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運命の女神は勇者に味方する  作者: 岩切 真裕
~ 剣術国家セントポーリア編 ~

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1805/2805

思惑

「ふむ……」


 銀髪碧眼の青年をしっかり二時間(二刻)ほど拘束した後、その背を見送った王は一人、考える。


 本来は黒髪、黒目。

 そこは兄も同じだ。


 彼らは5歳と3歳の時に、年齢よりも幼く見える黒髪の娘より手を引かれ、この城に来た。


 その年齢も当人たちの言であり、正確ではないが、ほぼ間違いではないのだろう。


 聞いた話では、彼らは両親を亡くしたと聞いている。


 城下で熱病が流行った時期だった。

 彼らの親もその熱病で亡くなったのだろうと推測している。


 本来なら、外部からの人間を招き入れるのは容易なことではない。

 両親が亡くなり、孤児となったのなら、城下にある聖堂に預けることが筋なのだ。


 だが、彼らが城に来る二週間ほど前から、城下の聖堂は既に孤児で溢れかえり、これ以上の受け入れは難しいとから陳情が何度も上がっていたこと。


 その幼き娘が初めて震えながらも王に願ったこと。


 王自身がどうしても精神的に勝つことができない二人の女性からの積極的な推薦があったこと。


 そして、彼らの気配に悪いものが混ざっていないこと。


 それらの理由に加えて、娘が彼ら兄弟を見つけたのが、城下の森の湖近くだったということ。


 それを聞いた時、王は、何かの縁を感じずにはいられなかった。

 自分が愛しく思う娘と出会ったのも、その城下の森の湖に向かうところだったのだから。


 あの湖は精霊たちに愛され、その水は穢れを浄化すると言われている。


 かの有名な聖女もそこで身を清め、「大いなる災い」を封印したという伝説も残っているほどのものだ。


 王も王子と呼ばれた身分であった頃は、その湖に赴き、自身の相棒でもあった翼馬族の身体を清めていた。


 その時に出会った娘が、今は王の傍にいるようになった女性だ。


 年を経ても尚、その頃の愛らしさは欠片も失われていない不思議な女性。

 その彼女は少し前、娘とともに十年という決して短くない期間、王から離れていた。


 その居場所に見当は付いていたが、その当時、王族という立場を忘れて追いかけることなどできなかった。


 ただでさえ、不安定な国だ。


 王族というモノに固執する気はないが、国を滅ぼしたいと思うほど、生まれ育ったこの国に情がないわけでもなかった。


 何より、あの母娘がこの国に戻った時、その居場所を守ることができるのは、王族しかいない。


 あの母娘は、この国に身寄りがなかったのだから。


 その時、国から動けなかった当時の王子に代わって母娘を見守り続けてくれたのが、件の黒髪の幼い兄弟であった。


 彼らを受け入れた時は、考えもしなかった。


 ここまで、彼らに娘のことを任せきりになるなど。

 託しても大丈夫だと信頼できるほどになることも。


 だが、幼くも身命を賭して、母娘を護り続けていたその姿に、何も感じない人間などいない。


 今も、あの娘の身が護られているのも、彼ら兄弟の手柄である。


 王の目から見ても、人間としての魅力があり、魔力も強く、魔法力も多いのに、どこか危うい娘。


 彼ら兄弟がいなければ、間違いなく、法力国家ストレリチアにあの娘は取り込まれていたことだろう。


 その娘は、法力国家ストレリチアの大聖堂にて「聖女の卵」と認められるほどの存在だったのだから。


 そして、法力国家ストレリチアの王族だけでなく、神官たちの頂点に立つあの若き大神官すら娘のことを気に入ったらしい。


 さらには、機械国家カルセオラリアでは、国王に目をかけられ、第二王子より求婚されたとも報告されている。


 何故、的確に王族に接していくのか?

 そして、何故、気に入られてしまうのか?


 考えるまでもなく、それが、あの娘の魅力(ちから)ということになるのだろう。

 王の立場としては、複雑な気分にはなるのだが。


 そんな娘を護り続けている彼ら兄弟は、あらゆる方向で使えるのだ。


 かなりの努力の結果だろう。

 多方面に亘り、能力が優れている。


 今回の書類仕事だけではない。


 あの娘を護るために何故か、他国を旅することになったのだが、行く先々の情勢も、下手な外交官よりも的確に見ていた。


 そして、彼らの傍にいることで、娘自身が、成長を遂げている。


 魔力成長期ということもあるだろう。


 だが、報告を受けている限り、それ以外の部分もあるはずだ。

 その辺りは王の立場以外の部分で複雑な心境になるのだが。


 だから、たまに憂さ晴らしをするぐらいは許してもらいたい。


 この身は王であるために、気軽にあの娘に会うことができない。


 だが、あの兄弟は命令とはいえ、娘の傍にいるのだ。

 それも、四六時中。


 王は愛しい女性と仕事以外で傍にいることはほとんど許されないのに。


 つまり、あの大量の書類仕事は、王の八つ当たりも入っていたわけである。


 さらに、的確に素早く処理していくので、途中からは王もその秘書も面白くなって、予定以上の業務をさせられていたことを、黒髪の……、いや、今は銀髪に模した青年は知らない。


