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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1806/2804

政務

「まさか、二時間(二刻)も手伝わされるとは思っていませんでした」


 オレは肩を落とす。


 少しの間、国王陛下の仕事を手伝うと決めてから、すぐに机と椅子、筆記具が用意された。


 そして、目の前に書類が積まれた。


 それをとっとと片付けようと思って始めたが、何故か、不思議と書類が減らなかったのだ。


 そのために、自分の作業効率が悪かったと思い、集中して書類を片付けていった。


 気付けば、時間を忘れて書類に集中してしまっていた。

 そのために、予定よりも30分(半刻)も遅くなってしまったのだ。


 オレ、実は書類仕事、向いてないのか?


「貴方の御主人様には、既に連絡されたのでしょう?」


 来た時と同じように、横を歩く千歳さんは城内の通路を歩いているために、オレに対しても敬語となっている。


「はい。先に予定よりも遅くなりそうだと伝えております」

「それならば、何も心配は要らないのではないですか?」


 確かに問題はないのだが……、なんとなく、モヤモヤしているのだ。


 あれぐらいの書類でこんなに時間がかかったのは初めてだったから。


「御使者殿は、人間界という異世界をご存じでしょうか?」

「はい。存じております」


 不意の話題転換。

 だが、これぐらいは問題ない。


「それでは、東北地方という地域で有名な、『椀子蕎麦(わんこそば)』というものについては?」

「わんこ……? …………あ」


 一瞬、「わんこ」という言葉から、犬に変換されたが、その言葉には覚えがあった。


 確か、客が断るまでその椀に、次々と蕎麦を入れて空にならないように振舞う料理だったはずだ。


 ちょっと待て?

 この流れでその話題。


 つまり……?


「『椀子蕎麦(わんこそば)』が絶えず、お椀に蕎麦が継ぎ足されるなら、今回はその机版ということになりますね。ストップがかかるまで、御使者様が向かわれている机上に書類を追加していきましたから」


 オレがその言葉の意味を理解すると同時に、笑顔でそんなことを言われた。


「おかげで助かりました。申し訳ありませんが、次回もまたお手伝い、よろしくお願いいたしますね」


 さらにそう続けられる。

 またやらせる気ですか?


「次は即、ストップをかけます」


 そう答えるしかない。

 そんな単純な手に気付かないほど集中していた自分が悪いのだ。


「御使者殿はご存じですか?」


 千歳さんは優雅に微笑む。


「人間界の『椀子蕎麦(わんこそば)』は、お椀に蓋をするまで終われないそうですよ」

「蓋……?」


 お椀ならともかく机に蓋?

 どうやって?


 ああ、机に倒れろということか?

 確かにそれは強制ストップとなるだろう。


 だが、それを国王陛下と千歳さまの目の前で?


 無理だよな!?


「つまり、始めから挑戦しない方が良いと言うことですね?」


 拒否権があるとは思えないが、できるならそうした方が良いと言うことになる。


「いいえ。本日のように粗方、片付けば、国王陛下も満足されると思いますよ」


 今度は有無を言わさぬような迫力ある笑みを見せつけられた。


 ひでぇ!!

 でも、それだけ、この方々があれらの書類に奮闘しているということである。


 多少はやむを得ない部分はあるだろう。

 嵌められた感が酷過ぎるけど。


「見た限り、書類の無駄が多すぎると愚考します」


 前回もそう思った。


 重複する情報も少なくない。


 辛うじて分野ごとには纏められているものの、報告書の(てい)を成していないものも多い。


 予算案も資料が適切ではない。

 例年の通りならともかく、増額を希望するなら、それなりの根拠を出せ。


 金は有限だ。

 横領するためにあるんじゃねえんだぞ?


