿下。
その血はわたしの知る兄弟にも流れている。
でも、もしも、あの兄弟以上にあの王子さまに似た人が現れたら、やっぱりわたしの心は揺れてしまうのだろうか?
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