 娘の力の片鱗は、ストレリチア城内の大聖堂にて見せてもらった。

 さらにこの城でも。


 王族として、十分、いや、過剰なまでの魔力と魔法力。


 頂点に立てば、確実に、自国だけでなく、他国の王族たちすら凌駕するだろう。


 流石にあの魔法国家アリッサムの女王を越えないまでも、その横に並ぶほどにはなると見ている。


 国王となれば、大陸神の加護が格段に上がるためだ。

 それがあるから、国王と呼ばれる存在は、国の頂点に君臨することができる。


 そして、その魔法国家アリッサムは、今はもうない。


 最近、その城跡は見つかったと報告が上がっているが、その場所で、王族たちは一人も発見されなかったとも聞いている。


 二人ほど、とある娘の傍にいるらしいが、それをわざわざ公表する気もなかった。


 娘自身も、その王族たちも、それらを護衛している彼ら兄弟も、表に出すことは許さないだろう。


 確実にまた新たな火種に巻き込まれることが分かっているのだから。

 尤も、あの娘を巻き込ませたくないと言う、そんな私情だけで公表しないわけではない。


 あの会合での口ぶりから、少なくとも、情報国家の国王もそれぐらいは掴んでいることだろう。


 だが、公表に至らない。

 いや、少なくとも、今は公表できない事情があるということだ。


 そして、機械国家カルセオラリアも王族の行方を知っていて、尚、今も沈黙を保っている。


 かの国の王族たちは、自分たちの懐にあったも同然だったのだが、あの会合でもそれを告げなかった。


 それを出せば、形勢は不利になることもなかっただろうに、それを選ばなかったのだ。


 カルセオラリアを追い落とそうとしていた輸送国家クリサンセマムは、アリッサムの王族を保護していることを知っていれば、乗物国家ティアレラのことなど捨て置き、カルセオラリアを持ち上げる方向に動いたはずだ。


 それほどまでに、フレイミアム大陸の現状は悪化の一途を辿っている。


 そして、その焦りは、どの国よりも同じ中心国である我がセントポーリアが理解できてしまうだろう。


 大気魔気の調整というのは、それほどに厄介な代物なのだ。


 そして、それほど厄介な調整(もの)を魔法国家アリッサムは一国で代々、担ってきたということにもなる。


 恐らく、クリサンセマムは、フレイミアム大陸の他の国からも中心国としてもっと仕事しろと突かれているはずだ。


 フレイミアム大陸は六大陸中、最も大気魔気の荒ぶる地である。

 それだけに、クリサンセマムには一種の同情を禁じ得ない。


 幸いにして、セントポーリアにはまだ余裕も、猶予もある。

 アリッサムと違い、王族が全てその地からいなくなったわけではない。


 微力ながら、我が身がこの地で王として座しているだけでも、大気魔気の状態が全く違うのだ。


 だが、次世代となればどうだろう?


 ダルエスラームに王族の資質が皆無だとは言わない。

 あの男なりに努力は見て取れる。


 政務には積極的に関わってはこないが、それについては、補佐に任せるという方法もあるのだ。


 だから、その部分は問題にならないだろう。

 どの時代にもその座にいるだけの王はいる。


 そして、この世界の王に求められているのはその座に座って大気魔気の調整をすることだけなのだ。


 だが、ダルエスラームには決定的に、その大気魔気の調整をするための魔力が足りない。


 王になれば、大陸神の加護を受けるために底上げされると思っているが、現時点で、あの娘との魔力差が明らかである。


 加えて、王位を継いでも、この国の王が持つべき神剣ドラオウスは継承できないだろう。


 神剣ドラオウスは精霊王より賜ったもの。

 そして、継承者の直系が継ぐものとされている。


 王位の継承ではない。

 その所持者の直系に限るのだ。


 今のままでは、神剣ドラオウスを授かって以降、初めて、神剣ドラオウスを抜けない王の誕生となる。


 それを、トリアは気付いているのか?

 いや、あるいは、神剣ドラオウスの伝承を信じてもいないのか?


 まあ、どちらでも良い。


 国を、国民を謀り、軽んじた者の末路はいつだって悲惨なものだ。


 そして、あの娘には間違いなくこの国の王位も神剣ドラオウスも継承権があり、王族の資質も高いと分かっている今。


 わざわざ、国を滅ぼす方向を歩ませる必要性もない。


 全ては、その母親次第。

 あの娘とこの国の未来は彼女に全てかかっていると言えるだろう。


 そして、あの兄弟。

 彼らがあの娘に侍り続ける限り、娘の身は護られる。


 尤も、これらの思惑を、あの情報国家の国王がいつまで黙認してくれるかは分からないのだが。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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