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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1809/2805

抗議

「私は御使者殿を見送らない方が良かったでしょうか?」


 ふと、千歳さんがそんなことを言った。

 あのクソムカつく女から絡まれて、暫く歩いた時のことだった。


 そろそろ、城の城門が近くなったところでもある。


「国王陛下の秘書である貴女に送っていただいたことは、大変、心強いですよ?」


 千歳さんにしては暗い表情だった上、何故、そんなことを言われたのかが分からず、オレは問い返す。


「ですが、ご不快な思いをされたことでしょう?」


 それで、千歳さんが何を気に掛けたのかが分かった。


「不快な思いはしましたが、あれは貴女のせいではありませんから」


 どう考えても、あの女のせいだろう。


「それに、どちらかと言えば、不快な思いをなされたのは、私よりも貴女の方ではありませんか?」


 先ほどの女は明らかに千歳さんに敵意を向けていた。


 どう見ても、オレよりも千歳さんの方がいろいろな意味で嫌な思いをしている。


 単に見下して無視されているだけなら良い。


 だが、あの女は千歳さんのことを「羽虫」呼ばわりした上、品の無い言葉で終始侮辱し続けた。


 あれを鵜呑みにすれば、千歳さんは身体を使って若い男を籠絡している厚顔無恥で無能な女だ。


 そんな女に兄貴があれほど心酔するか?

 しかも、幼児期からだぞ?


 そんな妄想を自国の人間だけならともかく、他国の男にまで刷り込もうとするのがいただけない。


 しかも、そのぶちまけられた表現は、日常的に聞くことができない俗語(スラング)のような言葉を多用していた。


 栞……、いや水尾さんには意味が分からないことが多かっただろう。

 栞はああ見えて、漫画からの知識もある。


 実体験は伴わなくても、聞くに堪えない俗語(スラング)を知識として持っている可能性がないわけではない。


 あまり考えてくはないけれど。


 そのために、千歳さんは幾重にも恥ずかしい思いをしたことだろう。

 その内容的にも、クソ女の言動的にも。


 オレが実は知人だとかそんなのは関係ないのだ。

 いや、知人だからこそより恥ずかしいかもしれない。


 自分の子供たちと変わらない年代の相手に対して、なんて阿呆の数々を披露してくれやがったのか? という意味で。


「いいえ。私は慣れておりますから」


 それは慣れたらいけないやつだと思う。

 いや、もう麻痺しているのだろう。


「ですが、御使者殿は、初めての体験だったでしょう?」

「とても、得難い経験をさせていただきました」


 千歳さんの冗談めいた言葉に対して、笑顔で応える。


 つい最近、リプテラでぶっとんだ栞が好きすぎる女と会話した時も、世の中にはいろいろな女がいるなと思ったが、それとはまた別の方向性の刺激を頂いたことは間違いないだろう。


 謹んで、お断りしたい経験ではあるが、オレにとっては必要なことだ。


 オレは敵を知る必要がある。

 あの女は、栞と千歳さんの敵であり、オレにとっては師の仇も同然の存在である。


 だから、本当は、あの女と顔を合わせる機会があれば、あるいは、声を聞いた瞬間に飛び掛かってしまうかもしれないと思っていた。


 ずっとそう思っていたのだ。


 相手はあんな女でもこの国の国王陛下の妃だ。

 手を出せば、大問題になる。


 そんなこともあって、人間界から戻ることはしなかったという事情もあった。

 オレは自分を御せる自信がなかったのだ。


 だが、実際、会って、声を聞き、言葉を交わしたにも関わらず、意外にも平気だった自分がいる。


 確かに腹立たしく思ったが、瞬間的な殺意にまでは至らなかった。


 まあ、勿論、継続的な殺意ならばあるが、それでも、表に出さない程度に抑え込むことはできたのだ。


「ただ、先ほどの遣り取りの全ては、大神官猊下には伝わると思ってください」

「それは……」


 オレの言葉に千歳さんが言い淀んだ。


「私は大神官猊下の遣いです。自分に対して向けられた言葉なら我慢は致しますが、猊下やそれ以外の神官たちに対する侮辱は看過できません」


 本当ならば、千歳さんの言葉に対しても我慢はしたくない。


 自分の恩人があそこまで侮蔑の言葉を受け続けて、それをヘラヘラ笑って流せるほどオレの人間はできていない。


 だが、今の立場上、これが精一杯の抗議だ。

 これ以上のことはできないし、言えない。


 そして、今回はその相手がオレだったから、この程度で済んでいる。


 だが、本物の神官や他国の人間たちなら、即、セントポーリアに対して猛抗議の対象となるだろう。


 妃の首輪すら付けることができないのかと。

 いや、あの様子だと常習犯の可能性もある。


 既に、何度か抗議を食らっていてもおかしくはないのだが……。


「いつもは陛下へ訪問される賓客のことなど、気にされる方ではないですよ」


 オレの気持ちを察したのか、千歳さんが困ったようにそう言った。


「他国からの人間など、どう扱っても構わないと?」


 思わず口調に棘が入ってしまう。


「そのような意味ではなくて、どうお伝えすれば良いのかしら? 普段の王妃殿下は、お客様がいらしても、ご自分の部屋から出ることなく、慎ましくお過ごしなのですが……」


 千歳さんが言葉を選んでいるのは分かっている。

 どこで、誰が聞き耳を立てているか分からないからな。


 魔法を使って盗み聞きすることはできなくても、扉や柱の向こうに隠れることはできるのだ。


 まあ、それぐらいの気配は察することができるから問題はないが。


 だが、オレの知る「慎ましい」とは随分、違う意味だな?


 あの女が毎月使っている金額は、オレたち三人が使う生活費よりもずっと可愛らしくない金額だったぞ?


「陛下の部屋を出入りされた御使者様のその御姿が、あまりにも()()()()()()()()()()()()ので、気になってわざわざ足をお運びになられたようですね」

「……はい?」


 千歳さんが何を言っているのか分からなかった。


 オレが光り輝いている?


 髪か?

 ああ、この銀色の髪のことか?


「情報国家の王子殿下と見紛うほど()()()()()()()()()でいらっしゃいますもの。王妃殿下だけでなく、城の者たちがそわそわしてしまうのも分かる気がしますわ」

「……はい?」


 美丈夫?

 誰が?


「あら? ご自覚がないのかしら?」

「何の……、でしょうか?」

「御使者様はかなりの美丈夫ですよ?」

「御冗談を」


 もしくは社交辞令だ。

 それぐらいはオレにも分かる。


「あらやだ。本当に自覚がないのかしら」


 千歳さんの素が出た。


 いや、近くに他者の気配はないから問題ないが。


 先ほどのクソ女出現時に、ほとんどの気配がオレたちから離れている。

 他の人間たちもそれだけ関わりたくないということだ。


「御使者様は、かなり魅力的な殿方ですよ」


 そんな言葉とともに、魅惑的な笑顔を頂戴した。


 どこかの娘を思い出してくらくらする。

 この母娘は、こんな所もよく似ている。


 人の心を擽る言葉と表情を無自覚で垂れ流すのだ。


「お褒めに預かり光栄の至りに存じます」


 やべっ!!

 動揺のあまり、硬すぎる言葉が出た。


「申し訳ありません。あまり、聞き慣れない言葉だったので」


 自分の容姿を褒められることはない。

 兄貴の方が良いことは分かっているからな。


 だから、素直に嬉しいとは思う。


 身内の贔屓目はあるだろうが、先ほどから千歳さんは嘘を吐いていないのだから。


「そうなのですか? それは意外ですね」


 千歳さんは本当に驚いた顔をした。


「御使者殿のお顔は、かなり()()()()()()だと思うのですが……」


 あぶねえっ!!

 城内だと言うのに、すげえ声を出すところだった。


 だが、クスクスと笑っている千歳さんを見ていると、揶揄われたんだろうなとは思う。


「それは光栄なことですね。私の主人などは、男性扱いなどしてくれませんから」


 寧ろ、寝具としてしか見ていない。

 いや、別にそれでも良い。


 栞に触れることができるなら、寝具でも、椅子にでもなんにでもなってやる。


「ふふっ、御使者様のご苦労が偲ばれますね」


 ええ、貴方の娘さんには振り回されています。


 だが……。


「いいえ、苦労とは全く思いません。主人に振り回されている時間は、私にとっても至福なので」

「あら」


 千歳さんが口元に手をやって少し、考えるような仕草をする。


「そこまで想われているなら、御使者様のご主人さまも本望でしょうね」


 さらにそう言って微笑んだが……。


「それならば、今のままで、本当によろしいのでしょうか?」


 そんな、どこかで聞いたことがあるような言葉を口にしたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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