【第2章― いつかは覚める夢 ―】夢か現か
この話から第2章です。
―――― ひどい夢を見た。
初恋の人と再会。
いや、それが悪かったという気は全然ない。
正直、ここまでは本当に良かった。
ご都合主義の少女漫画みたいで嬉しかったのだ。
その相手の成長の仕方が悪くない辺り、我が夢ながら、本当に出来すぎた話だとは思わなくもない。
久し振りに会った初恋の人が、随分印象が変わってしまってがっかりと言う話も聞いたことがあるから。
やはり、「初恋の思い出」というものはある程度、綺麗なままで心の中に残しておきたいものだよね。
しかし、ここからが夢らしく、超・展・開!
何故か、気がついたらよく分からないところに行くことになり、さらには変な黒服三人衆と出会い、それから……。
「あれ? それから……、どうしたっけ?」
少し考えてみる。
辻褄が合わなかったり、めちゃくちゃな状況になったり、場面がすっ飛んだりしてしまうのは夢ではよくある話。
だから、その先もかなり変な展開だったはずだ。
一度、路線を外れた夢が正常に戻ることはない。
思い出せるようなら……と努力してみると、少しぼんやりとした映像が頭の奥に蘇ってきた。
どうやら、完全に忘れてはいないようだ。
その光景がかなり鮮明に思い出せる辺り、内容はともかく描写はリアルだったのだと思う。
確か、夢の最後に紅い髪で黒い触覚が生えた変な人が出てきた。
でも、そこから先はどんなに頑張っても全然、思い出すことができない。
つまり! 今日の夢はここまでだったってことなんだろうね。
そんな変な夢を見たせいか、全身がすごく重かった。
なんだか、すっごく疲れている感じがする。
調子に乗って筋トレをしすぎた時に似てるけど、ここまでひどいのは今まで覚えがない。
感覚って薄れちゃうものだから、忘れている可能性もあるんだけど。
「栞~。そろそろ起きないと遅刻じゃないの~? 私は今から出るからね~」
どこかのんびりとした口調の母の声が部屋の外から聞こえた。
「起きてる! 大丈夫!」
時間を確認して、わたしは慌てて制服に着替えることにする。
「あれ?」
髪の毛をまとめようとして、ふと肩に手をやる。
いつもならあるべきものが全くない。
首元がスッキリしていて、着替えの邪魔になるものがなくなっていた。
「髪……、いつ切ったっけ?」
腰近くまであった、わたしの長い髪の毛。
それがほとんどなかったのだ。
いや、根元からぶっつりではないが、かなり短くなっている。
「昨日……、切ったんだっけ?」
何故かあまりよく覚えていない。
昨日の記憶が不思議と曖昧になってる気がする。
あれ? 確かわたしの誕生日だったんだよね?
それなのになんか、変な気がする。
いや、もともと母と2人で仲良く「れっつパーティー! 」って年齢でもないけど。
「ま。いっか」
髪の毛がないなら、昨日、切ったんだろう。
……覚えてないけど。
「行ってきま~す」
そう言いながら、いつものように家を出る。
既に母は出勤しているため、鍵だけはしっかりした。
通学時間には、ややギリギリになっちゃった気もするが、急げば間に合わないような時間でもない。
いざとなれば走れば済むことだ。
制服とはいえ、スカートのまま走ることに抵抗はない。
わたしにとっては、割とよくある話だ。
いちいち人目を気にしていては、遅刻してしまうじゃないか。
「……にしても、やっぱり身体が変」
重いような、だるいような……、全身から何かが抜けたような?
