かの国の国王陛下
「それにしても、イースターカクタス国王陛下が、歴史好きだとは思いませんでした」
自分が知る情報国家の国王陛下とは少しイメージが違う。
今が大事だから、昔のことなど気にしないような印象があった。
いや、国を治める人間として普通の歴史は知っていてもおかしくはない。
だけど、わざわざ正史と呼ばれるものとは違う部分を調べようとまで思うのは、ちょっと意外だったのだ。
しかも、「救いの神子」なんて、知らなくても国を治めることはできるだろうし、必要なのは自国の始祖となった……光の神子「シルヴィクル=レイ=ライファス」さまのことだけで十分だと思う。
他の神子たちのことも調べているのはどうしてだろう?
尤も、意図的に隠している歴史の裏側を知ろうとする辺りは、ある意味、イメージ通りとも言えるのだが。
『ヤツは歴史が好きというよりも、当時の人間たちが必死で隠そうとした事実を掘り起こすことが好きらしい』
「……ああ」
今、完全にイメージが一致した。
隠そうとするものほど、追求しようとする印象はかなりある。
「情報国家の人間相手に隠し事は難しいですね」
『その辺りは当人たちの好みとしか言いようがないな。好奇心が強い人間が多いが、他者の弱みを追求するよりは、自力で真実を掴みたい人間もいる』
どこかの黒髪の兄弟が頭に思い浮かんだ。
どこかの兄は、他者の弱みを追求しつつ、独自でも裏付けをとる。
そして、その対象は自分の興味の有無に関係なく、不必要と思われることもある程度は調べておく。
どこかの弟は、興味のあることは独自で心行くまで追求し続けるが、興味のないことには本当に興味を示さない。
うむ、納得。
これも個性だ。
『俺は興味があれば調べるし、興味がないことは全く気にしなかった。まあ、学びはしたけどね』
つまりは黒髪の弟タイプらしい。
「『救いの神子』については、興味があったのですか?」
だから、ちょっとそこは意外だった。
『幼い頃のグリスは、俺に隠し事をしなかったからね。自慢げに成果を語る姿は、我が弟ながら可愛かったよ』
「幼い頃?」
あの国王陛下のことが可愛いと思えるぐらいなのだから、本当に幼いのだろう。
『4歳ぐらいだったかな』
「幼っ!?」
思ったよりも幼かった。
少なくとも、歴史の裏側に興味のある年齢とは思えない。
そして、それは同時に双子であるこの方も同じ年齢だってことだよね?
4歳の頃って、ワタシは、ツクモを相手に魔法の練習をしていた記憶しかないのに、この方々はどうなっているのだろう?
『記憶力は良い方なんだよ』
どうやら、顔に出てしまっていたらしい。
わたしに向かって、そう笑う姿は黒髪の兄の血を感じ……、いや、逆か。
この場合、息子であるあの兄の方が似ているんだ。
先に彼の息子たちの方を知っているせいか、基準があの兄弟になっている。
単純に、彼らの父親と思われるこの方が若すぎる外見なのも理由だろう。
これは仕方のないことだけど。
そして、その自信家な言葉さえも、あの兄弟たちの記憶力の良さを思えば、妙に納得できるものがある。
羨ましい。
その記憶力の欠片で良いから、分けて欲しい。
『今もグリスが変わっていなければ、大神官に神代の古文書について閲覧交渉を続けながら、まだ追い求めているだろうね』
なるほど。
恐らく、変わっていないのだと思う。
恭哉兄ちゃんを口説いているのは、単純に人間としての魅力からの引き抜き交渉だけでなく、普通では見ることもできないような古文書を見るための交渉もあったのか。
それが、ワカが言っていた情報国家の国王陛下からの「月一のお誘い」という言葉にも繋がっているわけだ。
そうなると、わたしへの興味は母の娘であること以外にも理由がありそうだ。
しかも、初めて会った時に、わたしのことを「ラシアレス」と呼んでいる。
それは「聖女の卵」として「救いの神子」の知識を試されたのか、それとも魔名を呼ばれただけなのか、ますます分からなくなった。
「お好きなんですね、弟さまのこと」
『グリスのことかい? まあ、俺様だし、阿呆だし、向こう見ずだし、自信家だし、状況を読んだ上で無視するし、人の気持ちなんか考えないし、俺様だし、全てが自分に従うと言い切るような男だし、古文書好きだし、女好きだし、救いようのない阿呆な弟だけどね』
「…………」
早口だけど、そこに褒め言葉はなかった。
そして、「俺様」は二回あったし、「阿呆」に至っては、二回目には余計な修飾語まで添えられていた。
雄也さんに向かって同じように「九十九のことが好きなのか」と聞いても、同じような言葉を口にされる気がする。
純粋な評価ではなく、個人の感想なら、相手を褒める必要などないとばかりに。
つまりは、素直じゃないのだ。
『どんな酷いことをされても、昔から懐いて慕ってくれていた弟というだけで、どうしても嫌いにはなれない部分はあるのは認める』
情報国家の国王陛下は、この方に何かをやらかしたらしい。
それでも、嫌いになれない兄心?
