父親と息子の事情
『ところで、ユーヤ。お前は一人か?』
「九十九なら母に任せました」
雄也さんに後ろから抱き締められたような状態だというのに、フラテスさまも雄也さん自身も特に気にした様子もなく、話を続けている。
まあ、夢の中だから別に良いけど。
現実でこの状態だったら、流石にもっと慌てていると思う。
それよりも、この二人の会話から、どうやら、九十九もこの世界にいるらしい。
しかも、亡くなったお母さんと!?
会えるなら会ってみたい……かも?
先ほどの話もあるし、彼らのお母さんがどんな人だったのかって、気になっていたんだよね。
しかも、聖歌も歌える元正神女だ。
そういった意味でも、気にならないはずがない。
「ヤツに、まだその姿の貴方に会わせるのは時期尚早かと思いまして」
『まあな』
ぬ?
フラテスさまに会わせるのが時期尚早?
この場合のヤツって、多分、九十九のことだよね?
「ああ、ごめんね。栞ちゃん。捕まえたままだった」
そう言いながら、雄也さんはわたしを解放する。
しかし、抱き締めたではなく、捕まえたとな?
その時点で、雄也さんに邪な意図はやはり感じられなかった。
「俺たちの事情を少し話すと、九十九は、自分の父親の外見を黒髪、青い瞳だと思っている」
「ほ?」
雄也さんは笑顔のまま、そんなことを言う。
「つまり、本当は金髪碧眼のどこかの好色陛下と同じ色合いと言うことを知らないんだ」
「ああ、なるほど!」
それで、納得した。
「だから、九十九は何度も、情報国家の国王陛下と会ったというのに、自分の父親と双子であることに気付かなかったんですね」
ここまで似ているのに、何故、気付かなかったのかとは思ったのだ。
いや、九十九が幼すぎたために、父親の顔をしっかり覚えていなかったんだろうなとは思っていた。
でも、黒髪、碧眼で、さらに出会った時点で年齢にも差があったなら、気付けなくても仕方がないとは思う。
だけど、金髪、碧眼と同じ色合いだったなら、流石に気付くだろう。
九十九は自分の興味を持てないことにはそこまで関心を示さない。
だから、今まではそれでも誤魔化せていたのだと思う。
だが、既に、九十九はあの方と出会ってしまった。
今、若いとはいえ、あの方と同じ系統の顔をした父親に会えば、確実に繋がりを意識するようになる。
そして、それが現実ならともかく、わたしの夢の中で知るのもタイミングが良くはない気もした。
「それを告げずにとっとと亡くなった九十九の父親が悪いんだよ」
『俺はお前にも言わなかったし、見せなかったはずなんだけどな』
なるほど。
フラテスさまはセントポーリアに来てからはずっと、その外見を変えていたのか。
そして、息子たちも同じ色だ。
不自然さはなかったことだろう。
「俺は九十九ほど自分の出自に無関心にはなれませんでしたからね」
これについては、雄也さんの方が正常だろう。
九十九は不思議なほど、自分のことに無頓着だ。
わたしも自分がそこまで常識的な人間だとは思っていないけれど、この件に関しては、明らかに九十九がおかしいと言い切れる。
『お前はよくぞ、辿り着いたな』
そんなどこかラスボス臭溢れる台詞も、似合うから不思議だ。
「それとなく誘導しておいて、何を言いますか? 隠すなら、もっと上手に隠せたでしょう? 情報国家の王族であるフラテス=ユーヤ=イースターカクタス殿?」
雄也さんは、「イースターカクタス」の部分を強調する。
どうも、皮肉を言いたくて仕方がないらしい。
『その名はもう捨てた。今は、フラテス=ユーヤ=テネグロだ』
「改名は聖堂で行うものなので、貴方は今も昔もその名前のままです」
確かに一度、命名された以上、改名は容易ではない。
何より、サードネームを持つ王族の命名や改名には、正神官以上だけでなく、同じ血が流れる王族が立ち会う必要があると条件があったはずだ。
あれ?
今、何かが引っかかった?
『頭の固いやつだな』
呆れたようにフラテスさまはそう言うが……。
「真実を誤魔化せと?」
雄也さんは退かない。
『時には必要なことだろう? そして、それはお前が得意なはずだが?』
その言い方は父親としてどうかと思うようなことでも……。
「誤魔化してばかりの父上に言われたくありませんね」
雄也さんは酷薄な笑みを浮かべて応じる。
『ほう、まだ俺のことを父と呼ぶ気があったのか』
だが、何故か、そこでフラテスさまは意外そうな顔をした。
『あの時、もう二度と父とは呼びたくないと言ったのにな』
フラテスさまが亡くなったのは、雄也さんが5歳の時だと聞いている。
そうなると、その言葉を口にしたのは、5歳以下となる。
なんだろう?