そう思って、肩を前後上下に動かしたり、両腕を回してみたりするが、やはり違和感はあった。
このだるさ。
できることなら、休みたい。
でも、そんなわけにはいかないから、仕方なくいつものように急いで登校する。
そして、大通りと交わる交差点に出たところだった。
「あれ?」
この時間になると、通学時間ギリギリのため、同じ学校の生徒の数は少ない。
勿論、他校の制服もそんなに見る時間ではない。
それなのに……、ガードレールに腰掛けて、のんびりとしている男子生徒がいた。
わたしの学校の男子生徒の制服は黒。
しかし、その男子生徒の制服はパッと見た感じは黒だけどよくよく見ると深い紺色っぽい感じに見える。
だから、他校の生徒であることは間違いないだろう。
でも……、この時間にこの場所に他校の生徒がいるとしたら、遅刻かサボリのどちらかだと思う。
なんか妙に堂々としている辺り、病院とかに行く途中なのかもしれないけど、それにしては、誰かを待っているような感じがする。
不良とかだったら嫌だな……。
なんとなく関わるのも嫌だし、足早にそこをすり抜けようとしたんだけど、ふと顔を上げた彼の顔を見て、わたしの足は止まってしまった。
そんなはずはないって頭は否定したがっている。
でも、これを偶然という言葉で片付けてしまうことはできない気がした。
思わずゴクリと唾を飲み込む。
「お。やっと来たか。お前って、案外、のんびりした登校なんだな」
その男子生徒は笑いながら、立ち上がる。
そして、わたしに向かって話しかけてきた。
今朝見た夢の中での登場人物の一人がほとんど変わらない顔で目の前にいる。
違いは身に着けているのが、制服か、私服かの違いぐらいだ。
「つ……くも?」
わたしは、思わず彼の名前を呼んだ。
「おお、おはよう」
驚くわたしとは裏腹に、あっさりと返事は返ってくる。
この様子から、彼とわたしが昨日、出会ったことは間違いない。
わたしすら驚いた短い髪の毛を見ても無反応だったから。
つまり、髪の毛を切って彼と会った所までは、夢ではなく本当にあったことなんだろう。
でも、そこから先、どうやって家に帰ったかは何故か覚えてない。
わたしはここ最近、本当に変だ。
課外授業中に意識を飛ばして妙な夢を見たりしている。
やはり担任の言うとおり、意識していないだけで、受験疲れというのがあるってことだろうか?
「お、おはよう……って、何……、してるの? こんなところで……」
「ん? 分かんねえか? オレはお前を待ってたんだよ」
さも当然のことのように彼は返事をする。
いや、わたしに声を掛けてきたから、そ~ゆ~ことなんだとは思う。
でも……。
「なんで?」
出会ったのが昨日。
その記憶自体は間違いないはずだ。
文字通り昨日の今日で何の話があるというのだろう。
「いや~、大したことじゃねえんだけど……」
と、そこで少し周りを見回した。
わたしが立ち止まっている間に、既に他の生徒の姿は完全になくなっていた。
だから、わたしたち2人の姿はやや目立っているかもしれない。
「オレと少し、話をしないか?」
彼は笑顔でそんな提案をしてきた。
ちょっと待て、受験生。
「はぁ? だって、今から学校があるんだよ?」
「サボればいい」
え?
待って?
それはそんなにあっさりと言って良い言葉ではないよね?
「どちらにしても、今からだと遅刻だと思うが?」
彼は正論を言う。
「いや、そうだろうけど……。あなた、まさか、わたしに学校をサボらせるためにここにいたの?」
それが、信じられなかった。
「悪いがそういうことになる。しかし、ここでこの姿だとやっぱり目立つみたいだな」
「ここじゃなくても、今の時間に制服でうろついて目立たないところなんてないと思うよ。今だって、もう少し時間が経過したら補導されかねない状況なのに」
受験生として、この時期に補導なんてお互いマイナスしかない。
「確かに。じゃ、場所を変えるか」
「どこ行っても一緒だよ」
この姿で目立たないはずがない。
「オレの家でも?」
「はい?」
今……、彼はさらりととんでもないことを言ったような……?
「オレの家なら今は誰もいないから、心配ないと思うぞ」
「ちょっと……、何を言って……?」
「ほらほら。ここにいると、ご近所さんに密告されるぞ。お互い受験前にまずいんじゃない?」
そう言いながら、彼が走り出した。
「あっ、ちょっ、待って」
彼がここまでする以上、何かちゃんとした目的があるのだろう。
それを無視して学校に行くのは何か違う気がする。
事前に説明をもっとして欲しいとは思うけど。
こうなったら乗りかかった船だ。
遅刻ついでに付いていくしかない。
でも、彼の家に着いたら、学校への連絡はちゃんとさせてもらおう。
学校から母に連絡が入っても困るからね。
今回からこの時間の更新となります。
ここまでお読みいただきありがとうございました。