発光
「ふむ……」
わたしは部屋で本を広げながら、目の前の光に目をやった。
この部屋は明るい。
でも、目の前にある光は、それでもその存在感を発揮している。
その光は風もないのにゆらゆらと揺れていた。
「本当に、不思議な花」
そこにあるのは一輪のミタマレイルの花だった。
摘むことは問題ないと言われたので、湖の周辺に咲いていた花を一輪だけ摘んで、ガラスの瓶に入れ、机の上に飾ってみたのだ。
まあ、九十九は食べたことすらあると言っていたから、それに比べたら摘むぐらいは良いだろう。
人の想いを食らうって発想が凄いと思う。
見ているだけで気持ちが落ち着く気がする花なのにね。
ミタマレイルの花は人の想いを吸って咲くというけど……。
「あなたはどんな想いを吸って咲いているんだろうね」
本を閉じて、そう言いながら、綿毛部分をつんつんと突いてみる。
突いたために、光っている綿毛が大きく左右に揺れた。
でも、光っているのは綿毛の先ではなくその中間の、えっと冠毛柄? だっけ? 九十九がそんな言葉を言っていた気がする。
綿毛の下から伸びているその一本一本が、薄っすらと光っているのは分かる。
タンポポの花びらは5枚だけど、花の数は確か100個以上あるってテレビで言っていた気がするから、これも同じくらいの数なのだろう。
花占いするのが大変だと思ったものだが、よく考えれば、花占いで使うのは花びらの方だった。
そうなるとそこまで大変でもないのか。
でも、花の数は100個以上あると考えれば、この光も100人以上の想いってことになるのかな?
もしくは100種類以上の想い?
それは見てみたいような、そうでもないような?
そんなことを考えながら、何気なく、突き続けていた。
それなりの強さで突いても、花は揺れるだけで、見た目よりもしっかり根付いている気がする。
人間界のタンポポの綿毛なら、既に、数本はその辺りを舞っていてもおかしくはないだろうが、この花は簡単に飛ばないらしい。
花が1個しかないならちょっと躊躇われるが、これだけあれば1個ぐらい毟ってみてもいいかな?
そう思って、綿毛部分から冠毛柄と呼ばれる細長く光っている部分に指をずらし、摘んで引っ張ろうと力を入れた時だった。
「ふえ?」
ゆらりと摘まんでいる冠毛柄の上部である綿毛部分が揺れ、それが光った気がした。
あれ?
でも光るのは綿毛の下の部分で……?
茫然としていると、その綿毛から光が、少しずつ線香花火みたいに弾け初めて……。
「九十九―――――――――――――っ!!」
思わず、胸元の通信珠に向けて叫んでしまったのだった。
****
「今度は何をやらかした?」
夜ご飯を食べ終わって、自室で寛いでいる状態だったためか、九十九の服は朝食後のカッチリとした格好でも、昼食後の動きやすい格好でもなく、人間界にいた時のようなラフな格好、トレーナーとスウェットの部屋着にしか見えないものとなっていた。
いや、似合っているけど、銀髪碧眼にトレーナーとスウェットという違和感が凄い。
そして、この世界にもそんな服があるのは知らなかった。
今度、売っている場所を聞こう。
「おいこら、聞いてるのか?」
わたしが現実逃避をしていることに気付いたのか、九十九が強い口調で確認してきた。
「あ……、ごめん。えっと、ミタマレイルの花を触ったら、こうなりました!!」
思わずそう言いながら、顔を下に向ける。
「あ?」
九十九が眉を顰める。
この状況に納得できないらしい。
「いや、本当なんだよ」
九十九の顔がますます険しくなる。
だが、本当のことだ。
いや、この様子だとわたしの言うことを疑っているわけではないだろう。
だけど、信じがたいらしい。
その気持ちは分かる。
その一部始終を見ていたわたしすら、毎度おなじみ「どうしてこうなった!? 」状態なのだから。
わたしの部屋には今、光の玉が一つ、低い位置に浮いていた。
高さとしては、わたしが床に座った時、目の高さぐらいになる感じの位置。
その光の玉に何か黒い影が動いているっぽいのだけどそれは、よく見えない。
「オレも今まで何度か触ったし、毟ったし、食ったことすらあるけど、こんなことになったことはねえぞ」