『でも、その話は当人に聞いてくれるかな?』
「聞く機会があるかも分かりませんし、聞いても教えてくれるとは思えませんが……」
あの国王陛下なら、相応の情報を対価に求められそうだとは思う。
『聞く機会は生まれるよ』
「ほ?」
『シオリはいつか、情報国家に行くことになるから』
それは確信に満ちた言葉だった。
「それは、予言ですか?」
『いや、これまでの情報を繋ぎ合わせた結果だよ』
そうなのか。
わたしもいつかは行くことになるだろうとは思っている。
母からの預かり物も、言伝も、かの国まで行かねばならないから。
でも……。
「あなたの息子は避けたがっているようですよ」
雄也さんは行きたがらない。
その原因の一端は、主に目の前にいるこの方にあるだろう。
フラテスさまは、ラビアさまという方と共にあるために、それまでの身分と生まれた国と家族を捨てている。
そして、そのまま二度と戻ることはなかった。
息子たちに情報国家の王族であることも、ラビアさまがそこで正神女をしていたことも伝えなかったのだ。
それは、いろいろな危険を考えた結果だと思う。
今の雄也さんと九十九ならともかく、当時5歳と2歳の幼児たちでは、情報の秘匿、隠蔽などはできなかっただろうから。
でも、結果、その息子である雄也さんは自身と弟が王族であること、母親が聖歌を歌えるような神女であったことについては自力で突き止めた。
それでも、様々な理由から、あまり積極的に情報国家と接触しようとはしていない。
九十九は、自分の父親が情報国家の第一王子殿下だったことも、あの情報国家の国王陛下の双子の兄であったことも知らないままだ。
フラテスさまと情報国家の国王陛下は年齢がかなり違うけれど、その顔はかなり似ているのに不思議ではあるが、それだけ、九十九が自分の父親の顔をはっきりと思い出せないほど小さかったということだろう。
でも、今、会えば流石に気付くかもしれない。
そして、あの情報国家の国王陛下はそんなこちらの事情も思惑も全て理解した上で待ち構えている気がする。
だから、わたしたちと法力国家ストレリチアでそれぞれの形で接触し、心証を強くしたのだと思う。
『俺は自分の息子を信じているんだよ』
それでも、目の前の御仁は揺らがない。
穏やかに微笑みながら、でも、どこか自信ありげな表情でわたしにそう答えた。
そして、恐らくミヤドリードさんも信じているのだろう。
だから、夢の中に現れて、雄也さんに発破を掛けるようなことを言ったのだから。
「わたしも信じていますよ。いつかは、あの国へ行くことになるって」
口にするまでもなく、わたしも信じている。
あの人は、いずれ、自分の始まりを知るために、かの国へ向かうことになるだろう。
そして、あの時、売られた喧嘩を万倍にしてやり返すだろう、と。
病床の身であったとはいえ、一方的にやられっぱなしのまま、終わるような大人しい方ではないのだ。
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