それでも、子供の癇癪特有の「お父さんのバカ~!! 」みたいな可愛らしい図は全く想像できなかった。
「その気持ちは今でも偽りなく持っていますが、俺にとって父と呼べるのは間違いなく貴方だけなので致し方ありません」
そこにあるのは分かりやすい棘。
幼児期の咄嗟に出た口から出た不平不満でもなく、思春期にありがちな父親への反発心とも違う何かを感じる。
それは何故だろう?
どこか落ち着いているフラテスさまと違って、雄也さんの方には明らかに余裕もない。
いつもよりも、口が悪くなっただけでなく、刺々しい雰囲気の上、それを全く相手に隠す気がないのも珍しい。
少し前に情報国家の国王陛下やミヤドリードさんと会った時とはまた別の種類の余裕のなさを感じるのだ。
情報国家の国王陛下に会った時は、雄也さん自身の体調も悪く、さらに、不意打ちに近かった。
心の準備もなく、いきなり現れた強者に、雄也さんの調子はかなり狂わせられたことだとう。
ミヤドリードさんの時は、招待を受けた形ではあるが、終始、その調子を狂わせられていた。
雄也さんの師というだけでなく、自分の現在のことまで余すところなく知られているに等しいためにある意味反則級の存在だ。
ただでさえ、自分の過去を知る人間は、やりにくい。
そして、雄也さんの前に立っている殿方も、雄也さんの過去を知る人間の一人だ。
5歳以下の幼児期の話なんて、自分でも覚えていないことの方が多く、親から口にされても埋めたい過去しかないだろう。
雄也さんにとって、いろいろな意味でやりにくいとは思う。
見た目年齢はそこまで変わらないので、わたしからすれば、親子というよりも兄弟にしか見えないけど、雄也さんにとっては違う。
自分の記憶と合わせても、間違いなく父親なのだ。
だから、余計に棘のある口調にも関わらず、雄也さんの中には敬意のような感情もあって、それを頑なに認めようとしない感じがしている。
でも、これは父親に逆らう反抗心というよりも、絶対にこの男のことを受け入れるものかという反発心から来ている気がするのは何故だろう?
「栞ちゃん、少しだけ父と二人だけで話をさせてもらえるかな?」
おや?
雄也さんの様子が……?
いつものように笑顔ではあるけれど、背後からドス黒い雰囲気を感じる。
分かりやすいまでの不機嫌モード。
「ああ、はい。どうぞ」
だけど、その申し出を断る気もなかった。
親しい人間相手でも、改まって腹を割って話す機会なんて、そう多くはない。
しかも、それが故人だ。
本当に得難い機会だろう。
そして、雄也さんのことだから、わたしに聞かれたくない話がいっぱいあるのだと思う。
だからこそ、わたしの前でも父親に対する不満を隠していないのだから。
「ごゆっくり」
わたしは、そう言いながら、二人から少し離れる。
周囲が白いので、二人の影がぼんやりとしているが、見失わない程度の距離。
でも、ここなら、話も聞こえないよね?
雄也さんのことだから、声を潜めるだろうし。
「――――っ!!」
『――――』
いや、潜めなかった。
全く潜まなかった。
わたしが離れると同時に聞こえたのは怒号と呼ばれる種類の声。
一瞬、九十九が叫んだのかと思うような声だった。
流石、兄弟。
荒げた声もよく似ている。
だけど、それに対するフラテスさまの声は聞き取れない。
雄也さんほど、闘志を漲らせてはいないのだろう。
何度か、雄也さんの叫びが聞こえていたかと思えば、二つの影が高速移動して何度も交差して見えるようになった。
何故に?
さらには、何かがぶつかり合うような、打撃音に似た衝突音が耐えず聞こえてくるようにもなった。
その音に聞き覚えがあるのは、どこかの黒髪の兄弟のせいだろう。
この様子だと、わたしから離れて話したかったことって……、拳で語る的なものだったらしい。
これは男同士だから仕方ないのかな?
九十九と雄也さんもよくやっていることだ。
だけど、雄也さんもフラテスさまもお互いに、怪我をしないようにと願う。
この世界では、魔法は使えない。
そのため、いつもの兄弟のじゃれ合いのように、治癒魔法を使って、怪我を治すこともできないのだ。
それは互いに分かっていると思うので、大怪我はしないだろうし、させないとも信じているけど、これだけ物騒な衝突音しか聞こえてこないと、やはり、心配になってしまう。
でも、これは父子関係の話だから、第三者であるわたしは立ち入ることはできない。
だから、ぼんやりと、二つの影を見つめることしかできないのだった。
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