「食ったって綿毛部分?」
ミタマレイルの花は、昼は綿毛そのものにしか見えない。
口の中がふわふわ……、いやモシャモシャしそうだなと思った。
「根も葉も茎も、花も……、だからほぼ全部だな」
どうやら、満遍なくお召し上がりのようです。
「それは夜も?」
「朝も昼も夜もだな」
そして、お食事時間帯も関係ないようです。
「光っている花をよく食べる気になるね?」
「食ってみろって言われたんだよ。ミヤから」
ミヤドリードさんの教育は徹底しているようです。
「あの湖まで上るまで、花の存在を知らなかったからな」
ああ、そうか。
九十九は記憶を封印前のワタシと会うまで、この場所から動いていなかったんだっけ。
それなら、湖の周囲にしか咲かないミタマレイルの花を見たこともなかっただろう。
そして、この様子だと空腹から食べたわけではなかったらしい。
「なんで、ミヤドリードさんはそんなことを言ったんだろうね?」
「あ? あ~? 不味いけど、その光を食ってみろって……?」
どうやら、その時の記憶は曖昧らしい。
しかも、不味いことが分かっていて食べさせたとか、結構、酷い話だった。
「いや、そんな思い出話はどうでもいい。これは、お前が触ったからってことか?」
「でも、わたしもこれまでに何度か触っているよ? さっきも何度か埋もれたし……」
何でもわたしのせいにされてはたまらない。
「これまでと何か違ったことは?」
「ああ、花を一本だけ抜こうとしたかな」
「一本だけ?」
「そう、こうやって……」
まだ残っているミタマレイルの花の光っている冠毛柄部分を掴んで、引っこ抜こうと力を入れる。
すると……。
「ふぎゃっ!?」
「なっ!?」
先ほどと同じように光がはじけ飛んだ。
九十九が咄嗟にわたしの腕を引いて、背に庇おうとするが、だが、わたしの指からミタマレイルの花は残ったままだったために、わたしはまたも目の前で珍現象を見ることになった。
わたしの指に挟まれたミタマレイルの花は、線香花火のように火花を散らし、最後に大きく弾けて、空中に一つの光の玉を生み出したのだ。
指に摘ままれていたミタマレイルの花は、そのまま、消えていったが、これで、わたしの部屋に二つ目の光の玉が生まれたことになる。
そして、さっきよりも、こちらの方が眩しい。
その光の玉が浮く高さは、先ほどよりも高い位置にあり、そして、ちょっと大きい気がする。
その光の玉の中央部に、最初に出た光と同じようにぼんやりと黒い何かが映って動いているようだが、その周囲の光が結構明るくて、その影がよく見えないところまで同じだ。
「熱くはねえな」
九十九は光の周囲に手をかざす。
「光の中に影……」
どうやら、九十九の中にある検証魂が目覚めたようだ。
「ふわっ!?」
だが、次の瞬間に九十九がとった行動に、思わず声を上げてしまった。
「どうした?」
「びっくりしただけ」
「いや、それは分かるが、ああ、コレが似合わないか?」
そう言いながら、九十九は顔に付けたものを差す。
思わず無言で首を横に振った。
「似合ってる!」
わたしは両拳を握って主張する。
思わず、絵を描きたいぐらいだ!!
「思わず絵を描きたいぐらいに?」
「ふわっ!?」
まさか、心を読まれた!?
「そんな顔をしてた」
「うあ~」
思わず両頬をぐにぐにとする。
そんなに顔に出てしまったのか。
これは恥ずかしい。
でも、仕方ない。
九十九が!
眼鏡!
これで興奮するなと言うのが無理だった。
ちょっと暗めの赤紫色の入った眼鏡が、銀髪と青い目の今の九十九にとてもよく似合っているのだ。
おかしい。
わたしには、眼鏡属性と呼ばれるものはないって思っていたんだけどな~。
「ただの遮光眼鏡なんだけどな」
苦笑しながら、九十九は再びその光の玉に向き合った。
昼間は存分にキャッチボールをして、夜には眼鏡九十九の拝顔だと?
何? このご褒美。
そんな阿呆なことを考えながらも、九十九の横顔を見ているしかないのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました




