基準
「今日もしっかり光っているね」
「まあ、ミタマレイルだからな」
日が暮れて、キャッチボールができなくなった頃、昨日と同じように森の湖の周辺が光り始めた。
因みにキャッチボールは広場でやっていたけれど、湖からは離れていた。
流石に、水場にボールが入ると面倒だからである。
九十九の魔法ですぐ乾かせることは知っているけど、やはり湖にボールを入れてしまうのは問題だろう。
いや、湖に落ちなくて済んだのは、キャッチボール相手が九十九だったからであって、あの速球で、さらにノーコンっぷりならば、何度、ボールが湖に落ち込んだかは分からない。
河川敷の球場でソフトボールの試合をした経験が蘇った。
ファウルボールなどの打ち損じは、どうしてもネットを越えてしまうことがある。
ゴルフで言う池ポチャのように、川にボチャンと入って流されるのだ。
ソフトボールが、どんぶらこっこ、どんぶらこっこと川を流れる様を見るのは何とも言えない感覚になる。
知ってる?
ソフトボールって水に浮くんだよ?
それらを危険がないように長い棒などで取ろうとするが……って、そんな思い出話はどうでもいい。
「人の想いを吸って咲く花か~」
足元でゆらゆら揺れるミタマレイルの花を見ながら、現実に返る。
それはどんな想いなんだろう?
わたしや九十九が感情を込めて歌っただけでも咲いたのだ。
それはごく普通の想いなのだろうけど……。
「苦いから食うなよ」
「流石に、わたしもこの世界の野草を摘んで食らうような趣味はないかな」
しかも、本来、貴重な霊草だと聞いている。
そんな罰当たり……、いや、九十九はそんな苦い草を食べるしかない状況にまで追い込まれたことがあるのか。
「どう料理しても苦いだけで美味くならないんだよ」
いや、やっぱり罰当たりだった。
既に何度か料理に挑戦済みらしい。
「人の想いは苦いのか」
それはちょっとした皮肉にも思える。
「まあ、甘くはないな」
九十九もそれに気付いたのか苦笑して答える。
「そう言えば、セントポーリア城はどうだった?」
光っているミタマレイルの花を指先で軽く突きながら、わたしは確認した。
お昼ご飯の時に少しだけ話をしたが、その詳細は聞いていない。
書類仕事をしたという情報以上のものがなかったのだ。
「あ~、昼飯の時も言ったが、陛下が書類に埋もれていた」
今回、九十九は大神官の遣いとして挨拶に行ったはずだったが、それでも書類に埋もれていた状態での応対だったらしい。
そして、情報はやはり増えなかった。
「いや、その……」
「陛下もその秘書も元気そうではあったよ」
「ぬう」
わたしが気にしていたことが分かっていたのに、九十九はあえて、書類の話をしたらしい。
酷い。
「あ~、それと、ヤな奴にも会った」
「ヤな奴? 王子殿下?」
「いや、あのクソ王子よりも数段上の嫌な女だ」
それで察する。
「王妃……、殿下……に?」
その言葉を口にするだけで、何故かゾクリとしたものを覚えるのは何故だろう?
わたしが覚えていないどこかで、何かを感じているってことだろうか?
「おお、オレに向かって、自分に仕えろとか言いやがった」
「ほあっ!?」
ちょっととんでもない話を聞いた気がする。
「ふざけた話だよな~」
「それって、引き抜きってやつじゃないの?」
「まあ、そうなるな。オレが大神官の遣いって知ったら、無遠慮にそう言ったから」
「え? なんで?」
その話だと、会っただけだよね?
え?
会話中に九十九の中の才に気付いたとか?
「知らん」
「理由を聞かなかったの?」
「あまり、会話したくなかったからな」
うぬう。
九十九の言い分も分かる。
つまり、王妃殿下は理由も告げずに、大神官の遣いを引き抜こうとしたのか。
「そういうのって、普通、上司の方に交渉するものじゃないの?」
この場合は当然、大神官である恭哉兄ちゃんに言うべきことだろう。
いきなり本人に直接交渉とか、いや、この世界のお偉いさんは、普通にそれをするね。
どこかの金髪の王さまを思い出す。
あの人もセントポーリア国王陛下の前で堂々と、母に向かって直接交渉していたっけ。
「ああ、千歳さんの話では王妃が接触しに来たのは、オレが情報国家の王子と間違えるほど整った美丈夫だからとかなんとか言っていた気がする」
「しかも、母の目の前で!?」
凄い神経をしていらっしゃる。
しかも、採用条件が顔とか。
王妃殿下とは殿方のお顔の趣味が合うかもしれない。
嫌だけど……。
でも、自分の息子ほどの殿方にそんな理由で声をかけるものなのかな?
そんな風に思考をしていると……。
「おい?」
「はい?」
九十九からちょっとドスの効いた声を掛けられた。
「お前が気にするところはそこか?」
「その他に気にすべき点はなかったと思うけど」
強いて言えば、採用基準が顔という点だろうか?
ああ、確かに九十九からすれば、それは嫌かもね。
どうせなら、能力を認められたいだろう。
顔が良いのも一種の才能だとは思うのだけどね。
「いや、オレが美丈夫という点に突っ込まないのか?」
だが、九十九は変な所を気にする。
「え? なんで?」
「なんでって……」
「あなたの顔が良いのは今更の話でしょう?」
わたしがそう言うと……。
「は!?」
彼は何故か目を丸くした。
「え?」
あれ?
この反応って……。
九十九ってひょっとして、自分の顔が良いって自覚がない?
「あなたのお顔は、わたしの友人たちが認めるほど良いよ?」
ワカやオーディナーシャさまはああ見えて、かなりの面食いだ。
生涯のパートナーに選んだ相手を見れば、それも分かるというものである。
恭哉兄ちゃんは言うまでもなく、グラナディーン王子殿下もお顔がよろしいから。
「いや、お前の友人たちのアレは、単にオレを揶揄っているだけだろう?」
「わたしの友人たちは確かに揶揄う人たちではあるけど、一定基準にない人の顔を褒めはしないと思うよ」
特にワカは九十九の顔を結構好きだと思う。
わたしのことを揶揄う時も「高田って、結構面食いよね」と小学生時分から言われていたぐらいだし。
だが、面食い度合いではワカの方が上だと思うのですよ?
「ちょっと待て」
「はい」
九十九が右手で制止のポーズをした。
さらに左手で自分の額を押さえている。
どうしたんだろう?
「お前はどう思う?」
「へ?」
何の話?
わたしの友人たち?
「オレの顔」
「わたしもあなたの顔は良いと思っているけど?」
寧ろ、これで整っていないと言う方は目が悪いと思っている。
多少、身内の贔屓目とかはあるかもしれないけど、もともと好みであるこの顔が悪いとは言えるはずがない。
だが、わたしが答えるなり、九十九はなんと、湖に顔を突っ込んだ。
「ちょっ!?」
その勢いで数十センチほどの水柱が上がったのだから、結構、激しく突っ込んだのだと思う。
だけど、突然の奇行に、わたしはどうして良いか分からなくて、おろおろとしてしまった。
しかも突っ込んでいる時間が長い。
え?
魔界人って、どれぐらい呼吸が続くの?
助けるべき?
そう思った時だった。
「ぷはあっ!!」
突っ込んだ時と同じぐらいの勢いで、九十九が顔を上げた。
ミタマレイルの花の光と、九十九の銀髪と、跳ね上げられ丸くなった水たちがキラキラと輝いて、ちょっと不思議な光景を見ている気分になる。
いや、見惚れている場合ではない!!
「大丈夫!?」
「大丈夫だ。ちょっと驚いただけで、その……、大丈夫だ」
あまり大丈夫ではないらしい。
「もしかして、あなたは自分の顔が良いって思っていなかったの?」
先ほどの話を総合すると、そうなるよね?
「オレの顔なんか、普通だろ?」
「普通の人に謝れ」
この顔を普通?
認めない。
いや、確かに美形というのはその時代、地域とかの平均的な顔らしいけど、平均的イコール普通ではないだろう。
美形は奇跡的に釣り合ったバランスの良い顔だと思っている。
「あ~、マジか~」
濡れた髪をかき上げながら、九十九はそう言った。
この状態はまさに水も滴る良い男の図だよね。
「あなたは自分のお兄さんのお顔を普通だと思う?」
「兄貴が? あの顔は派手だろ?」
「派手とまではいかないとは思っているけど、華やかで目を引く美形だよね?」
「つまりは派手ってことじゃねえか」
だが、美形であることは否定しないらしい。
「お兄さんに似ているあなたも十分美形だよ」
タイプは違う。
雄也さんが華やかな美形なら、九十九は爽やかな美形だ。
スポーツマンタイプな感じ。
実際、運動できるので、その評価も間違っていないと思う。
「オレと兄貴は似てないだろ?」
まだ言うか。
それならば、とっておきをくれてやろう。
「わたしがあなたにモデルを頼むのも、あなたの顔が整っているから」
「あ?」
九十九の目がぱちくりとした。
この顔はかっこいいよりも可愛いと思ってしまう。
だが、今はこの際、どうでもいい。
「美形な殿方を描きたいと思うから」
「ちょっと待て?」
九十九が制止させようとしているが、わたしは待たない。
「あなたの顔が良いから、わたしはあなたの絵を描きたいっていつも言ってるの!!」
そう勢いのままに叫んだのだった。
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