「これでも以前よりは良くなったのです。私が、昔、この城にいた頃は、もっと酷く、国王陛下は一人で書類仕事をされていました」

「この国にも昔から文官はいると聞き及んでおりますが?」


 少なくともこの国には、外交を司る外務官、内政を補佐する政務官、財政を守る財務官、神事を担当する神務官があるはずだ。


 それらを統括するのが国王陛下を始めとする王族であり、その各官に長が一人とその手足となる役人たちがいる。


 人間界に比べればかなり大雑把な区分けだが、それは国家の規模と人口の違いも一因である。


 この国は日本より広大であり、資源も豊かだが、人口はそんなに多くない。


 要は、多少のどんぶり勘定や大雑把な統治でも、国が回ってしまうのである。


 そして、識字率は低くないが、報告書を含めた細かい資料作りは苦手な人間が多すぎる。


 教育は全て、親任せ。

 様々なことを学ぶための家庭教師を含めた教育係を付けるかどうかも、その親次第となる。


 尤も、高位の人間は我が子が成人した時に恥をかかない程度に、最低限の教養を身に着けさせることが一般的らしいが。


 城下に住む一般市民は、自分たちが生きていくために必要な知識を親兄弟から学び、さらにやりたいことがあれば、専門職に見習として入ることになる。


 教育機関のようなものは、聖堂の「教護の間」があるぐらいか。


 地球ならとっくに崩壊しているであろう国家運営もなんとかなってしまうのは、この世界には魔法があるからだろう。


 凄まじい話だ。


 そして、オレがその事実を知ったのは、割と近年である。

 具体的には、前回の書類整理後、兄貴との話で知った。


「御使者殿なら、こちらの事情も理解できるのではありませんか?」


 そんなオレの気持ちも理解できる千歳さんは微笑む。


 千歳さん自身も、人間界で政治に携わっていたわけではないが、それでも、世界や日本の歴史を多少なりとも見てきている。


 栞の話では、日本史、世界史とも雑学を含めて相当な知識だったと聞いている。


 そして、恐らくは人間界からこの世界に来る時、兄貴の手によって、大量に書物を持ち込んだはずだ。


 それが、城下にいた一月の間、ほとんど部屋に籠っていた理由だろう。


 それほど、あの世界では書物が溢れていた。

 流石に現代の国家機密のものは無理でも、過去の国家機密だったものは歴史書に残っている。


 参考資料として使えるものもあったはずだ。


 そして、それを受けて、これまで国王陛下が手探りで行っていた国家改革の道筋が、少しだけその輪郭をはっきりさせた。


 千歳さんが、短期間で秘書になれるわけだよ。

 誰も、その見知らぬ変革に付いていけないのだから。


 尤も、これまで大雑把に繰り返されてきた状態をいきなり改革しようとしても、周囲の反発もあり、なかなか難しい。


 その結果が大量の書類なのだろう。


 資料を纏めることにも、少しずつ変えられている仕組みにも、まだ人間の意識が付いていけていないのだ。


「行政機関を1府22省庁とは言わないまでも、もう少し、役割分担をして行政の細分化をしたいところですが、現時点ではまだ受け入れがたいでしょう」


 さらりと言われたが、日本の行政機関って、そんなにあったのか?


 まず、1府ってなんだ?

 行政府?


 それ以外だと、文部省、大蔵省、外務省、農林水産省、厚生省、……気象庁?

 全然、足りないな。


 兄貴なら知ってるか?


「国家の特性上、三権分立は無理でも、せめて法律関係と行政組織ぐらいは分けたいのですがそれもなかなか難しくて……」


 中学の公民で習った覚えはある。

 司法、立法、行政……だったはず。


 オレの知識の付け焼き刃っぷりが半端ない。

 それぞれ単語は覚えていても、それが何を意味しているかが、少しずつ抜け始めている。


 いや、流石に司法、立法、行政の意味ぐらいは分かるけど、そこから広がる組織図とかが朧気になっているのだ。


 この世界で不要だと思っていたが、いや、別に国家に関わる気はないんだから、忘れても問題はないとさえ、思っていた。


 だが、今にして思う。

 完全に忘れてしまうのは問題だ。


 兄貴はまだ資料を持っているか?


 教科書ってやつは大分、それらが無駄なく纏まっていて、分かりやすい参考資料だったと今更ながら思う。


 栞はどれだけ覚えている?


 そんなことを考えている時のこと。


「おや? 見知らぬ人間がいるようじゃな」


 そんな()()()()()()が、辺りに響いたのだった。

行政機関の数1府22省庁は、一応、この話の時代を参考にしています。

そのため、数が違う点はご承知ください。


因みに現在、内閣官房ウェブサイトにある2022.7時点行政機構図では1府13省庁。

その機構図では、国家公安委員会(警察庁)や宮内庁は、内閣府の一部として扱われています。


1府は当然、内閣府です。


そして、気象庁は運輸省(現:国土交通省)の外局となります。

個人的には、大蔵省(現:財務省)という響きが懐かしい。


しかし、この日付(主人公の誕生日)で投稿する話題としてはいかがなものか?

そんな思いも無きにしも非ず。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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